ネットは「匿名」ならぬ「匿顔」の世界。 だからこそリアル ワールドでは顔が一層重要な意味を持つようになると思うんです。
だからこそ反対にリアルワール ドでは顔が一層重要な意味を持つように なると思います。マルチメディアや通信を専門にしていながら顔に関心を持っていることは、一見突飛なことと思われるかも 知れませんが、自分の中ではそういう意味で両者はつながっています。  リアルワールドと通信技術の関係では「モバイル」はデジタルの新しい一面を 引き出すことに成功したと思いますね。もと もと情報はコンピュータをのぞくことで バーチャルな世界に入り、部屋にいながらにして何でもできる、ということで進化 してきました。でもモバイルは「いながらにして」ではなく、人間は動き回る動物 であることを前提として、動く人間をサ ポートする道具として開発されました。 モバイルはリアルワールドを大切にした 技術なんです。
 携帯電話は単なる情報の交換のためだけではなく、「人とつながっている」ことを意識させるメディアです。持っているだけで誰かとつながっているような気がし ます。でも実際に街で感じることは、携帯電話は街中を「遠くの人」と交信している人だらけにしてしまったということ。 何故、電車の中で他人の携帯電話での会話が気になるかというと、携帯電話で話している人の気持ちが遠くに行ってしまって いるからなんです。そういう人はエイリ アンのようなものだから、隣にいると非常に気になるのは当然なんです。私は、このような遠くにいる人とのコミュニケーションではなく、むしろ自分の隣にいる人とのコミュニケーションをサポートする技術、街のコミュニケーションをサポートする モバイル技術が今後重要になると考えています。もともと、日本の町にはそういう システムがあったのです。縁台将棋なんてその典型ですよね。ただ将棋をするなら 部屋の中ですればいい。でもそれを外で することでいろいろな人が集まってきて、あれこれ好き放題なことを言いあったり して町のコミュニケーションが生まれま した。この感覚は街の大スクリーンでも 実感できます。家で一人でワールドカップを見るよりも、街の大スクリーンで大勢 で見た方が楽 しいと感じる人 は多いと思いま すよ。知らない者同士でも喜び合ったりしているうちに出会いやコミュニケーショ ンが生まれる。 家の中にいるよりも町の中にいる方が楽しいと思えるような共同体の中で人が生活し子供を育てれば他人の子供が何をしようと無関心、なんていう社会にはならないはずです。こういった 街のコミュニケーションを
新しい形でデザインするにはどうしたらいいか、私自身は今多いに関心を持っています。
 情報技術はネットワークの中のサイバーの方に向いて発展してきましたが、いずれはリアルワールドにまた戻ってくると思います。サイバーはコピーを自由にできるのが 大きな利点ですが、コピーできないもの、つま りかけがえのないものに対する感覚を我々人間は持っています。リアルワールドで大切にしなければならないのはかけがえのない物です。 コピーできるものではありません。 技術が進んでサイバーになればなるほど、かけがえのないものが大事だと思える感性を大切にしていきたいと思いますね。

●今後の情報科学の展望についてどのようにお考えでしょうか。

 今後の展望を考えるひとつの方法として、 私は歴史的な流れから現在を位置付ける、或いは1000年先など遠い未来から現在を 見つめるという試みを行っています。歴史的な見方をすると、中世における大航海 時代や宗教改革、ルネッサンスのようなものが再び形を変えてこれから起こることも考えられます。中世はキリスト教が絶 対で、教会や修道院が社会のリーダーと なってヨーロッパ大陸の大開墾を行いま した。それが近代になると神の代わりに 科学技術が絶対となり、産業がリーダーとなって「地球大開墾」を行ったのです。 今後これに対する見直し、つまり科学技 術という神に対する宗教改革が起こるかもしれないですね。
 ひとつ確実なことは「情報技術は今が旬」 だということ。文化と同様、技術にも旬があるんです。14世紀以降、海を制する国が世界を支配した時代が続き、最終的に海を制したのがイギリスだった。そしてその イギリスで産業革命が起こり、イギリスは繁栄した。その後、舞台は海から空へと 移り、世界は空や宇宙を制するために競い合った。人類は初めて1957年に衛星を人工衛星を打ち上げた。そのわずか12年後に 月にまで行ったんです。わずか10年ほどでこれほどのことができたのだから、この 勢いでいくと2000年には誰でも簡単に月や火星に行けるものと思っていましたよね。この頃が「宇宙開発の旬」だったんです。しかし、軍事的に宇宙や空の支配の重要性が薄れていくに伴い、宇宙開発の旬は終わりました。その後、海や空に代わるものとして登場したのが「ネットワーク」の世界です。今、情報革命によって繁栄と栄光を手にしたのはアメリカです。ただ、この栄光がいつまでも続くことはないでしょう。なぜなら情報技術の旬の限界は地球環境 との関わりの中で露呈されてくるはずだからです。現在のデジタル文化は生産性を優先する価値観の延長上にあります。科学技術の進歩はエネルギーやモノの消費を促す結果となりました。こんなことがいつまでも続くはずはない。いずれ新しい価値感や考え方の創設が必要になってくるでしょ うね。さらに世界の情報格差の解消による世界秩序の危機も考えられる。貧しい国の人が、世界には自分たちよりも豊かな生活を享受している人がいることを知れば、 当然豊かな国に住みたいと願うだろうし、豊かな国の方の立場としては「国家」を前面に出してそのような人を排斥することは間違いない。このように情報革命は南北対立を激化させる恐れもあるのです。情報革命も世界の経済格差、所得格差が解消しなければ意味をなさないことになります。
 情報の時代はまだしばらく続くでしょうが、その次の時代を生むためにそろそろ 準備を始める時になっています。新しい ルネッサンスあるいは宗教改革へ向けて「総合知・感性知」を持つ人を育てていくことが我々の使命だと思っています。

●今日はどうもありがとうございました。


トップに戻る I 前のページへ