「目は口ほどにものを言う」と言うが、 事実人間のコミュニケーションにおい ては、言葉以外のものが大きな力と可能性を持っていることは誰もが感じていることだろう。今回お話をうかがう原島教授は「顔」そのものがコミュニケーションに及ぼす影響を、専門の通信工学・情報工学の立場からのアプローチで研究されている、「顔学」の第一人者である。
今回のインタビューでは顔学と通信工学・情報工学との関係や、科学技術がもたらす コミュニケーションの可能性などに関 するお話をうかがった。なお教授のホームページには、銀行員や政治家、スポーツ選手など、職業別の平均顔のモデルや、未来の日本人の顔予測、さらに人間の表情に関する研究などが公開されており、「顔学」の世界に楽しく触れることができるので、そちらを参照していただければ、一層「顔学」の魅力を堪能していただけるだろう。

東京大学教授 コミュニケーション工学者 1945年東京生まれ。
東京大学大学院博士課程修了。工学博士。 同大学大学院情報学環・学際情報学府所属(工学部電子情報工学科兼務)。 情報理論、信号理論、デジタル信号処理、画像の符号化と処理などのほか、映像の構造化と知的符号化を 中心とする知的コミュニケーション技術、顔画像処理などの感性コミュニケーション技術、さらに三次元 統合情報環境へ向けた空間共有コミュニケーション 技術などについて研究。 主要著書に「情報と符号の理論」(岩波書店) 「人の顔を変えたのは何か」(河出書房新社) 「顔学への招待」(岩波書店)などがある。


●先生が研究されている「顔学」とはどのようなものなのでしょうか。

 私の専門は情報工学、特に通信を中心 とするコミュニケーション工学です。若い頃はもっぱら数学的なアプローチによる研究を 行っていました。また画像情報の圧縮、例えばMPEGの標準化などにも携わってきました。ところが1985年頃から、今までの通信の イメージを変えるような研究をしたいと思う ようになったんです。当時、通信の端末と 言えば電話機やファクシミリだとされていま したが、私はむしろ人間そのものが端末で あるべきなのではないか、つまり人間と人間の間のコミュニケーションをサポートすることこそが通信の本来の目的なのではないかと考えました。以来、ヒューマンコミュニケー ションサポート技術としての通信を強く意識 した研究を進めています。
 具体的には、当時、画像通信と言えばテ レビ電話が注目されていましてね。「電話の 次はテレビ電話だ」とほとんどの技術者は 考えていたのですが、実際にはなかなか 普及しなかった。もしかしたら、それは使う側からすると「テレビ電話では困る」からか もしれない。例えば早朝に電話がかかって きたら、まだメイクアップをしていないので 嫌だ、とかあるでしょう?さらにありのままの 映像を送ることが本当にいいのか、といった問題も出てきます。それまでの通信は、いかにありのままを忠実に送るかが大きな目標で、情報の中身には立ち入ってはいけなかったのです。
 でも本当に、「ありのまま」だけが大切な のか。例えば自分の気に入った顔をあらかじ め用意して、それで通信してはいけないのか。電話の相手が納得すればそれでよいので はないか。その立場からあらかじめ撮った 写真の表情などのデータを元にして映像を 合成して通信するというシステムを考えま した。
 さらに、その研究から「表情とは何か・顔 の印象とは何か」というように、顔そのもの にも関心を持ち始めまして、1995年に多少の 遊び心も込めて「日本顔学会」を設立しま した。研究成果の発表の場として昨年プ ロデュースしたのが国立科学博物館での 「大顔展」。30万人近くの来場者がありとな かなか盛況でした。このように顔や感性を 研究し始めたことで今までとは違ったつき あいが生まれてきたことは大きなメリットで した。心理学や歯科医師、メークの専門家 などさまざまな人と交流がもてるようになり、広い立場から自分の専門であるマルチメ ディアや通信を考えることができるように なりました。自分が今いる場所がどこか、 そしてこの分野はこれからどうなるか、とい うことは、その真っ只中に身を置いていると分からなくなるものですが、少し外側から 見てみたり、また全く自分とは異なる職業の人の感性から見つめ直すと、さまざまなことが見えてくるものだと実感しますね。

●「顔」がコミュニケーションのために果たす役割とはどのようなものなのでしょうか?

 体のほとんどは洋服で隠していますが、顔はまるっきり裸の部分ですよね。顔の 中には恥ずかしいという気持ちを持つ部分もあるだろうけれど、それを相手に見せているということで互いに安心感が生じる。それがコミュニケーションにおける顔の役割だったと思います。でも、人間は今まで当たり前のように顔を互いに見せ合ってきたけれど、ネットの中では顔を見せないコミュニケーションが中心になりました。匿名ならぬ「匿顔」のコミュニケーションの世界では、従来は「当たり前」だった顔が必ずしも「当たり前」ではなくなってきた訳です。


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