かつて、音楽は孤独だった。光も動くものもない暗黒の世界で、たった一人で歌い続けていた。また、映像も孤独だった。視線を奪う光の奔流に惑わされながら、何かが足りないと感じていた。さて、21世紀。両者はついに出会った。それも、小さな部屋の中で。Macによる音響と映像の編集技術の変革は、ついにここまで凝縮し、進化した。今回探検隊が向かったのは、米MOTU社製サウンドプロダクション製品の総輸入元である株式会社オービット・ミューズテクス事業部と、プロフェッショナルユースのメディアプロダクション環境を提供する同社のクリエイティヴスイートだ。
Musetex Official Site
http://www.musetex.co.jp/
CreativeSuite Official Site
http://www.creativesuite.com/
ロックやポップスの新曲が、音だけではなくヴィデオクリップの形でメディアに流れるような現在、音楽と映像はまさにメディアミックス。2つで1つの関係になりつつある。ミュージシャンは作曲しながら同時に映像を頭に浮かべるようになるだろうし、映像作家は撮影中のシーンに効果的な旋律を重ねているだろう。
かつて、音楽と映像は同じようにクリエイターの所産であり、近い存在ではあったが、その生まれる場所も育つ過程も違っていた。例えて言えば、両者はお隣さんではあったが、ドアは別で、用があるときはいちいち外に出てからノックして訪問しあうような仲。しかし互いが互いを必要としあうような現在において、これでは手間がかかってしかたがない。そこでついに隣家との間の壁をぶち壊し、2つで1つの家を作ろうという試みが生まれてきた。今回、探検隊が向かった「クリエイティヴスイート」のショールームは、ちょうどそういう「試み」のモデルハウス的存在なのである。
株式会社オービットの歴史は、ハイエンドアナログオーディオパーツの設計・製造から始まる。そして1987年、アメリカ留学から帰国したミューズテクスの現事業部長である伊藤格氏が、コンピュータに於ける制作分野の可能性の追求の為、事業部門を立ち上げた。それが「ミューズテクス事業部」なのだ。現在では、Macintosh用のMIDI & ディジタルオーディオワークステイションソフトウェア「Digital Performer」を中心としたMOTU社サウンドプロダクション製品の総輸入元として、その名を知られている。
今回、我々がうかがったのは世田谷区池尻のミューズテクス事業部と、同じビル内にあるクリエイティヴスイートだ。我々が初め思い描いていたのは「音響機器の代理店業務を行うミューズテクス事業部と、その総合アドバイス機能を持つショールームとしてのクリエイティヴスイート」という存在であった。そして、その想定に大きな間違いはなかったのだが、実際に探検を始めてみて、我々はもう1つの、そして非常に大きな要素に気づかされたのである。
「ミューズテクス事業部は、渋谷でComputer & MIDI専門ショップとしてスタートしたのですが、MOTU社の輸入代理店業務を開始したのを期に、並行して行っていたショップの形態をメディア制作用システムのインテグレイション業務へ特化しました。そこで放送技術研究所,専門学校,制作プロダクション,大手企業、著名アーティストといったお客様に音楽用、映像編集用を問わずハイエンドシステムを納品し、そこで培った知識や経験を活かし、さらにより良いメディアプロダクション環境を提供するべく誕生したのが「クリエイティヴスイート」です。この部屋は、そのコンセプトに則って、より整った環境で各製品をご覧頂いたり、お客様のプロジェクト支援も行える工房として開放しています。」(広報担当/奥田光洋さん)
もっとも、こうした動きの背景にはミューズテクス(ひいてはオービット)とMacとの非常に密接な関係も見逃すことはできない。
ミューズテクスはその創設以来、Mac関連商品を専門に取り扱ってきた。また「業務に関わることは全て自社で」という方針のもと、取扱商品のカタログやポスター、得意先に配るPOPなどもすべて社内で印刷しており、そのためのシステムもすべてMacを中心に揃えてある。
「Macにできる事が広がれば、うちができることも広がって行くんです」(クリエイティヴスイート・マネージャー/片田江 順さん)という言葉通り、Macの進化・発展にともなって、ミューズテクスも変容を遂げてきたと言える。
音楽や映像のアーティストや、システムを本格的に導入しようとしているスタジオや会社にとって、どういう機器をどういう組み合わせで買い揃えればいいのかは悩みの種だ。今回の探検隊員のお2人も、それぞれ自宅で映像と音楽を組み合わせて作品を作っていらっしゃる方であった。お2人とも、現在自分が使っているシステムではちょっと不満があるが、何をどういう具合に導入すればいいのか、街のオーディオ専門店ではパソコンや映像のことはわからないし、かといってパソコンショップや電気屋では音楽に疎いとあって、困っていたようだ。
「大きな専門店でも、結局そこで取り扱っている製品しか触ることができない。音に関してはわかっても、これに映像を組み合わせた時にどうなるかがわからない。その点、このクリエイティヴスイートでは、他社製品とも組み合わせて実際に使って見ることができます」(ミューズテクス営業/奥平賢浩さん)
探検隊のお2人にとっては絶好の機会だったようで、熱く専門的質問が飛び交ったのである。お話を伺ったのは、窓から陽光がまぶしく差しこむ広い応接間であった。が、実はこの部屋がすでに「クリエイティヴスイート」なのだ。部屋には、スピーカーと編集機器がセットされている。各種の機材を使い勝手良く配置したワークスタンドも、前記の伊藤氏がディジタルメディア制作向けに用途を追求してデザインしたオリジナルブランド“エクストリーム”の製品なのだそうだ。制作された音楽作品を、この部屋で再生してみる。もちろん「ああ、いい曲だね」ではなくて、「このシステムだとこういう再生音になる。では、別の機材を使うとどうなるのか」といった事を体験するのが目的である。
さらに別の部屋は、さながら録音スタジオのようになっているのだが、一般のスタジオと違うのは、録音のためのブースは半坪ほどしかなく、スペースの大半をMacを中心に構成される編集機材が占めているのだ。正面にはシネマディスプレイが2台据えられており、この日は我々探検隊の為に、公開中の映画「クイーン・オブ・ヴァンパイア」のデモンストレーション版を使用して、サラウンド効果のスポット移動を体験させていただいた。また、映像の冒頭、タイトルロゴに雷鳴が効果的に重なるシーンで、その雷鳴の鳴り始めのタイミングをずらす実験を見せていただくなど、隊員一同、最先端のディジタルサウンドシステムの能力に驚かされた。
クリエイティヴスイートには2つ部屋がある。この日探検隊が見せていただいた部屋は、音響をメインにセットアップされいたが、もう1つの部屋には映像をメインにセットアップされている。しかしどちらの部屋でも音響と映像両方の作業を行う事ができ、データのやりとりが可能となっている。
「たとえば企業が、社内向けに記録映像を作りたい。これまでは社外に発注していたけれど、映像を作れるシステムが社内にあるならば社内でできるようにしたい。ただ、記録映像はこれまでも作ってきた。しかしナレーションとか音楽を入れるとなると、どんな機材が必要なのかがわからない。そういう時に相談できる場所ってなかったんですよ。クリエイティヴスイートはそういうお客様のお役にも立てると思っています」(前出・片田江さん)
さらに最近では音楽、映像系の学校にシステムを導入するなど、将来の人材育成についても、クリエイティヴスイートの果たす役割は大きくなるばかりだ。
音響という側面からMacとともに歩んできた会社が、Macの進化に合わせて映像までもとりこんで新しい世界に道を広げている。ソリューションの未来を垣間見ることができたような、今回の探検だった。
text by:石上 耕平
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