都会から離れる、ということ。近年そんな人が増えて来ていると話には聞いても、いざ、都会の恩恵に首まで浸かっている人間がそこから遠ざかることはとても勇気のいることだ。常に感性を磨き作品に反映することを求められるイラストレーターならば、その決断にはなおさら強い意志が必要だろう。しかし、あえて都会から去った意欲的な芸術家は、今住む鹿児島に何を思い何を残そうとしているのか。L.H.S推薦ユーザーでもあるイラストレーターの大寺聡さんの南国の気ままな暮らしぶりから、人が自分らしくあるための、一つのカタチが見えてくる。


孤独な立場である、ということが逆に創作へのモチベーションを上げるんです

____都会から鹿児島へ移住するに至ったきっかけは何でしょう。

イラストレーターという職業は、役職があるわけでもないし、自分のポジションが解りづらいんです。その時の自分にあったハードルを設定し、それを乗り越える、という方法でこれまで自分を駆り立ててきました。具体的に言うと、2-3年ごとに家賃の高い場所に引っ越していったのです。国分寺から始まって最終的には渋谷に住んでいましたが、この先、家賃を上げていっても基本的な暮らしぶりは変わらないと思いました。それならいっそのこと、距離的に自分を追い込もうと決めたのです。幸い鹿児島に、昔、祖父が住んでいた場所が空いていたので移住しました。準備から家を建てるまでに10年かかりましたが。ここには小学生の頃、夏休みを過ごした思い出が詰まっています。自分のルーツを確かめる上でも「田舎に帰る」ことは以前からひとつの目標でした。都会から離れることについては、「仕事がなくなる」覚悟はしましたね。実際には、インターネットのおかげで仕事量は変わっていません。

都会から情報発信をするのは、当たり前ですよね。そういう意味では田舎の方がやり甲斐があります。歴史的に見ても多くの画家が南で「答え」を見つけていますしね。そして何よりも、孤独な立場である、ということが逆に創作へのモチベーションを上げるんです。六本木ヒルズや最新のファッションはないけれど、ここは生命力のある土地だし、太古から受け継がれている記憶や知恵が溢れている。自分にとってはそうした情報の方が新鮮だし、価値があるんです。作品のオリジナリティを確立してゆく、という課題に対しても、この暮らしから得られる答えはかなり大きいのです。

____住居は、かなりこだわりをもって建てたそうですが?

建築に限らず、自分がこれまで影響を受けてきたスタイルをミックスしてみようと思いました。ヨーロッパの植民地になったアジアの島、という感じかな…。コロニアル・スタイルと呼ばれる様ですが。誰がみても当たり障りのない家では面白くないので、打ち放しのコンクリートにペンキを塗ったり、サッシではなく木枠の窓にしたり、と。建築家は気楽に相談の出来る同い年の方にお願いして話し合いを重ね、20案ほどアイデアを出して頂きました。苦労、というと建築中に東京から1ヶ月に1度の割合で鹿児島に足を運んだ事でしょうか。

東京では33年間、借家住まいをしてきました。引っ越しをする度にいろんなモノを捨てる、蓄積されない暮らし。持ち家に対する憧れは人一倍強かったと思います。「家」は自分を演じるための舞台装置の様なものです。外観、インテリアともに自分の趣味で構成されているので、自分の頭脳の中に暮らしている、という見方も出来ますね。東京では部屋を改装するのが精一杯でしたが、こちらには庭があります。家よりも庭の手入れが大変なんです。でもよく考えてみると「家」プラス「庭」で初めて「家庭」なんですよね。現在は祖父が植えた柿や梅の木から、実を収穫して食べています。自分も子孫に対して何かを残そうと、いろいろな木を植えたり、造園をしています。そうした縦の時間軸に自分がいる、ということを実感できるのが「庭」です。

自分のテーマパークを作る、という気持ちで発展させていきたいです。


ohtematic
http://www.ohtematic.com/

____ホームページを拝見しましたが、こちらも文字通り、もうひとつの大寺さんの「家」なのですね。

そうですね、ホームページはあくまでも「大寺聡」個人が見える親しみやすいページとして続けていきたいと思っています。企業体質の様なものが見えかくれするページになってしまうと、自分にとってはマイナス要因になります。この仕事は、イラスト自体が一人歩きして作家本人が見えない、という側面があります。そうした部分を補充する意味で、作品自体の解説をしたり、BBSを通してファンの方との交流を深めています。

オリジナルドメインは2000年の8月に取得しました。個人として社会と向き合っているわけですから、社会に対してなるべく解りやすいカタチで挨拶をしなければいけないと思っていました。その為にもオリジナルドメイン取得は当然の流れでしたね。リンククラブのL.H.Sは、ドメインを取ろうと考えている人や自由にサイトを作りたい「個人」のことを考えていて、とてもいいと思います。

____コンピユーターでイラストを表現する際、気を遣うのはどのような点でしょう。

パーソナル・コンピュータ登場以前はアクリル絵の具で仕事をしていたので、絵の具を指で混ぜた感覚が未だに残っています。そういう体験をした最後の世代として、アナログのテイストを残す、ということにこだわりがあると思います。下描きはとにかく紙に鉛筆で。モニター上で考えた形は、カタいし、どこか物足りないのです。空間の組み立て方にしても、鉛筆デッサンが基本にあります。3Dの技術は極力使いません。3面図を入力して空間を表現する、というのは絵の一番面白い部分を他人任せにしていることになりますから。

画面でみることと印刷面でみることについては、そもそも違う人間が「同じ色を見ている」という保証はどこにもないわけですから、結局は、超個人的な問題に帰結すると思っています。TFTとCRT、朝と夕方、蛍光灯の下と自然光の下、それぞれ違う色を映し出しますよね。一体、本当の色とは何なのか。自分自身がその色を気持ちいいとリアルに感じれば、問題は解決しているのではないでしょうか?もともと、データは「原画」という物質ではないですよね。RGBとCMYKでニュアンスが変わることは、色の仕組みからして仕方のないことです。バランスさえしっかり保たれていれば、そんなに印象は変わらない筈です。

____鹿児島での暮らしで楽しんでいること、これからやってみたいことは何ですか?

未来社会に住んでいる感じがするんです。例えば、生産者から直接食べ物を買える、もしくはもらえる。適正人口なのでテレビやラジオのメディアに機動力がある。地域社会でお年寄りや子どもの面倒を見ている。渋滞がないので時速で目的地までの時間を割り出せる。僕は飲まないけど、焼酎が安い。障害物がないのでBSデジタルが良く映る…。キリがありません。

先日、町内の廃校を利用したギャラリーで個展をしたんです。文部科学省が全国廃校リニューアル50選に選定した、とても落ち着く場所なんですが、一家に一台備え付けてある「防災無線」で案内が流れたんですよ。「大寺さんが個展をしているので、皆さん来て下さい」と。結構笑えるでしょう? こんな風に、小さなコミュニティの中で絵を描いていると、本来絵の持っている「力」というものを実感できます。

これからやってみたいこと…自給自足のノウハウを持っていらっしゃる方が多いので、これから時間をかけてそのような暮らしを学びたいと思っています。スローライフなどと最近では呼ばれていますが、近所の方を見ていると、本当に皆さん、働き者です。

イラストレーターとしては、昔から南国やSFに対する思い入れが強かったので、これからはその世界観を煮詰めていきたいです。南西諸島にまで目を向ければ、鹿児島には描き切れないほど舞台があるんです、しかもSFが似合う。頭の中では既に多肉植物、怪獣、都市、温泉などがひしめきあっています。非現実的で、どこか懐かしい風景を描いていく予定です。


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彼の描くイラストは、近未来をテーマにしコンピュータを通じて描かれているにも関わらず、どこか暖かく懐かしい空気に満ちている。私たちがまだ子供だった頃に持っていた、「未来」や「未知」への純粋な好奇心と夢、それを持ち続け、「住む」ことをしっかりと自分の生き方にし、日常の暮らしにいつも新鮮な発見を見いだそうとする姿勢が、彼の描く世界を通じ、見る者に「自分らしい生き方」を語りかけてくる。



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