人間と芸術:小澤 正樹さん
‥‥マシンコンストラクターとはどのようなお仕事なのですか?
‥‥またこのお仕事を始められたきっかけは何だったのですか?


 一般的にレースのための車両を作る人をコンストラクターと呼んでいます。僕の場合は「普通のオートバイ屋」なんですが、でも少し違うのはレース関係のチューニングをやっているということでしょうか。
 僕はある四輪メーカーの整備士をしていたことがあるのですが、その会社の先輩が車のレースを していて、その手伝いでサーキットへ行ったことがあるんです。もともと僕自身はオートバイが好き だったので、じゃあ自分も二輪で走ってみようということになって、実際に走ってみたらこれが結構 速かった(笑)。それでライダーとしてレースに出ようと、'82年にMCFAJクラブマンレースに参戦し、その後も自分で作ったマシンでレースに出場して何度も優勝しました。でもそのうちに他のライダーから「自分のマシンも作って欲しい」と言われ始めましてね。自宅の裏に父が経営している自動車整備工場があったので、仕事の後に頼まれたオート バイなどを作っていたんです。それで徐々に乗る よりも作る方が楽しくなって87年に現役を引退。 その後、独立して今の店を始めました。
 マシンコンストラクターには僕のようにライダー から転身した人は多いのですが、オートバイに乗る才能とコンストラクターとしての能力とはまた違う ので、やはりそれなりのセンスは要求されますね。ハンドリングなどの調子が分かるのはやはり元ライダーの方が優れていると思いますが、手先の器用さ ばかりはまさに持って生まれたもの。僕は自分で 言うのもなんですが、たまたま小さい頃から手先が器用だったようで(笑)、作る方に向いていたんだと思いますね。それでもオートバイに乗っていた12年前頃に作ったエンジンは今にして思えば恥ずか しいできなので、この世から早く消えて欲しい(笑)。 まあ、そう言う意味ではマシン作りも随分上達したと思いますね。


‥‥オートバイのオーバーホールとは、具体的にはどのようなことをするのですか?

 レース用のオートバイの場合、街で走っているオートバイを改造するんですが、馬力を上げるために部品を磨いたり、組み直したりします。具体的に言うと、例えばガソリンの持つ力が100%としますよね。でもエンジンを動かすと熱損失や摩擦に よる機械損失、それに圧縮時のポンピングのロスなどで実際には30%の力しか出ないんです。このうち機械損失は15%ほどですが、馬力を上げる ためにはこのロスをいかに減らすかがポイントに なります。例えば歯車がかみ合うときの摩擦は 抵抗になりますが、普通はぎざぎざになっている 金属の表面を磨いて滑らかにすればその摩擦は 減りますよね。また面取りをすることでひび割れ 防止になったり、また熱がたまりやすい角の部分を落とすことで熱がたまりにくい構造にすることができる訳です。こうやって小さな部品を何時間もかけて磨く。1ヵ所磨いて0.1馬力増やせれば10ヵ所 磨けば1馬力アップにつながるんです。部品は磨けるところがオートバイ1台で数十から数百あるし、ねじだけでも数百本あるのでかなり時間はかかります。ねじも3グラム軽くするためにチタンやアルミなどを使ったり工夫しますね。1本のねじにつきわずか1グラムの減少でも1万ヵ所変えれば10 キロも軽くなる。僕がお客さんによく言うのが、 宝くじで2億円あたって全部1円玉で払うと言われても絶対受け取りますよね?この2億円分の1円玉の重さって200トンもあるんですよ。1円玉も数が集まって積み重なればすごい重さになる。だから 1グラム、1馬力も粗末にできないんです。
 さらに軽くするだけではなく重さのばらつきをなくすように考えながら削る必要があるんです。なぜ なら重いものが急に止まると慣性の法則が働く ので、エンジンが1万回転するとしたら、1グラムのばらつきが6キロのアンバランスにつながり、エンジンのピックアップが悪くなったり手がしびれたりする原因になってしまうんです。だから数グラムのばらつきもばかにできない。電子天秤を使って1000分の1ミリ、1000分の1グラムを計測して慎重に削っていく緻密さが要求されますね。細かい 作業は面倒くさいけれど、しなければいいエンジンはできないので仕方ないんです。でも今はコン ピュータがあるので、データの数値計算もエク セルなどで簡単にできるし、そういうところは本当に楽になりましたね。
 また今はオートバイの性能は、最高出力もさることながら、最高出力に到達するまでの馬力も 大事だとされています。今のサーキット場は安全面からスピードが出過ぎないように細かなコーナーが多く作られているのでエンジンの回転数は落ち 気味になります。だから最高出力で100馬力より 150馬力のエンジンが速いとしても、エンジンの 回転数次第で結果は変わってくるので、コースにあわせてエンジン出力を調整していく必要もあり ますね。このようにそのマシンにとって最適な数値をそれぞれの部品ごとにきちんと見つけてやれば何年間も分解しなくても大丈夫なんですが、その数値をとるためには精密な計測機械や環境が 必要になります。僕の店にはエンジンを作る部屋があって、そこは部品が熱膨張を起こさないように室温を20度で保つなどの工夫をしていますが、 日本ではまだ、僕のように個人でそういった機械や設備を持っている店はないようですね。僕自身は疑い深い性格なので(笑)基本的に何でも自分で勉強して確かめないと納得できない。メーカーの基準値は工業基準であって本当にベストな数字ではないので、ねじ1本でも全て自分なりの基準が立てられるようにデータをとって確認していく。この積み重ねがレースでもダントツで優勝できるマシンを誕生させるベースになっていると思いますね。





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