究極的には人間は「自己の宇宙」と
「外の宇宙」を知りたいのだと思う。

宇宙から地球を眺めた人間は、その時、何を思ったのだろうか? 私たちは彼を通じて宇宙や地球のことを知りたいと願う。宇宙飛行士は地球に還り、個人の唯一無二の体験を社会全体の経験に活かすためにアクションを起こす。現在、日本科学未来館館長として活躍する毛利衛さんに、科学技術の伝え方、今日の考え方のバックボーンにあるもの、地球の未来について語ってもらった。

写真提供:「宇宙開発事業団(NASDA)」「NASA」

毛利 衛さん
1948年、北海道余市町生まれ。1972年、北海道大学大学院理学系化学専攻修士課程修了後、オーストラリアに留学し、南オーストラリア州立フリンダース大学大学院理学部博士課程修了。1976年、同博士号を取得する。その後、北海道大学講師を経て同助教授に就任。助教授時代の1985年、宇宙開発事業団(NASDA)の宇宙飛行士に選ばれる。1992年、日本人としては初めてNASAスペースシャトル「エンデバー号」Spacelab-Jにペイロードスペシャリスト(科学者宇宙飛行士)として搭乗し、宇宙実験や宇宙授業を行う。地球に戻ったあともNASDA の有人宇宙活動推進室長として活躍。1998年、NASA宇宙飛行士資格取得(ミッションスペシャリスト)。2000年、「エンデバー号」SRTM(陸地立体地図作成)にミッションスペシャリストとして搭乗。2度の宇宙体験を活かして、同10月、日本科学未来館館長に就任。「宇宙からの贈りもの」(岩波書店)、「私たちのいのち」(集英社)、「果てしない宇宙のなかで思う未来のこと」(数研出版)ほか著書多数。


Geo-Cosmos
「宇宙から見た地球の姿を多くの人と共有したい」という毛利さんの想いから生まれたのが、日本科学未来館のシンボル展示Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)。1階から6階までの吹き抜け空間に浮かぶ、最先端の科学技術によって実現した世界初の球体ディスプレイ。直径6.5メートル。LED(発光ダイオード)約100万個が貼り込まれており、人工衛星から雲のデータを取り込み、「宇宙から見た今の地球」の姿を刻々と映し出す(左写真)ほか、下段の写真のようないくつものコンテンツがあり、来館者自身が展示場に置かれた端末から映像を操作することができる。


科学技術への理解を深めるための拠点として、2001年7月、東京都江東区青海に誕生した「日本科学未来館」は、最先端の科学技術に関する情報の発信と人の交流のための開かれた場。参加体験型の展示をはじめ、科学のおもしろさにじかに触れることのできるイベントやセミナー、コンテンツ制作など、館の内外でさまざまな活動をダイナミックに展開している。館長は宇宙飛行士の毛利衛氏。「地球を離れた」経験を持つ毛利館長は、「科学技術とは何か」を伝えるためにいま、地球を猛スピードで走り続けている。



※このインタビューは2003年1月14日におこなわれたものです。


 NASA宇宙飛行士と毛利氏

 スペースシャトル内の毛利氏

 NASA宇宙飛行士と毛利氏

__毛利さんといえば、すぐに宇宙飛行士を思い浮かべますが、ご自身の研究分野と異なるジャンルの方とのコミュニケーション、あるいは職員の方とのコミュニケーションについて館長として特別に心がけていらっしゃることはありますか?

毛利 私は直球勝負ですね。それを培った基本的なものが宇宙飛行の体験にあり、その前の研究者の体験にあるのです。研究者の体験では、物事を原子・分子のレベルで見ること、もうひとつは科学的、論理的な思考をすることを学び、宇宙飛行士になってからは全体を見渡すことができるようになりました。原子・分子は身体を構成する普遍的なものですが、地球を離れて、ずっと引いて地球という星を大きく捉えた時に、同様に普遍的なものが見えてきたのです。それは小さいものの普遍ではなくて、大きいものの普遍。原点である「人間がいてもいなくても生物がいてもいなくても、地球も原子も存在する」ということを実体感できたのです。知識ではわかっていたのですが、初めて実体感でわかりました。21世紀に入り、今度は「実態の世界」ばかりではなくて、「仮想の世界」や、我々を形作るDNAという物質的な世界と精神世界、いわば「内的宇宙の世界」にまで科学によって踏み込むことができる時代になり始めているのです。


__「スペースシャトル」でのミッションを終えて地球に還ってこられた直後に「地球の他にも生命を宿す星はある」と発言され、物議をかもしだしましたね。今でもそれは実感されていますか?

毛利 我々は電気信号でさまざまなものを認識します。コンピュータでデータを取るということはまさにそれです。しかし、別の見方をすれば、電気信号という信号だけを変換して、我々は映像にしているに過ぎないのです。実は目で見る、匂いを嗅ぐ、触るなど、人間の五感をすべて総合して得ている情報の中には、人間が作り出した物理的な道具だけでは感知できないものもあるのです。いま実際に科学技術として見せられるのは、「その中のごく一部ですよ」「確実に存在が認められるものだけですよ」ということに過ぎないのです。背後にまだまだたくさんの検出されていない情報があると思います。でも、そういうケースは過去においてもあったわけです。ニュートン力学から量子力学に移行した時に、今までの常識を覆すようなものが登場した。人間の知覚ではわからないものが見えてきている。そういう意味で、私が宇宙に行った時に「地球の他にも生命を宿す星はある」と直感したことは、50年後には当たり前になっていることではないかと思うのです。50年後には他の天体に生命がいるということは証明されていると思いますよ。たとえば今から20年前に「火星に生物はいる」なんてことは科学者だったら言えなかった。タブーだった。NASAが火星探索機「マリーナ」をランディングさせて、1970年代当時のいちばん優れた機器を使って宇宙飛行士のカール・セーガンたちが調査した結果、「火星に生命はいない」ということが結論づけられた。でも、それはその時点での見方でしかないのです。さらに最近、火星探索機「マーズ・サーベイヤー」が火星に行き、立体地形図を撮り、人工衛星を火星の周りをまわらせて、実は大洪水があったことや、まだ地下に大量の水があることなどがいま、わかってきた。20〜30年前に「そんなことはあり得ない」と否定していた科学者たちがいま「火星には生物がいるのではないか」と、本気になって火星へのミッションを企てているわけです。


__確かに科学は発見の連続ですが、人間がかつて宿していた能力である「直感」は、どんどん少なくなっているようにも感じますが?

毛利 個人に焦点を当ててみると、便利な世界になったので、自分の危機を予知するという能力は確かに減っています。いろんなものに守られているからですね。服を着ないで走りまわっていた時代と比べると、皮膚感覚で危険を察知するという能力は減ったと思います。訓練していないから鈍くなっているわけです。でも、実はその分、Macユーザのようにコンピュータを扱っている人は、新しい世界に入り込んでいるのではないでしょうか。そこに新しい感性が生まれている。それをもっと評価してあげて欲しいですね。歳を取った人より若い人たちのほうが本能的に生命として生きていかなければならないので、生きていくために必要な直感は優れているはずです。古い感性を持った人が振りかざすモノサシばかりで新しい人を測っていては自滅してしまいます。ですから100年後に必要となる人間の能力を認めてあげる必要があるわけです。古いモノサシで測る直感は減っているかもしれないが、新しいモノサシで測る直感は依然として持っています。そういった意味で今後は「直感」も大切になってくると思います。


__その100年後ですが、ごく普通に宇宙旅行ツアーが行われているかもしれませんね?

毛利 100年後ではなくて、すでに今でもお金を出せば宇宙に行けるわけです。いま、館長室にはNASAのケーブルが来ているので、宇宙ステーションでリアルタイムに働いている人たちの映像を2秒遅れくらいでモニタを通して見ることができます。いま、彼らは宇宙で話をしているわけです。宇宙は平常的に仕事をする場所なのです。「宇宙に出張する」という感覚ですね。一方、宇宙旅行も20億円ほど出せば可能です。アメリカや南アフリカの実業家はすでに行っています。100年も経たずに、20年後にはおそらく、現在豪華客船で世界旅行をするように、金銭的に余裕のある人たちは宇宙に自由に行けるようになるであろうし、宇宙関連の仕事ももっともっと増えていると思う。100年後はおそらく火星に自由に行ける時代になっているでしょうね。たとえばいま、アメリカやヨーロッパに自由に行けるように。4分の1の重力である火星なら街ができて、100年後には「火星生まれ」という人も登場しているでしょう。ちょうど日本からブラジルに移民して、ブラジルで農地を開いて、大農園で成功したということと同じように、人間が火星に行って「最近、火星の人口が増加中」というのが100年後の状況だと思いますよ。


__そうすると、これからの子供たちに託す教育はとても重要ですね?

毛利 偏差値もひとつのモノサシとしては重要ですが、その他のものがもっと大事になってきます。これから時代を経るに従って、国というものがひとつの枠ではなくなっていくのです。ヨーロッパがいい例ですね。EUになっているでしょ。それにはコンピュータが果たした役割が大きいですね。ひとつの法律に縛られているのでなくて、全部他のところにも適応できるようになってくる。コンピュータの世界のように境界がなくなり、意識だけは最終的に「地球の表面に生きる人間」というレベルで考えるようになってくる。いま、そういう意識を実感しているのが宇宙飛行士なのです。日本人という意識を強く持てるのが日本を離れた時であるように、地球を離れると地球人であることを意識するわけです。地球をひとつの生命として捉えることができるようになるのです。


__その地球を離れた時、館長は孤独ではなかったですか?

毛利 宇宙に出たら孤独です。生命維持装置であるスペースシャトルの中だけでしか生きられないということを現実的にわかっているから。一方、シャトルから地球全体を見た時に「あそこにすべての生命が宿っていて、あそこしか還れない」と思い、仲間が住んでいるという理由で地球を大事に思う。だから孤独ではない。還る地球がそこにあるのだから。宇宙に行ってみると、地球と人間は運命共同体だということがわかります。そういう発想でだんだん物事は進んでくると思います。


__そういった経験をお持ちの毛利さんが館長に就かれた日本科学未来館のコンセプトに「科学技術を文化にする」とありますが、科学技術と文化の結びつきとは何でしょうか?

毛利 みなさんは「科学と文化はつながりがない」と思われがちですが、それは科学技術に携わる者の思い違いがそうさせるものではないでしょうか。特にコンピュータを扱っている人たちは自分が特別な世界で生きていると思いがちですよね。確かに科学技術で世界の情報は手に取るようにわかります。一方では、大きなエネルギーを使って原子爆弾で瞬時に都市を破壊できるかもしれません。でも、それは「本来、科学技術は何のためにあるのか」「コンピュータは何のためにあるのか」ということを考えていない人の話です。科学技術が人間のために、そして社会のためにあることを知っているなら、科学技術も人間の持っている文化のひとつであるということがわかるはずです。つまり科学と文化は対立するものではなくて、文化という大きなものがあって、科学技術はその中に位置するものなのです。


__館長は研究者としての「人」を見せる展示を心がけていらっしゃいますが、「人」にスポットを当てられる理由は何ですか?

毛利 そうすることで、「いったい人間とは何だ」という真理の探究に通じると考えているからです。「科学技術を志向している人間って何なのだろう?」ということを探究することによって、自分とのつながりが見えてくるのです。最終的に我々が知りたいと思っているのは人間のこと。そして自分を取り巻く環境のすべて。究極的には「自己の宇宙」と「外の宇宙」を知りたいのだと思います。宇宙、つまり外の世界のことは、確かにコンピュータや望遠鏡など物理的な道具を使って知ることはできますよね。でも、「自己の宇宙」である「内的宇宙の世界」は他者から触発されることで初めてわかってくるもの。科学者、研究者は外の世界を追究している人たちです。でも、そういった科学者、研究者たちを触発しあう人間として捉えると、彼らの内部の世界を見ることによって、彼らが研究している科学技術は「何のためにあるのか」ということがわかってくるのです。未来館で最先端のものを見ると、理解しきれないこともたくさんあるでしょう。だから「研究者や科学者を見て欲しい」と考えたわけです。彼らも人間や社会全体のことを考えて働く普通の人間なんだということがわかれば安心するでしょう。科学技術はみなさんと同じ人間が作り出したものなのです。


__先日、拝見した「ゴジラと科学」展(2月11日終了)などはとても興味深いものでしたね。

毛利 私たちは新しい科学技術を伝えることに興味はありますが、古い科学技術には興味がないのです。では、最先端のものに何があるのかといえば、「ゴジラ」に関しては特撮がずいぶん変わってきていた。ゴジラのぬいぐるみひとつとってみても大きな進歩があります。「ゴジラと科学」展では、そういう最先端のものが見えるように工夫しました。これはハードウェアの分野の話。もうひとつの最先端はソフトウェアです。中に潜むものに着目しました。最新作の「ゴジラ対メカゴジラ」(2002年末公開)では、クローン・ゴジラであるメカゴジラが登場します。クローンはまさに今、社会で大きな問題になりつつありますよね。SFの世界でなくて、現実が最先端の科学の世界に突入しているので、ゴジラを「科学と技術」という切り口で見せることは可能であると考えたのです。


__テーマを感じてもらうための手法のひとつということですね?

毛利 最終的に「科学技術とは何か」ということを感じてもらうためには、いろんな手法があるということですね。それを結びつけて理解してもらえればいいのであって、感覚的に訴えるものでもいいし、視覚や五感に訴えるものでもいいし、思想に訴えるものでもいい。日本科学未来館ではそういった「見せ方」の研究開発も行っているのです。やがて地球を離れていく時代が到来します。私は宇宙飛行士として地球を離れて、地球を見た時、40億年つながってきた生命が地球上に存在し、なおかつ人間が存在し、その人間が科学技術という道具を手にしたがために原子・分子の世界もわかり、大きなエネルギーを使って宇宙にまで飛び出していくことが可能になり、全体を見渡せることが可能になったことを実体感しました。私が体験したような先端技術の一端にふれることができるのが日本科学未来館なのです。私は今では、宇宙飛行士は館長になるためにあったのではないかと思っているほどです。宇宙飛行士の延長線上に館長の仕事があります。つまり全部がつながっているということですね。


__今日の館長を培ってきたものや100年後のこと、生命の流れ、文化の中の科学、科学を伝える館長の姿勢など、今日は多くの示唆を受けました。本当にありがとうございました。

Text by:倉田 楽






日本科学未来館 MeSci

〒135-0064東京都江東区青海2丁目41番地
TEL 03-3570-9151(代)
http://www.miraikan.jst.go.jp/index.html
■入館料 個人/大人500円、18才以下200円
※6才以下の未就学児は、引率者1名に付き2名まで無料
団体/大人400円 18才以下160円
(但し、土曜日は一般・団体とも18才以下は無料)
団体予約デスク:TEL03-3570-9188(受付時間10:00〜17:00)
■開館時間 10:00〜17:00
■休館日  火曜日、年末年始[12/28〜1/1]
※1/7、2/11、3/25、4/29、7/20〜8/31の間、9/23、12/23の火曜日は開館

■次回開催の企画展
オリジナル企画「時間旅行」展〜TIME!TIME!TIME!
開催期間 2003年3月19日(水)〜6月30日(月)

同館では年間テーマ「イマジネーション」のもと、年に数回、科学技術と社会、生活、芸術等が交わるテーマで企画展を開催。次回は誰もが一生つきあう「時間」がテーマ。
理系、文系を横断した時間の専門研究者達と、おもちゃやプロダクトを生み出す注目のデザイナー達の協力により、かっこよくて楽しい展示アイテムが並ぶ。
スペースシャトル
「コロンビア号」の事故について


7人の宇宙飛行士は、みな仲間です。その仲間を失いとても残念です。特に残されたご家族に哀悼の意を捧げたいと思います。大気圏突入のときには非常に危険を伴いますが、コマンダー、パイロットの冷静な判断と対処でも制御しきれなかった予想外の結果だと思います。犠牲になった7人の仲間たちにむくいるためにも、今回の原因を究明し、さらにくじけずに宇宙に挑戦していくことの重要性を訴えていくお手伝いをしたいと思います。
毛利 衛
Present
日本科学未来館より、同館の展示物を生んだ科学者達の研究の最前線がわかる「サイエンスガイド」を毛利 衛さんサイン入りでプレゼント。お申し込みはこちらからどうぞ!

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