リンククラブ探検隊 地球シミュレータ編

横浜に地球の環境変動をシミュレートする目的で作られた、世界最速のスーパーコンピュータがあるという。その名も「地球シミュレータ」。何と地球そのものをシミュレートできてしまうらしい。しかも一般の見学も可能だというから、我々探検隊も早速アポをとり横浜に向かった。気候変動・災害予測の信頼性のアップ、地殻変動の解明、航空・エネルギー・宇宙・バイオといった研究、などなどに不可欠な高度なシミュレーションを行うために作られたというスーパーコンピュータを、実際に間近で見ることができる。それだけでもワクワクしてしまう探検隊一同であった。

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ピーク性能で40テラフロップス

 横浜市の新杉田駅から歩いて約15分ほど行ったところに、海洋科学技術センター横浜研究所がある。今回私たちがお邪魔する「地球シミュレータ」は、ここの敷地内に設置されたスーパーコンピュータだ。
「例えば現在、環境問題の中で重要なものとされている『地球温暖化』について、最も過激なケーススタディによると、2100年までの間に地球の平均気温が3.5〜4度くらい上がるかもしれないと考えられています。そうなると地球の生態系にとって致命的になります。そこで、なぜ温暖化は進んでいるのか、このまま温暖化が進むとどうなるのか、南極や北極の氷は溶けるのか、上空を雲が覆うと気温はどうなるのか、そういったさまざまな疑問が出てきます。そこで今後の地球環境の変動の原因と、未来の様子を調べるために、地球シミュレータというものが作られました」
 まず地球シミュレータ運用推進課の島倉信雄氏が、なぜ地球シミュレータが作られたかを説明してくれる。現在、文部科学省では今後の地球変動予測について、観測(船やブイ、観測衛星などを使ってさまざまな地球の現在のデータを観測)、プロセス研究(地球の環境変動が何故起こるのかの研究)、シミュレーション(観測及びプロセス研究の成果を踏まえて、実際に実験を行うための環境)の三つの研究態勢で環境変動予測の精度を上げていこうと考えられているそうだ。そのシミュレーション部分、つまり、実際の地球を使っての実験は行えないための代わりの「コンピュータ上の地球環境」が「地球シミュレータ」というわけだ。


世界最速のスーパーコンピュータを見る

「この地球シミュレータは、今年の2月末に完成し、3月から運用しています。コンピュータとしてのスペックですが、ピーク性能で40TFLOPS(テラフロップス)、つまり1秒間に40兆回の浮動小数点計算が行えるということです。これまで最速だったのはアメリカの軍用コンピュータASCI。これが、7.2TFLOPSでしたが、これの5倍の性能になります。しかも、ASCI計画で作られた軍用スーパーコンピュータ全てを合わせても、26TFLOPS程度。地球シミュレータの約6〜7割の性能しか出ません。これはアメリカも相当ショックを受けたようで、ニューヨークタイムズでは、スプートニク号の打ち上げで宇宙開発競争に遅れをとったとき以来の衝撃という意味を込めて『コンピュートニク』という造語を使って報道されていました」
 島倉氏の説明はわかりやすく、アメリカで推奨されているスカラー型(総合分散処理が得意)ではなく、巨大シミュレーションに威力を発揮するベクトル型の並列スーパーコンピュータだからこそのこの性能である、といった専門的な話もスムーズに頭に入る。また、この地球シミュレータは、理論値だけでなく、現時点での実行性能も35.86TFLOPSと、ピーク性能の約90%の能力を叩きだしているというのも凄い。データの転送時などのボトルネックを最小限に抑えたからこそ出る速度だろう。Macを使っていて、CPUが10倍速くなったはずなのに、体感速度はせいぜい3〜5倍程度というのはよくあるが、あれは、メモリへのデータ転送や画面描画速度など、CPUの能力をストレートに伝えられないから起こる現象。それを思うと、このピーク性能の90%が実際に出ているということの凄さが分かる。
 この世界最速のスーパーコンピュータを実際に見ることができると思うと、興奮してくるのも当然かも知れない。


その巨大さと施設を守る細かい配慮

 いよいよ、地球シミュレータを見学する。まず、その外観に圧倒される。地震対策はもちろん、電磁波、雷、地面を流れる電流などさまざまなノイズの要因を完璧にシャットアウトするように設計された建物の中に、320筐体のコンピュータが並んでいる。その中に立っていると、まるでハリウッド映画のセットの中に迷い込んだような気さえする。
 筐体の中を見せていただき、さらに、電気室、空調機械室(常に16度の冷気を全ての筐体に送り込むための施設)と見て回る。ライトチューブを使った部屋の外部に光源を置く照明方法や、水を循環させて空気を冷やす冷房方法など、そのスケールの大きさはもちろん、コンピュータをきちんと動作させるための細かい配慮に感心する。
 そして、この巨大なコンピュータを操作するのは、普通のパソコンであり、結果を出力させるのも、普通のパソコンであるということに、またビックリ。実際、地球シミュレータ自体は、通常のUNIXのコンピュータであり、地球環境のシミュレーション以外の、通常の利用にもリソースを割り当てているそうだ(もちろん、このコンピュータを使うための審査を通ったものだけだが)。
 最後に、地球シミュレータがシミュレーションした30年間の降水量の図や、台風発生の画像などを見せてもらう。地球の全てを10Km四方のグリッドで区切ってシミュレートできるというその画像は、「気象衛星ひまわり」からの映像のようで、とてもシミュレートしたものとは思えない高解像度。充分に、その能力が窺える映像だった。
 現在は、シミュレーションのために作成したプログラムが正しいかどうかの検証段階、つまりシミュレートの精度を上げる段階だそうで、それが全て終わると研究に入るそうだ。
 この、地球全体をシミュレートできるというスーパーコンピュータが、日本にあって、しかも一般の人が見学できるというのは心躍るものがある。とにかく凄いものを見てしまったという感動が残る今回の探検だった。


ありがとうございました。



15.海面の温度をシミュレートした出力結果。日本の南部に蛇上に見える赤い筋は黒潮だ。地球全体規模でのシミュレーションでは、以前は黒潮のような狭い範囲での海流のふるまいはシミュレートできなかった


text by : 中野 本朝
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01-02.地球シミュレータを、分かり易くご案内してくださった地球シミュレータ運用推進課の島倉信雄氏(写真01)と菊地一成氏(写真02)

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03.今回の隊員は、向かって左からCGお仕事をされている熊井さん、ご夫婦で参加くださった寺元夫妻、大学で計測系の研究をされている野路さんの4名

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04.地球シミュレータが設置された施設に向かう渡り廊下。セキュリティを中心に、施設の外観や建築方法、ノイズや雷に対する対策の実際などについて話をうかがう。施設への入り口は、この渡り廊下の先にある扉一箇所だけ

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05.渡り廊下の先にある建造物全部が、地球シミュレータ。地面や他の建物からは完全に独立した免震構造で、静電気などの発生を防止する絶縁処理も施されている。周囲に立つ電柱のようなものは避雷塔

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06.地球シミュレータが置かれている部屋の手前には、このような筐体全体を俯瞰できるスペースが設けられている。ここから見える全てのスーパーコンピュータが、地球シミュレータの頭脳だ(640台で構成) 

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07.筐体が置かれている部屋は、カードキーと指紋認証システムで入出を管理している。セキュリティも強固なのだ 

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08.ずらりとならんだスーパーコンピュータの前で直接お話をうかがう。上を走る照明はライトチューブで、実際の光源は、この部屋の壁の向こうにある。交換が容易で、電磁波防止にもなるわけだ 

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09.実際に計算をするコンピュータの筐体を開けて、中を見せてもらう。全ての計算機筐体は、単段クロスバスイッチの採用で超高速のデータ転送が行えるようになっている

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10.地球シミュレータで使われているベクトルプロセッサユニットなどが飾られていて、その小ささを実感できる。従来の巨大なプロセッサは地球シミュレータ開発当時に使われていた代表的なものでW40×D70cm、20Kgあったが、その8倍の能力で2×2cmにまとめたものが使われている 

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11.下の階は冷却装置。施設の広さはドームの24分の1だが冷却能力は1.8倍。つまり東京ドームの約50倍の冷却能力を持つ。それだけに、この中はとんでもなく寒く、とんでもなくうるさかった

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12.地球シミュレータを機関車に例えれば、このオペレーションルームは、その機関室に当たる。この数台のパソコンと常時2名のスタッフで、地球シミュレータ全体をコントロールしている 

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13.top500.org というWebサイトの中にある、世界のスーパーコンピュータのランキング1位になった認定書を拡大してパネルにしたものが飾られている。理論値でなく、実測値のランキングなのが実際的 

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14.シミュレーションの出力結果は、このような拡大表示にも充分たえる高解像度。拡大しても画像が荒れることは無いし、台風のような局地的な現象もカバーするほど緻密な表示が可能