発明グラフィティ

2002年のヴィクトリアン

セグウェイは21世紀の都市景観を変えるか。人間とはロボットに2足歩行させるのに血道をあげる(HONDAのASIMO)と同時に、人に車輪をつけたがるもの? http://www.segway.com

 

1865〜1900年にかけてサイエンティフィック・アメリカンやザ・ネイチャー誌などに掲載された大発明&珍発明を集めた『Victorian Inventions』(レオナルド・デ・フリーズ著)の、これはドイツ語版裏表紙。左から2番目が「循環式シャワー」だが、セグウェイを見た瞬間、ついコレを思い出してしまった(笑)。日本でもJICC出版局から『図説・発明狂の時代』が出ていたのだが、現在では入手困難(見つけたら即買い!)。
テアトロフォン他膨大な発明品が図入りで載っている。

 

Web上の発明アーカイヴ『The National Inventors Hall of Fame』は、発明家やジャンルごとにチェックできて便利

 先頃ロンドン郊外の地下室から発見され『100年の冬眠状態から目覚めたヴィクトリア朝の紳士』として話題を巻いているX氏の談話が今日未明、発表された。BBCのキャスターが興奮気味に伝えるところによると「X氏の健康状態はすこぶる良好です。しかも彼は現代社会を見ても取り立てて驚かず、平静を保っている。これこそ驚異です!」――自動車、飛行機、電話は言うに及ばず、パソコンやインターネットを見ても「こんなものはわしらの時代にもうあった」と冷静を通り越して退屈そうなコメント。「それなら」と、21世紀の大発明“ジンジャー”改めセグウェイの写真を見せてみたところ、X氏ひとこと――「ふむ、それでこれは飛べるのかね?」

 もちろんフィクションです。でもX氏の感想、わかる気がするなぁ。だって昔から少年少女にとっての21世紀って、自家用エア・カーがびゅんびゅん摩天楼の狭間を飛び交ってるカンジだったもの。それに19世紀は、大発明&珍発明のラッシュ。写真に電信、計算機、エレベーターに自動車に飛行機&飛行船、あらゆるものが考案され、どんどん実用化された世紀。しかも鬼才発明家たちが特許取得競争にしのぎを削ったもんだからますます過熱。
 たとえば電話はアレクサンダー・グラハム・ベルが1876年に発明。しかし特許取得にタッチの差で遅れたため“電話の発明者”の栄誉を逃した人にエリシャ・グレイ教授がいる。グレイ教授はメゲることなく電話とピアノをドッキングさせた“ミュージックフォン(音楽電話)”の開発に成功。1877年にはニューヨーク―フィラデルフィア間で遠隔操作演奏に成功する。このアイデアはさらにブラッシュアップされ、1881年パリ万国電気博覧会で本格的な音楽中継として結実。離れた劇場のお芝居や演奏が博覧開場に設置された受話器ごしに聴けるのだ! こうした“テアトロフォン”中継は1880年代を通じて盛んに行われ、ベル・エポックの人々は今でいうインターネット中継まんまのシステムをけっこう普通に楽しんでいたらしい(パリのホテルにはテアトロフォンコーナーが設置されていた)。
 その後、電話は会話のために、音楽は蓄音機とレコードで、放送はラジオで……と役割が細かく切り分けられ発展していく。が、ひとつの技術、ひとつのアイデアに溢れるほど夢を盛りつけていく19世紀はとてつもなく“熱い”。その熱気が暴走して奇妙キテレツな発明に至ることも多かった。ご自宅でペダルを踏むエクササイズをしながら水を循環させてシャワーが浴びられる『循環式シャワー』(テレビショッピングもびっくり!)、『海底歩行スーツ』、足に車輪をくっつけて快いスピードで散歩が楽しめる『歩行車』――これなんかセグウェイ風? その後“足に車輪”式の発想は自転車、あるいはローラースケートに収斂していくわけだけど……。


「現代社会の“元ネタ”は19世紀にあり」と思えてくる。そして20世紀を通じて洗練分化した物どもが、いままた違った形で「19世紀の夢」に戻りつつあるような気がしてならない。



1966年のティーンエイジャー

19世紀の発明品を、君のその手で組み立てられる! 
「科学と学習」の学研が贈る大人気科学体験キット『大人の科学シリーズ』(http://kids.gakken.co.jp/kit/otona/)。マニュアルが大変充実しているので不器用な著者でもラクラク「エジソン式コップ蓄音機」(ラッパ部分がカップ麺の容器!)組立てられた。4月27日には懐かしの電子ブロックも復刻発売される。目が離せません

 

フリードリヒ・キットラー著「グラモフォン・フィルム・タイプライター」(筑摩書房)。3大発明品がいかに軍用技術として進展してきたか、当時の世相や精神分析との関りは……? 独自の視点で問いなおす大著。歯ごたえのある1冊

 N子、17才。ミニスカートとロックンロールが好き。ビートルズ武道館公演は彼女にとって大事件。けれどもっと大きな事件が……そう、失恋しちゃったの。いま彼からもらったラブレターや写真をお庭のたき火で燃やしちゃったとこ(ため息)。「でも、あたしの彼なんか普通の男だからいいわよね」とN子ちゃん。「だってあたしがもし(もし、よ!)ジョージ(もちろんハリスン)の彼女だったら、たまんないわ」――忘れたくてもビートルズの映像が音楽が、身の回りに溢れてる。辛いだろうなぁ。
 はい、1966年の乙女でした。じゃあ2002年の乙女は失恋したらどうすりゃいいわけ? メール、日記、デジカメ写真、ムービー……はい、ハードディスク初期化ね。DVカセットも捨てなきゃ。携帯のデータも。それでも彼氏がデジタルクリエイターとやらで、さかんにネットで発信してる人だったらどうする? 彼のWebまでは削除できない(したら犯罪)。捨てなきゃいけないデータが多すぎる、情報が追いかけてくる……!
 1949年生まれの一般庶民N子さんの場合、子どもの頃の映像は静止画(写真)でしか残っていないだろう。でも現在の17歳なら、音声付き動く映像がそれこそビートルズばりに残っていても不思議じゃない。もはや我々は有名無名の区別なくメディアに取り巻かれている。

 音声、映像、テキストという三大メディアに関る重大な発明が出揃ったのは面白いことにほぼ同時期だ。1877年、エジソンが蓄音機の実験に成功し、マイブリッジはパロ・アルトで連続写真の実験(運動する動物)を行い、レミントン・タイプライターが実用化される。そしていずれも戦争を起爆剤として長足の進歩を遂げるのだ。
 それまで男性の仕事だった書記や秘書は、南北戦争、2度の世界大戦を経て女性タイピストにとってかわられる。戦争に映像報道は欠かせないものになる。とりわけ軍用技術として重視されたのが音声の記録(分析)再生装置だ。忠実に原音を再生するハイファイ技術の進展は第2次世界大戦が担った。
「王室空軍の沿岸司令部は英国に属しているデッカ・レコード会社に密かな難題を課した。沿岸司令部は、戦闘機パイロットにドイツのUボートとイギリスの潜水艦の音のちがいを分からせる訓練用のレコードを作成して欲しいといってきたのである」(『グラモフォン・フィルム・タイプライター』より)。

 大戦末期にはナチス・ドイツ側がレコードよりも気のきいたメディアを開発する。リード・オンリー(ROM)ではなく、繰り返し録音再生をくり返せる小回りのきく磁気メディア=テープレコーダーだ。スピード可変で編集がきき、逆回転もできる磁気テープを、その後クリエイティブに使用したのがビートルズ、というのはよく知られたお話。
 19世紀の夢は20世紀の戦争を通じて育ち、世界中に広まった(インターネットだってもとは軍用技術だ)。戦争以外に夢の栄養分を発明すること――これが21世紀の使命かもしれない。

text by 北村祐子

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