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循環型の環境をつくる

今知っている固定的な考えではなくて、
ひょっとして別のやり方もあるのではないかという
柔軟な考えが常に必要になるのです。


赤沼國勝さん 建築家 1944年1月31日生まれ。
早稲田大学建築学科卒業、東京大学建築学マスター修了。
RIA 建築総合研究所勤務の後、赤沼設計工房を創立。のちSEA arch設立。建築活動のかたわら「森の学校」など、ひろく一般の人たちに向けて、環境やまちつくり、家つくりについて学ぶワークショップを主宰している。



「エコロジー」という言葉がきかれるようになってかなりたつが、我が国ではまだまだ循環型の住宅が少ないのが現状だ。赤沼氏は「本当に安心で住み心地の良い住宅とは、すてきなデザインや十全の機能、装備を持っているだけでなく、建物が人によって変化し、同時に人も建物によって支援され成長できるもの」と語り、サスティナブルデザイン(持続性ある循環型デザイン)という視点に立ち、単に太陽熱や雨水利用、屋根緑化、自然素材の使用といったハード面における自然環境との循環だけでなく、家族の住まい方などソフト面までに踏み込んだ循環型住宅を提供している。さらに近い将来のために一定地域に循環型社会環境をつくり出すことも目指しているという。

人と自然の循環型住宅

____太陽熱や雨水利用など、環境に配慮した循環型の住宅を設計される一方で、施主とワークショップで家づくりをされていますが、それは何故ですか。

循環には、自然環境の循環と人の気持ち(社会)の循環があると思います。家庭はその最初にあるものです。おそらく家づくりは一番大切なきっかけになると思います。

昔から、僕らは「家は買物じゃありません」という言い方をしてきて、最近では「家づくりは思い出づくり」というコンセプトをはっきり打ち出しています。機能的かつデザイン的にきちっとしたハードをつくるのは、プロとして当たり前。その上で、家族のつながりづくりというソフトを提案しているのです。 

たとえば家を建てるときにみんなで一緒に産地に行って材料の木を見てくる。「あそこの斜面に生えていたあの木だ」ということになれば、その時点でただの材木ではなく、命ある木でつくることを具体的に知ります。素材を知ることは家に愛情を持つきっかけです。これが家を大切にすることにつながっていく。みんなで見に行くという行為が大切で、ここから、既に思い出作りは始まっています。家づくりは単なる物づくりじゃない。家族のみんなが一つの目標に向かって力を合わせる大きなチャンスです。それをやらないのは、なにか大きな忘れ物をしているとは思いませんか?

ひと昔前、家というのは「ひとつ屋根の下」であるとか、家族のあり方を象徴していました。今はそれが薄れていますが、家づくりを通じて家族が互いをよりよく知っていくということができる。今まで手がけた住宅の家族は、みんなすてきな笑顔の持ち主です。

安心な家を手に入れる実践編

家を計画する
別名「デザインゲーム」といわれるワークショップで、理想を現実化していく。赤沼氏が進行役(ファシリテーター)になり、子供にはスタッフの付き添いがつくことで、皆の意見が引き出される。

1.敷地を知る
家作りはまず、土地を知ることから始まる。風向き、音、臭い、振動、地形、歴史、眺望、近所の様子など詳しく調べる。人によって見方や考え方は違うから、ワークショップで皆の意見を聞く。

2.目標カード選び

「目標カード」とは、こんな家に住みたいという願望を記したカード。「のびのびできる家」「落ち着いた雰囲気」「次世代に引き継げる」「防犯性に優れる」など、住人となるメンバーが、それぞれ希望するイメージのカードを選んだら、皆で話し合って絞りこんでいく。

3.機能カード選び

目標カードで選んだような家にするためは、どんなことが必要かもっと細かく考える作業。同じ目標カードを選んでもイメージは皆違うので、「贅沢な風呂」「じめじめした立地を考慮した、腐らない家」「縁側でお茶をすすって話をする」など、より具体化していくことが必要。

4.平面・高さ選び

平面カード、高さカードを使って、家の上から見た形、横から見た形を考える。

5.部屋と部屋のつながりを考える

メンバー全員が、それぞれ自分の考えた間取りを書いていく。音や臭い、気配を想像することがポイント。

6.仮プランのチェック

設計事務所が皆の考えを設計図と模型にまとめたものをチェックする。

7.模型旗立ゲーム

模型を見て、気に入ったところに白旗、気になるところに赤旗を立てる。窓をつけたり、バルコニーの広さを変えたりと微調整していく。

8.実施設計過程
ワークショップで話し合った問題を解決したプランを作成。

小さな声を活かす
ワークショップ(デザインゲーム)

____家づくりの時には、施主さんの家族全員、子供からお年寄り、ペットの希望も生かされるよう、ワークショップをされているそうですが。

普通、家の計画を立てる時には、だいたい僕ら設計者とお父さん、お母さんがいて、一応他の家族の意見も聞くのでしょうが、最終的には声の大きい人、権力のある人の価値観で計画案が決まります。そこで、多数決とか誰か一人だけの意見だけではなく、みんなが納得して一つの決定をするための手法としてワークショップ(デザインゲーム)を取り入れました。普段は静かな人や少数意見の中に貴重なものがある。そのことに気付く人が少ないから、意見として表に出てこないのではないかということに注目して、それを大事にしようという考え方があるのです。実際にやっていくと、今まで多数の方だった人の考えが、<あっそうか、それいいんじゃないかな>って自然に変わっていく。するとどんどん計画案が良くなっていくのです。

最近では病院や幼稚園、老人ホームなどの建設でも、ワークショップを始めています。とりわけホスピス建設計画などでは、入院患者さんたちは余命があまりない。いちばん大事な最後の時間を、どういう空間で豊かに過ごすのか、これは見逃せないとても大事なことです。「暖房は電気やガスではなく、ヌクヌクした日だまりとか、ぬくもりある太陽熱を使って欲しい」「自分達が知っている木を使って」「肌合いがやさしい土の壁は落ちつけます」など、人としての本当の要望がでてきます。この生の声を空間の中に取り入れることは大切なことです。この意見を引き出す方法がワークショップです。一人一人が安心して過ごせる空間を実現することは住宅づくりそのものに通じています。

住宅関連の死に体ことばたち

____住宅による健康被害など、さまざまな問題が起こっていますが、それについて、どう思われますか。

室内空気環境については、2種類の化学物質について規制がやっとできたところです。化学物質の規制ができるということは、世の中がそれに対応できるようになってきたということ。たとえばホルムアルデヒドは、今まで全然対応できなかったから住宅メーカーなどではほぼ禁句だったのです。僕らはずっと前から気づいて勉強会や講演会などで訴えてきたし、問題になるものは実際使わなかった。ドイツのクロスなどは対応できていたのに、日本のメーカーは社会的な問題になるまで本気では対応していなかった。住宅産業は使う人のことより利益優先でディシジョンされてきた、または問題が隠蔽されてきた。熱帯雨林を切り尽くし、今や北米の森林までもがクリアカットされている、その見返りに今の日本の森林が崩壊している。構図は全く同じです。

今、住まいづくりでは、死に体みたいになっている言葉がいっぱいあります。陽道、かぜ道、風通し、日だまり、軒やひさし等々昔からの住まい方の知恵で日本独特の言葉が生まれました。それは今だからこそ必要な言葉、一般の人たちに知ってもらいたい言葉なのです。

____家は、住む人のアイデンティティーを育むもの。それにもかかわらず、相変わらず住宅事情は改善していませんね。

住宅を本気で考えている建築家が少ないし、従ってデザイン本意のうすっぺらなものだったり、住宅設計は将来の大きな設計のための腰掛けと考えて、ビルのように不特定の人が使う建物と、使う人の性格や顔がわかっている建物との間に手法的に大した違いがなく工夫もない。こんなことをいったらいい過ぎかもしれませんが、質問の答えはここにあるのかもしれません。

例えば僕らは住宅を都市型と郊外型に分けて考えます。東京の市街地のような、周りを家で囲まれた敷地では、プライバシーの保護や音対策、光の導入や風通しを工夫して、ここで<家>と<庭>の揃った「家庭」を全うする為に技術的な解決法をキチッと考えていかなくてはいけない。たとえばコートハウス(多様なスタイルの中庭をもつ家。各々の部屋がプライバシーを守りながら光と風を入れられるよう、工夫されている)の概念を取り入れるなどの対応です。何も工夫がないとモデルハウスのようなゴロンとした家が建ってしまう。もちろん価値観はいろいろですが、本当に住まいとしてそれでいいのか。問題はそこで育つ子供たちです。光や風、土や植物など自然を排除したなかで子供の情操はどれだけ豊かになれるのでしょう。

また、これからの時代、住宅の概念が変わってくると予測しています。北欧では既に90パーセントを超えていますが、日本でも共働きの夫婦が増えて、高齢化、少子化も進みます。労働の意識も変わります。コレクティブハウス(共同空間を設け、住人が家事の分担をする集合住宅。ヨーロッパでは一般的な住まい方)、コーポラティブハウジングなどの新しい概念の住宅が少しずつですが浸透しつつあります。

生活が変われば家も変わる。つまりソフトは何LDKという記号だけではハードにおとしきれません。その家族に最適なソフトの発見とそれに見合ったハードづくりの工夫、アイディアが考えだされなければいけない。今知っている固定的な考えではなくて、ひょっとして別のやり方もあるのではないかという柔軟な考えが常に必要になるのです。設計したなかにも、キッチンが2つ、3つある家がありますが、それは「ちゃんとしたディナーは週末だけ。普段はお湯を沸してパンが焼ければいい」、「家庭菜園の野菜を外で煮炊きしたい」など、その家ごとの求めるかたちを反映した結果なのです。

原動力は「楽しいから」

____デザインや設計以外に、随分手間暇をかけていらっしゃる印象ですが、その原動力はどこにあるのですか。

余計な仕事だと思います。誰もがやる仕事ではないし。でも誰もやらないから気づけない、本当は家づくりってこんなに楽しくて奥深いんだって気づいてもらいたい。僕らもそれを面白いと思ってやっているのです。もちろんデザインや設計はこれ以上のものはないという内容にしたうえで、これをただの仕事として捉えるのではなくて、家づくりの面白さを知ってもらいたい。そして自分たちだけの大切な思い出づくりをしてもらいたい.そんな思いでやっています。これは、貴方は何で生きてるの? 何で仕事しているの? という人生の根っこのことだと考えます。だからあそこに行けばあの人がいてあの笑顔に会えるということが、やっていてすごく楽しい。面倒臭かったら、やっていませんね(笑)。


家作りの作業をする
「家づくりに素人が手を出してもらっちゃ困るなんてことはない」と赤沼氏。家族皆で作業をすることで、家づくりが思い出づくりになり、ひいては家を大切にする気持ちにつながる。

壁塗りワークショップ
一般家庭では手の出ない高価な材料でも、産地直送で取りよせて藁をブレンドすれば大丈夫。家族に次に設計するお客さんや学生が入り混じって壁塗りをした後は、家族の手形・足形をつけて完成。思い出が刻印された壁を見て「素人が塗ったガタガタの壁も味わい深くていいね」と施主。


屋根緑化のためのイチゴ植ワークショップ
農業の専門家にブレンドしてもらった土壌に、4種類のイチゴを植えた。壁塗り同様、参加者は皆素人。土中にセンサーを入れて、土の温度や水分量を計測できるようにしてある。(※この企画は女子美術大学の研究助成を受けて実施)

オンラインを使って

____ホームページで「住宅設計オンライン」というのをされていますが。

簡単に説明すると、インターネットやEメールを使ってお互いにやりとりしながら実際に住宅設計をしていこうということなのです。

はじめに具体的な敷地や場所、要望、もしくは土地の購入条件などをお知らせいただき、不足している条件をこちらから質問します。その後、たたき台の案を作り、修正案を作成。このやりとりを繰り返して構想案をまとめ、様々な調査を実際に行っていきます。ここでお互いに、信頼できると判断し、了解が得られれば設計契約を結んで、基本設計の段階に入っていきます。おもなやりとりはインターネットやメールを使って行います。

____始められたきっかけを教えてください。

阪神大震災のボランティアです。あの時、被害にあった住宅を建て直すか修復するかで悩んでいる人が沢山いたのです。それを狙った悪い業者がやってきて地元の人はかなりとまどっていました。そこで、神戸大学を中心とした関西建築家ボランティアに所属して、3人1組のチームを作り、被害にあった家を訪問。天井裏から床下まで調べ上げ、パソコンなどで計算のうえ、「残念なことですが壊した方が...」とか「ここをこのように補修すれば良い」といった判断をしました。さらに必要なら、信頼のおける業者を紹介するということもしました。その時、住宅の設計時の問題点をいろいろ発見したんです。何とかこれらのことを一般に普及して、少しでも被害を減らすことができないかという考えでインターネットの構成を全面的に改良しました。遠くの方にも私たちの技術が提供できる方法の一つとして考案したものです。

今はオンラインでワークショップをやるしくみを考えているところです。ホームページでお客さんをとろうと意識するよりも、家づくりの本当のことを知ってもらいたいという気持ちです。

循環型の街作り

____これからのテーマを教えていただけますか。

僕が以前勤めていたRIA建築総合研究所(天王洲アイルなどを設計)を退職して独立しようとした時の最後の仕事が、町田駅周辺の再開発で、東急デパートや丸井、それらをつなぐペデストリアンデッキ(2階レベルの遊歩道)でした。今、あそこへ行くと若者しかいない。当時のまちは、商業があればまちと思われていた。商業は若い人を相手にしていれば成り立つと考えられていたから、要するに商業至上主義だったのですね。今ではダウンサイジング、少子高齢化に加え、国際的にもあらたな日本の産業構造が問われています。まちに元気を取り戻す方法として、町田方式ではもう不足なのです。

一方で地元民が頑張っているまちは活気がどんどんでてきて元気いっぱいです。例えば、姫路市などでは、かなりの数の商店街が息を吹き返しています。昔は拒絶していたよそ者を受け入れたり、地域通貨を導入したり、草の根の発想で地元が主体的に発想して自治体がバックアップしています。

この町田市の隣の相模原市では自然も沢山残っていて、農業も活発です、市街地も東京圏域の立地を生かして成り立っています。ここに新しい循環型のまちづくりができないか? この資源を活かして、今までにない循環型の発想にたって勤めのある人やお年寄り、農業従事者が作物を作り、地元で新鮮なまま消費していけば、仕事と趣味がつながり、住まいのあり方も変わってくるでしょう。ドイツでは、ものの20分ぐらいのところに畑付きの小屋を持っているのが普通の生活です。すでに都市計画法などが変わって、農、食、住などを組み込んだ新たなスタイルのまちづくりも可能になってきました。そんなまちづくり、家づくりが日本で最初にできないか。まだまだ研究中ですが、こんな農、食、住の新たな関係ともっと互いの顔が見えるまちづくり、家づくりの現実化がこれからのテーマです。

____ありがとうございました。

ハイテク、ローテクを駆使して柔軟に環境問題に取組む赤沼氏。建築家の立場から環境問題に取組んでこられた年月に重みがあるのはいうまでもないが、さらに、その視野の広さとやさしい視点が印象的だった。

Text 菅 眞理子


SEA arch
http://www.sea-arch.net


Green Architecture http://www.ne.jp/asahi/green/architecture/
地球環境のことを、建築の立場から考え、いろいろな人が知恵や技術を出し合って、より豊かな生活空間を作っていくことを目標とした運動








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