佐藤 卓さん_Taku Sato

1955年東京生まれ。1979年東京芸術大学デザイン科卒業、1981年同大学院修了、株式会社電通を経て、1984年佐藤卓デザイン事務所設立。以後、グラフィックデザインを中心に商品開発、パッケージデザイン、プロダクトデザイン等の幅広い領域で活動中。主な仕事として、「ニッカ・ピュアモルト」「ロッテ・ミントガムシリーズ」「大正製薬ゼナ」「RMKスキンケアシリーズ」「明治おいしい牛乳」等の商品デザインを手掛けるほか、2000年度「ADC年鑑」及び「ADC展」アートディレクション等のグラフィックデザイン、「TOYOTA・VISTA」「BS朝日」等のVIデザインがある。東京ADC賞、JAGDA新人賞、東京TDC銅賞、ニューヨークADC銀賞、日本パッケージデザイン大賞金賞、デザインフォーラム金賞等受賞。主な展覧会に「デザインの解剖」展、「都市に潜むルーメン」展、「デザインの原形」/日本デザインコミッティー創立50周年記念展などがある。



わたしたちは普段、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどで何気なく買い物をしているが、その商品を選んで買った、その理由やきっかけとはなんだろう。実はそこには、その商品の“デザイン”が大きく関係しているのではないだろうか。普段は意識することのない“プロダクトデザイン”という創造の仕事について、ニッカウヰスキー「ピュアモルト」、ロッテ「キシリトールガム」、明治乳業「おいしい牛乳」などのヒット商品のデザインに携わり、またプロダクトデザインを多角的かつ精緻に分析した「*デザインの解剖」プロジェクトも手掛けるデザイナーの佐藤卓氏に、お話を伺った。 *注:デザインの解剖 ─知られざるマスプロダクトの世界─佐藤氏が、プロダクトデザイナーの視点でマスプロダクトのデザインを分解、検証するプロジェクト。現在、「ロッテ・キシリトール ガム」、「フジフィルム・写ルンです」、「タカラ・リカちゃん」を取り上げている。展覧会や東京・六本木アクシスギャラリーでの講演のほか、美術出版社より解説書も刊行されている。



「いろんなものを見て、
 いろんなものを吸収しつつ、
 その“普通”の軸を保つようにしています」

まず、佐藤さんの最も新しいプロジェクトである「デザインの解剖」についてですが、このプロジェクトを企画したきっかけというのは?

佐藤:私はもともと電通で広告の制作に携わっていたのですが、そういう広告畑の目で“商品”というものを眺めると、商品パッケージっていろんな情報やメッセージを伝えるひとつの入り口として、ものすごく機能しているものなんですよ。それは、普段からマスプロダクトの制作に関わっている私たちデザイナーにしてみれば当たり前のことなんですけど、店頭で何気なく手に取ったり買ったりしている“商品”が実はメディアとして機能していること、さらにどんな風にメディアとして機能しているのかということは、広く一般の方にとってはとても面白いニュースになるんじゃないかと思ったんです。

それで、ある“商品”を取り敢えずバラバラにして、メディアとしてどの部分がどういう機能なのかを見せてみよう、解剖してみよう、と思ったのが、きっかけですね。
広告の世界からプロダクトデザインの世界への移行には、どんな経緯があったのでしょうか。

佐藤:ちょうど私が電通に入社した時期と前後して、ある商品が売れる/売れないというのは広告だけじゃなくて商品のほうにも理由があるんじゃないか、という議論があったんです。たまたまニッカウヰスキーの「ピュアモルト」という新しいウィスキーの広告に関わる機会に恵まれたので、そこで「商品開発からやらせてください」と企画をまとめて提案したのが、プロダクトデザインに関わるようになった直接のきっかけですね。「ピュアモルト」が1984年の発売ですから、今から18年くらい前のことになります。
 そのとき、ウィスキーのパッケージに関するさまざまな既成概念を、ことごとく疑ってみたんですが、突き詰めて考えると、どうしてそうなっているのか、そうじゃなきゃいけないという理由が見つからないことが多いんですね。存在感やネーミング、ボトルの形や色、ラベル、値段、容量などなど、世の中の常識になっていることでも。
ニッカピュアモルトウイスキー/1984
佐藤氏が最初に手掛けたプロダクトデザインである、ニッカウヰスキーの「Pure Malt」。ウィスキーのパッケージとしては、発売当時非常に斬新で注目を集めたもの。
 だから、「ピュアモルト」では、あえて“主張しない”というメッセージを、パッケージデザインに込めてみた。洋室でも和室でも馴染むような、昔からある古い瓶にたまたまウィスキーが入っていてそこにある、みたいな感じですね。飲み終ったら、洗ってほかの用途に使いたくなるような瓶のデザインで。
 「ピュアモルト」のときは、企画を立てたのがまだ電通にいるころで、電通を辞めたのちに実際の商品開発に携わったわけですが、結果的に好評だったこともあって、マスプロダクトのデザインというのが世の中に、消費者のみなさんに伝えることって非常に大きいという実感があったんです。それからもう、面白くなってきて、商品分野を選ばず(笑)、依頼があればなんでも受けていった、というのが、今日に至る経緯ですね。

一口にプロダクトデザインといっても、いろんな仕事の形があると思いますが、佐藤さんが携わる場合はどういう範囲になるのでしょうか。

佐藤:それはもう、仕事によって異なりますね。商品のネーミングや(食品だったら)フレイバーの決定から関わるものもあれば、広告展開まで関わるものもあるし、パッケージデザインだけを担当するものもあります。
 ただ、現代においては、ことマスプロダクトに関しては商品だけで完結するということはまずないんですね。モノ単体だけを考えればいいのではなく、コマーシャルや雑誌記事などで流される情報やメッセージも含めて、全部プロダクトデザインとつながっているんですよ。だから、たとえばこの商品はこういう広告展開をする、ということがわかっていれば、広告でこういうことを語るんだったら、じゃあパッケージではここまでの情報でいいとか、逆にパッケージでここまで語れるから、別のメディアではほかのことを語ろうとか、いろんな提案は行います。あるいはネーミングでも、もっといいもの、こっちの商品名のほうがその商品の中身がもっとよく伝わるだろう、というものが思い付けば提案しますし。もう、クライアントから頼まれていなくても(笑)、思い付いたらどんどん、商品開発の範疇にまで入っていきますね。
 あとは、ある商品をデザインするとき、短期的に売りたいのか、それとも長い期間売り続けたい商品なのか、ひとつのブランドとして育てていきたいのかどうかという点も重要なので、そういう議論にもなるべく積極的に関わるようにしています。もちろん、基本的にはニュートラルな立場で、どんな形でも仕事に携れるようにはしていますが。

パッケージデザインに話を限定すると、クライアント(メーカー)の要望とか、あるいはバーコードを必ず入れなければならないなどのデザイン的な制約があると思いますが、その辺はどのように対応されているのでしょう?

佐藤:もちろん、そうした“制約”は確かに山ほどあるんですが、デザイナーの仕事って、翻訳者みたいなものだと思うんですよ。メーカーが伝えたいことが確実に消費者に伝わるような方法を考えるという点では。

ロッテ キシリトールガム/1998
「ロッテキシリトールガム」のパッケージ。こうして並べてみるとモノとしてのデザインの美しさが際立つが、よく観察すると、商品イメージを端的に表す要素や商品に附随する必須情報がわかりやすく編集され、デザインの中に盛り込まれているのがわかる。
 たとえば、最近携わった仕事にロッテの「キシリトールガム」がありますが、このデザインの基本になっているのは“デンタル”というイメージです。歯にいい、虫歯になりにくい甘味料を使った日本で最初のガムですから、まず頭に浮かんだのが“デンタル”というイメージで、そこから発展してパッケージの色やロゴタイプ、他の形や大きさのパッケージとも統一感を取るためのマークなどをデザインしたわけです。
 ただ、歯にいい、虫歯になりにくいというメッセージがイメージとして伝わるだけではだめで、メーカーとしては法律上、あるいは流通上掲載しなければならない情報を掲載したり、消費者に正しい情報を伝える義務がある。確かにデザイン上、ないほうがすっきりするとか、デザインしやすいだろうというものもありますが、商品パッケージとしてはそうした情報は“制約”ではなく“なくてはならない重要なもの”と考えるべきだと思うんです。
 たとえばバーコードだったら、小売店やお客さんがスムーズに会計を済ませられるとか、もう社会のシステムの中での重要な要素になっているわけだから、それを“制約”と捉えるのではなく、“重要な情報をどうデザインの中に整理して組み込むか”というのが、そのまま私のような立場のデザイナーの力量になるのではないかと思っています。

確かに、たとえば「キシリトールガム」のパッケージを展開して眺めてみると、実に多様な情報が掲載されていますね。

佐藤:そうですね。で、その中には、商品名など一番最初に伝わらなければならないもの、注意書きのような買ったあとで読んでいただくものなど、いろんなレベルの情報がある。だから、ただなんでもきれいに並べればいいというわけではなく、そうした情報のレベルというのも念頭に置かなければならないんですね。
 加えて、ある情報なりメッセージがきちんと伝わるためには、文字要素だったら文字数とか文字の大きさとか書体とか、いろんな要素があるわけです。その辺の調整を行うのも、プロダクトデザイナーの仕事であることが少なくない。いってみれば、いわゆるエディトリアルデザイン(情報伝達の設計も含めた編集デザイン)と、仕事の根本はまったく同だと思います。
 とにかくマスプロダクトの場合は、商品の中身に関してはメーカーの責任になりますけど、お客様にまずは手に取ってもらって、そして中身がわからなくても買ってもらう、という段階では、デザイナーの責任は非常に大きい。もしその商品が売れなければ、ものすごい量のゴミになってしまうわけですから、そういう意味でも情報の整理とイメージやメッセージの適確な伝達というプロダクトデザイナーの責任は、非常に重たいものだと感じていますね。むろん、工場でラインが動き出したときに、もう反省しているということもしばしばですが。

そうした姿勢でプロダクトデザインのお仕事に臨む場合、やはりプロダクトデザイナーとしての目で、世の中の動きや商品を眺めることも多いと思いますが。

佐藤:実はそれはまったく逆で、なるべくデザイナー、クリエイターの目でモノを見ないということに気を付けてます。もう、ごく普通の生活者として、コンビニやスーパーで買い物してますし、たとえば缶コーヒーを買うときでも、“世界で一番美しいデザインの缶コーヒーはどれだろう”(笑)という視点で探したりはしないですね。
 というのは、普段からデザイナーの目だけでモノを見ていると、やはりそれなりの美意識というのはありますから、非常に偏った見方になってしまうんですね。でも世の中の多くの人は、ガムを買ったり牛乳を買うときに、あんまり多くは意識していない。もちろんTV CMなどから無意識に得ている情報を頼りに、というのもあると思いますが、ほとんどの場合、半ば直感的にそのとき欲しいものを選んでいると思うんです。
 ただ、意識してやっているわけではありませんが、そうやって日常的にモノを選んだあとで、ふと“なんでオレはこれを選んだんだろう”と考えてみることはあります。そうすると、大体そこにはなにか、自分に自然にその商品を手に取らせた理由があるわけです。それを箇条書きのように自分の中にインプットしておいたものが、いざデザインの現場となったときに、引き出しとして、経験として活かされてくるんじゃないかな、とは思います。

では、たとえば、プロダクトデザインを依頼された商品と同じ分野の商品の傾向をリサーチするようなことは。

佐藤:それも実は、ほとんどしないんですね。たとえば飲料水のデザインをやるとき、飲料水売り場のイメージを頭に思い浮かべることはしますけど、すぐに売り場を見に行くということはほとんどありません。というのは、消費者が持っている売り場や商品の記憶と、実際の現実の売り場って、実は違うんですよ。そこで実際の売り場を見に行っちゃうと、自分の頭の中にあった飲料水や飲料水売り場のイメージが消えちゃうんですね。それよりも、一般の消費者のつもりで飲料水売り場のイメージや記憶を抽出してそこからデザインを始めたほうが、はるかに消費者に伝わるものができると思うんです。
 さっき話に出た「キシリトールガム」の場合も、“デンタル”つまり歯磨き粉や歯ブラシなどの商品は、実際には赤や青や黄色もあるけれど、ぱっと頭に思い浮かぶのは冷たい感じの緑色だったんですよ。
 もちろん、そのイメージが一般とずれてたり先走っていたりしたらだめなんですけど、自分の中では常に“普通”に目盛りが合わせられるように気を付けてはいますね。いろんなものを見て、いろんなものを吸収しつつ、その“普通”の軸を保つようにしている、というか。“普通”っていうのは、時代と共にずれていきますし、価値観によっても異なってくるものですが、その点も含めて、常に意識していますね。やはりまず、ニュートラルな状態からスタートするというか。
 そこからギヤをローに入れるかトップに入れるか、あるいはバックに入れるかは仕事の性格によるわけですが、最初からトップに入れていてはアウトプットするものがぶれてしまう確率が高いんです。だから、売り場の調査などよりも、まずはニュートラルな状態に自分を置く、というのが、デザインの出発点ですね。
 ただ、最近は流通の現場に非常に興味を持っているんですよ。

それは具体的にいうと、どのようなことでしょうか?

佐藤:流通の役割や機能を考えて、取り込んでいくというか、コラボレーションできないだろうか、ということですね。今は流通が非常に力を持っているので、モノ作りの現場に口を挟むことが多いんですが、これをデザインに対する敵対要素として捉えては駄目だと思うんです。
 確かに、メーカーと流通の力関係が逆転したせいで、作り手側が自由にモノを作りにくくなったということはあるんですが、逆にいえば、流通の持っている機能やノウハウをモノ作りに活かせるいい機会だとも思います。それを上手く利用すれば、モノと人との関係、モノの情報と人との関係にも、もっと新しい、無駄のない形が生まれてくるんじゃないかと、考えています。
 まだ具体的にこんなことをやる、というお話ができる段階ではないんですが、個人的には、私のようなデザイナーの仕事のあり方として、将来的に非常に可能性のあるアプローチだと思いますし、ちょっと考えてみたいテーマですね。

ありがとうございました。

text by:渋谷並樹

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