スローウォーターカフェ有限会社代表・藤岡亜美さん-「自分はこのスタイルが気持ちいいから、それを支持するから投資する、といったスタイルは「あり」だと思った」

体験とライフスタイルからずれることなく、その延長線上で起業した若い女性がいる。フェアトレードを通じてエクアドルの自然を守る活動を支援すると同時に、日本にもスローな時間を楽しむエクアドルの村の生活を紹介しよう、という事業プランを実行する藤岡亜美さん(23歳)だ。近年、藤岡さんのように社会的に有益な事業を掲げて起業するケースが増えている。では、藤岡さんは何に心をゆさぶられ、いかにして起業に至ったのか。モチベーションを支えるものは何なのか。若き起業家は自然体のまま、インタビューに応えてくれた。そこからは南米エクアドルから始まる、新しいスタイルを選んだ彼女の軌跡が明確に見えてくる。



エクアドルの村が
「質問を持つ」人生への転機に


藤岡亜美さん

1979年、東京都生まれ。スローウォーターカフェ有限会社代表。明治学院大学国際学部国際学科卒。在学中、大量消費型のライフスタイルの転換を呼びかけるNPO法人「ナマケモノ倶楽部」のメンバーとして活動。その頃からカフェの開業や運営にも携わる。ツアーコンダクターを志望していた在学中にゼミのフィールドワークで南米エクアドルに出向き、日系企業の鉱山開発計画に反対して、伝統農業やエコツアーなどによって自立的で持続可能な生活スタイルを実践するフニン村の人たちに感銘を受ける。この活動をビジネスによって多くの人たちに広めたいと考え、起業を決意。2002年春の卒業を機に、NPO法人ETIC.が開催したソーシャルアントレプレナーのためのビジネスプラン・コンペティション「STYLE2002」に応募、優秀賞と感動賞を受賞。2002年11月、大学の後輩3名とともに、カフェの経営とエクアドル産の有機無農薬コーヒーや雑貨の販売を営む会社を都内に設立。スローでエコロジカルな暮らしの気持ちよさと、その必要性を伝えるための方法として本年、都内にカフェを出店予定。

____藤岡さんが起業へと向かうきっかけとなったのは何ですか?

もともとツアーコンダクターになりたかったので、大学時代にエコツアーの勉強のためにエクアドルへ行ったんです。でも、行ってみると、現地の人が案内する森のほうがずっと魅力的で、自分が身を置く場所はたとえば人を見送ることだったり、空港まで連れて行ったりすることだった。また、わざわざ遠くまで行って、自分が住んでいない土地を紹介することに関連性を見いだせなかった。そう考えた時に、しばらく住んでみたい、と思わせる魅力的な村があったので、滞在することにしたんです。そこからエクアドルの環境問題やコーヒーにつながっていくんです。ある時、家の中でローソクを立てて、村人から話を聞きました。電気がないのでローソクを灯しているわけですが、そこで聞いたのは、村人が日系企業の鉱山開発計画に反対して、伝統農業やエコツアーなどによって自立的で持続可能な生活スタイルを実践することを選んだという話でした。村人たちはお金と自分たちの暮らしをてんびんにかけなくてはいけなかったわけです。そして日本での自分の生活の裏側で遠く離れた国のこの村が大きな選択を強いられていたことを知りました。これまで開発する人や環境を破壊している人は他にいると分けて考えていましたが、日本は開発を行う当事者だった。それがショックであった以上に「どうしてこの村の人たちは、開発にNOと言えたのだろう?」「どうして経済的な発展を望まず、ローソクの火を灯しながら自分たちの生活を継続することを選び取ったのだろう?」という疑問のほうが大きかった。そして腑に落ちないことがいっぱい生まれた。今まで自分はちゃんと生きてきたと思っていたことも、いきなり腑に落ちなくなってきた。村人たちが開発拒否を選んだことも腑に落ちない。つまり「質問を持つ人」になったんです。これまでは普通に高校に通い、大学にも普通に入ることができた、「質問のない人生」だったと思うのです。

____もともと環境問題に対する高い意識が?

それほど深く意識はしていませんでした。環境問題とはイコール公害の問題と考えていたんです。現実を目の当たりにしてショックを受けるより先に学校の教科書に公害問題が載っていた。そこには被害を受けた個人の顔は見えず、しかもその問題はグラフで書いてあることだった。社会に公害問題がいっぱいあることはわかっていましたが、自分との接点や、どのように解決できるのか、という糸口はなかった。一方で、環境問題というより、自分が楽しむためにダイビングをやっていたんです。ハワイやグアムなどリゾート地へはお金がなくて行けないということもあったけど、私は漁村を見るのが好きだったんです。個人的な動機として、文化と環境のつながりが見えるところにいることが好きだったんです。漁村では、前の日に海の中で見た魚が翌朝、味噌汁の中に入っている。東京出身ということもあり、そういった体験に飢えていたのでしょう。今まで環境問題は大き過ぎて自分の力では解決できないという思いがあり、遠ざけていましたが、ダイビングといった個人的なところから環境問題や自然破壊の問題が徐々につながっていったようです。

____エクアドルでの運命的な出会いがあり、帰国後、ビジネスプラン・コンペティション「STYLE2002」に応募されたわけですね?

帰国してから、漠然とですが、エクアドルからコーヒーや麻製品を輸入する仕事をしたいと思うようになりました。また、実際、NGO活動と並行して、イベントで麻製品のショップを出店したり、コーヒーを扱ってくれる店に営業に出向いたりするなど活動を続けていて、そのまま大学卒業を迎えてしまったんです。そういった時に母がくれた「日経新聞」の切り抜きにETIC.のビジネスプラン・コンペティションのことが書いてあったのです。実は応募はしばらく放っておいたんです。ビジネスプランを形にするためには、他人に説明する際に言葉にしたり、数字を詰めたりしなくていけませんが、先に何をしなければならないのか、わからなかったんです。やり始めようとした時に応募の切抜きが目にとまり、そこには事業計画を書くことが初めての人でも書くことから教えてくれるし、メンターがついて一緒にプレゼンテーションも育てていけると書いてあり、「思いがあり、何をやりたいのかが明確で、ターゲットさえ決まっていればビジネスプランの応募は大丈夫です」という情報が綴ってあった。これをクリアしなければ前に進めないと思いました。

____就職やNPO、NGO活動でなく、起業を選択した理由は?

大学卒業時にいくつかあった選択肢として、最初に「就職」が消えました。在学中に環境系の企業の仕事に携わっている人に話を聞きに行ったんです。すると皆さんから「たまたまこのポストに就いただけで、自分がやりたかった思いの先はここではなかった」といったことを聞き、失望とともに現実を知ったことと、行きたい企業に行こうとしてもいけないのではないか、という思いもあった。さらに、すでに水筒を広める活動を展開している時には水筒ホルダーを作ったり、チョコレートにコーヒー豆を入れたものを作ったりとか、実際に産地の人とやり取りをしていたので、ここでそういった活動をやめたら、約束が継続できなくなる。約束を守るために続けたいと思った。一方でNGOの活動には限界があると感じた。自分の体験でわかったんですが、環境関連のイベントでテーブルを置いて販売をしていると、そこに来る人が同じタイプの人ばかりだったのです。同じ資質を持った人が集まり、また集まる人の顔ぶれも同じ。どんなイベントに手を広げて進出していっても、ブースの前で立ち止まって話を聞いてくれる人は決まっていた。本当に聞いてほしい人、買って欲しい人、メッセージを伝えなくてはいけないと思う若者は通り過ぎて行ってしまう。これでは伝えたい人に何も伝わらない。NPOの場所から発信するのでなく、誰でも入れる、親しみやすい空間が必要だと感じたんです。また、友達もヒントになりました。NPO活動をやっている人ばかりでなく、普通に流行が好きで、また自分のバリューは何だろうと考えているような友達も多くいて、そういった友達とつきあっているうちに言葉でいくら活動のおもしろさを伝えても通じないということがわかったんです。自分の身近な友達に通じないことが、本当に社会を変えるような活動になるわけがない。そこで空間をつくることは「起業なのかな」と考え始めていたのです。


起業の目的と
「スローウォーターカフェ」の活動


スローウォーターカフェ
http://www.slowwatercafe.com/

藤岡さんは逸早くドメインを取得し、ホームページを立ち上げている。「ウェブは多くの人に伝える手段でもあるし、物を売るための方法でもある。でも、最も大きな役割は他人の意見を聞くために機能するということです。ウェブを立ち上げる時のコンセプトとして、お客さんの意見を聞くウェブにしようということがありました」。リピーターとのコミュニケーションは現在、スタッフが丁寧にメールを書いているという。

____起業はビジネスを目的とするものだったのですか?

一番の目的は、自己満足だったんです。生産者はエクアドルの森でコーヒーを作りながら、自分たちのスタイルが持続可能な方法であることを伝えていきたいとする若者たち。焼け畑や農薬を使う農業でなく、有機コーヒーの育て方にプライドを持っている生産者は友達としてつながっていて、もう一方ではコーヒーを買ってくれた人たちの「おいしい」と言ってくれる顔も見ているわけです。私は生産者と消費者の真ん中にいます。その真ん中の場所にいる満足を持続可能するにはどうすればいいのか、と考えた時に事業という発想が飛び込んできたわけです。まず自分が続けられること、つまり自己満足が先にあり、次に生産者と消費者とつながっていくためにビジネスを成り立たせることがあり、その次にさらに大きな広がりを見せる、スローな価値観とか有機コーヒーが好きな人が増えていけばいいと考えました。一方では、カフェを作るために足りない資金をどうするかと考えていた時から意識していたことに投資があります。カフェを証券化して、おもしろいものや何かを変える力のあるものに投資をしてもらう。コーヒーを飲むことも自分の選んだスタイルへの投資。オーガニックコットンのTシャツを買うことも投資。そう考えると、地球にやさしいから投資するのでなく、自分はこのスタイルが気持ちいいから、それを支持するから投資するとか、とかいったスタイルは「あり」だと思った。そういったスタイルを若者に伝えるためのフェアトレードは「あり」だと思ったんです。どんなに大変なことが起っても、自分の身近なところからスタートしていれば続けることができます。いきなり「エクアドルの森を守ろう」と言って命題を掲げたところで、そのためにやらなくてはいけない仕事に汲汲とするでしょう。でも、個人的につながった生産者の暮らしに思いをはせながらコーヒーの販売やフェアトレードを行うことは可能ですね。

____キーワードになっている「スロー」ですが、藤岡さんの定義は何ですか?

私の「スロー」の起源は、エクアドルのバスの中です。日本のバスはどこかに行くために用意された時間、移動する手段という印象ですが、エクアドルのバスにはいま生きている生活が乗っかっているような気がするんです。たくさんのジャガイモを持って乗り込む人、歌っている人、みんなその場所を生きていて楽しんでいる、生きる力にあふれている。私はまずここにいる時間を楽しめることが「スロー」だと思っています。ここにいられる自分を継続していくために事業がある。事業があるために自分がいるわけじゃない。今ここにいる自分を楽しめる時間があれば、おかしなことに疑問が持てるし、振り返ることもできる。私は「スロー」とは、今までの社会が与えてきた均質な時間から切り離された時に自分がどのようにクリエイティブになっていけるか、というチャレンジだと位置づけています。メディアの情報ばかりでなく、人間自体がおもしろいことを身体から発信できるようにならないと「スローな社会」にはならない、と。社名の「スローウォーターカフェ」も、エクアドルのフニン村に流れているフニン川に思いをはせてつけました。過去と現在、未来まで循環し、静かに流れる美しい川。事業もみんなの心の真ん中を流れる川になることを目指しています。

____最後に進行中のプロジェクトと今後の予定を?

現在、具体的に進行しているプロジェクトには、ウェブとケータリングがあり、イベント出店、会員向けの頒布会があります。あと定款にある輸入製造販売。今後はここに今年オープンする店舗が加わってきます。ケータリングは現在、イベント会場やパーティ会場に自分たちが出向いていくスタイルですが、今後は専用車での販売もプランとしてあがっています。私の場合、ラッキーだったのは、環境を意識する人たちとコーヒーを育てている人たちとそれを輸入しているおじさんとかがまわりにいて、影響を受けたことです。いくつかの出会いは偶然でなく、必然であったような気がします。結果として、こうして事業を起こしたのも必然性があった、と。さらにもっと魅力的な大人が増えればいいなと思うし、そして自分もそういう人にならなくちゃ、と思うんです。つぶさないように育てて、あたたかく見守ってくれている人たちがたくさんいるから、いつかお返ししたいと思うんです。これは私の責任だと自覚しています。



藤岡さんのナチュラルな姿勢は、自らの体験と生活の延長線上につながる「身の丈ビジネス」を実践していることを物語っている。社会的に意義のある事業を、楽しみながら展開する若き起業家は疑問とモチベーションを削ることなく、確かな一歩を踏み出した。自己満足を優先させ、手の届く範囲からアクションを起こす。そのスタイルは今日的で理解しやすく、共感を呼び起こす。未来に向かって、新しい力が社会を少しずつ変えていく姿が見通せる。新しいリーダーの活動の今後を見守っていきたい。

text by 成宮雄二




 Photo Collection__..

「ナマケモノ」は中南米の熱帯雨林に棲む哺乳類。怠惰なイメージからイコール「怠け者」とさげすまれてきたが、実は低エネルギーで非暴力、共生にすぐれた循環型のライフスタイルを持った動物である。 フニン村滞在中の藤岡さんと村人。この村で藤岡さんは、村人が鉱山開発にNOと宣言したことを聞き、自然以外に何もないが「豊かな生活」があることを知る。

南米エクアドル・コタカチ郡インタグ地方にあるフニン(JUNIN)村は、エクアドルの首都からさらに2日ほどかかる辺鄙な場所にある、38世帯ほどの小さな村。写真は藤岡さんが訪れたフニン村の人々。

エクアドル・コタカチ郡インタグ地方では「インタグ有機コーヒー」(無農薬栽培コーヒー)が生産されている。写真はその生産者とコーヒーの花。 藤岡さんが思い描く「スローなカフェ」は、このフニン川のような人々が自然に集まり、生命と森や川とのつながりを確認できる場所をイメージしている。多忙な都会人に「スロー」な時間と空間を提供したい、という藤岡さんの願いがこめられている。

Back to home.