「tagtype」の持つ4つの応用の可能性

 ここまでで、「取り敢えず『tagtype』の第1フェーズは完了した」わけだが、田川氏の所属学科でスケッチなどを教えていた工業デザイナーの山中俊治氏(*5)の目に「tagtype」がとまったことにより、次の展開が開けた。すなわち、「卒論の最後でもなんとなく『tagtype』がどのように応用されると予想できるかを書いているんですが、それがその後コンピュータやインターネットが普及することによって、現実味を帯びて来た。そんなときに山中さんに『tagtype』をお見せして、じゃあ実際に“製品”として見てもらえるものを作って、世の中の反応を見てみようということになったんです」。
 その、「『tagtype』の応用」とは、田川氏の言葉をまとめると次のようになる。
 まずひとつは「従来型のキーボードに馴染めない人たちのための文字入力環境」。実際、冒頭にも書いたように文字入力の際のキーボード操作に馴染めず、結果コンピュータと疎遠になっている人は少なくないわけだが、そうした垣根を取り払うためのコンピュータ用周辺機器として発展させる、ということ。
 もうひとつは、「コンピュータに限らず、今後インテリジェント化する各種電化製品に対する入力装置」。これは、たとえばいつか普及するかもしれないインターネット対応型家電製品などへの応用が考えられる。

<<Back

 3番目は「現在すでに普及してしまっている機器への応用」。これはたとえば、電話番号を打つための10キーしかないのに、それを使って半ば無理矢理に日本語入力を行っている携帯電話や、ネットワークRPGなど文字入力の頻度が高まって来たゲーム機などが考えられるが、そうした既存の機器に「憑依的に」取り付けられて使い勝手が改善されるという可能性だ。
 そして4番目は、「障害者用の文字入力装置」。これはもともとえとう氏との共同作業から『tagtype』が生まれたという経緯もあるが、「これはごく個人的なモチベーションですが、自由に身体を動かせない人たちは、どうしても外に出ていきにくい現状があるわけです。
でも、『tagtype』のような入力装置が製品として普及できれば、インターネットなどを通じて外の世界とよりつながりやすくなる可能性は大いにある。さらにそれが、自己実現とか、経済的な自立といった方向につながっていけばいいな、と思っています」と、田川氏は語る。

 ちなみに「tagtype」のプロトタイプが田川氏と山中氏によって発表されたのは、一昨年2000年の11月のことだが、それ以来、徐々にさまざまなメーカーなどから、さまざまな形で引き合いが来ているという。そして応用の第1号として、今年の春に発売となるベネッセコーポレーションの学習機器「スタディーゲート」が発売される(*6)。

 

新しいインタフェースはコンテンツにも影響するか

 ところで、「tagtype」のメリットは、少ないキーで手軽にかな入力が行えるという点だけではない。ごく身近なゲームコントローラのように両手で抱え持って扱えるわけだから、たとえばソファに深くもたれたり、ベッドに寝転んだりして、リラックスしながら文字を入力したり、(今後の応用によっては)コンピュータなどのインタラクティブ機器の操作が行えるようになるわけだ。
 だとすると、現在のようなある種緊張した姿勢でコンピュータと向き合うことが多い状況とは、人間とコンピュータの関係が変わってくる、ひいてはコンピュータを使った表現やコミュニケーションの形が変わってくることにもつながるということはないだろうか。
 その点について、田川氏は、「具体的にどう変わるかは、今の時点ではまったく予想もできないですが、インタフェースが変わることでコンテンツが変わる、ということは、一般的な文脈としてはいえると思います。たとえば日本では箸というインタフェースがあったから、箸で食べやすく調理された日本料理というコンテンツが発達した、とか。あるいはクルマにしても、職業としてのドライバーや、マニアックなドライバーは、自分ですべてのコントロールできるマニュアル車を選びますが、生活上取り敢えずクルマを運転できればいいという人はオートマチック車を選ぶといったように、インタフェースもいろいろ選べるほうが望ましいわけですが、現在の文字入力装置/方式という範囲でいえば、選択肢はあまりに少ない。

そこに『tagtype』のようなアイデアを提案することで、選択肢が増え、それが今までにないいろんな使い方を触発していくようになれば、楽しいだろうな、とは思っています」と語る。 また、「そのために、製品化を希望されるメーカーさんなどは、常にお待ちしております」ともいう。  田川氏らが開発した「tagtype」は、いってみればプロトタイプだ。現在はシリアルインタフェースのみを搭載し、対応OSもWindowsのみだが、すでにインプットメソッドを介したアプリケーションへの日本語入力も実現しており、ドライバソフト次第でMacintoshなど他の機器でも使えるようになるし、USBやワイヤレスへの対応も原理的にはもちろん可能だという。したがって、また別のアイデアが加わりなんらかの“製品”に応用されることによって、人とコンピュータ(関連機器)との付き合い方が、よりいろんなバリエーションを描いていくことが十分期待できるといえよう。「tagtype」を応用した製品の誕生を、注意して見守りたい。

text by:渋谷 並樹

home>>

5. 工業デザイナーの山中俊治氏…
現在田川氏が所属するリーディング・エッジ・デザインの代表。自動車や腕時計、コンパクトカメラなどのプロダクトデザインのほか、Mac OS用デスクトップテーマである「Darwing Board」(1999年。アップルコンピュータ)の制作でも知られる。

6. スタディーゲート
この「スタディーゲート」に関しては、リーディング・エッジ・デザインがプロダクトデザインにも関わったとのこと。

 

page : Index 1 2 3