つのだ たかしさん
リュート奏者

リュートはヨーロッパでルネッサンス、バロックの時代に愛された弦楽器。やさしい音色は聴く人の心に静かでここちよいゆらぎを 残し、より速くより強く機能的なものが求められる現代の日常の中で忘れていた時間を思い出させてくれる。つのだたかしさんは70年代にドイツでリュートを学んだ。現在はソロ、歌手・波多野睦美とのリュート歌曲、古楽器バンド「タブラトゥーラ」での世界10カ国におよぶコンサート活動を通してリュートの魅力を伝えている。演奏、録音、ジャケット装画、デザインまで親しい友人達によってつくりだしているインディーズ・レーベル「パルドン」の古楽CDシリーズも静かにファンを広げている。
ゴメのパスタソース「アンナマンマ」のTVCMで流れる暖かいリュートの響きを耳にして、誰の演奏だろう? と思った読者もいるかと思う。その、南イタリアの民族舞曲「シチリアーナ」を演奏していたのが、今回ご紹介するつのだたかし氏。高校時代よりクラシックギターを学び、20代をほとんどすべて費やしたドイツ留学時代にジョン・ダウランドやクラウディオ・モンテヴェルディなどのヨーロッパ古楽に傾倒。以後楽器をリュートに持ち替え、帰国後、13世紀〜18世紀のヨーロッパ各地の音楽を中心に演奏活動を開始する。
 またその一方で、「古楽器バンド」タブラトゥーラを結成し、古楽器の 響きを活かしたユニークなオリジナル楽曲による音楽活動も行っている。ちなみにタブラトゥーラは、小川美潮、吉田日出子、山下洋輔らジャンルを異にする多彩なゲストとの共演も行っており、クラシックファンばかりでなく新しい音楽、面白い音楽を積極的に求める音楽ファンからも、世代を超えた注目を集めている存在だ。
 かの日本を代表するドラマー、つのだ☆ひろ氏の実兄でもあるつのだたかし氏に、古楽、古楽器の魅力を中心に、お話を伺ってみた。




 こと西洋音楽に関していえば、現在我々が普通に目にしている「楽器」が現在のような形になったのは、実はそんなに昔の話ではない。電気/電子楽器はいうに及ばず、ポピュラー音楽で使われる楽器としては最もプリミティブな存在であるドラムセットだって、ジャズがひとつの完成を見た1920年代には、まだ現在のような構成ではなかったのだ。

 ポピュラー音楽で使われる楽器のみならず、現在のクラシック音楽の演奏で使われる楽器でさえ、普遍的な形ができたのは、大体18世紀から19世紀にかけてである。その背景には、たとえば音楽を演奏する空間の拡大に伴う“より大きな音で鳴るような工夫”だとか、あるいは音域の拡大、音域全体にわたる音質の均質化、音質の力強さや輝きの増加に関する工夫による演奏技巧の補完などがあった。そしてその結果、大雑把にいえば、18世紀以後の西洋楽器の 歴史はいわば一種の統廃合の歴史を辿ったというわけだ。余談だがその意味では、20世紀中盤以降の楽器の電気/電子化は、音楽表現には革命をもたらしたものの、楽器の進化としては歴史の王道に乗ったものだったといえるかもしれない。さらに余談をいえば、楽器の歴史はそのまま近代以降現代に至る社会の発展の歴史に重ね合わせることができよう。

 だが、18世紀以降統廃合されてしまったからといって、決してそれ以前―中世、ルネッサンス期、バロック期―に使われていたさまざまな楽器がまったく魅力を持たない、というわけではない。むしろ、響きの繊細さ、表情の豊かさ、暖かさに於いては、「力」をその設計の基礎のひとつに置いた現在の楽器よりも勝る面がある。むろん演奏者の技術という側面もあるから一概にはいえないが、そうした古楽器による演奏を聴いて、同じ西洋古典音楽ながらいわゆる「クラシック音楽」とはまた違った感動を得たことがあるという人も、少なくはないだろう。

 さて、先ほど「西洋音楽の楽器は、18世紀を境に統廃合の道を歩んだ」と書いたが、20世紀に入ると、たとえば「J.S.バッハの『ゴールドベルグ変奏曲』を、ピアノではなくバッハが使っていたチェンバロやその複製楽器でもって演奏する」といったように、「作曲者が生きていた時代、楽曲が作られた時代に使われていた楽器、および演奏技法でその楽曲を演奏する」、いわゆる「オーセンティックな古楽演奏」の運動が起こった。

 また一方で、一度は歴史に埋もれた楽器の響きに着目した、古楽器による新作の演奏も盛んになり、その結果、21世紀に生きる我々も、一度は音楽の世界から姿を消していた古楽器の音色に、再び親しむことができるようになったというわけだ。

<註>
クラウディオ・モンテヴェルディ -Claudio Monteverdi-
16〜17世紀のイタリアバロック期に活躍した作曲家。近代オペラの基礎を確立したといわれる1607年の「オルフェオ」が有名。

ジョン・ダウランド -John Dowland-
16〜17世紀のチューダー朝のイギリスで活躍した作曲家。バロック期が始まっていたイタリア歌曲の影響も受けつつ、いかにもイギリスらしい、独特の憂愁が感じられるリュート歌曲で知られる。