俳優、ミュージシャン、エッセイスト、そして『プロジェクトX』のナレーター。さまざまな顔を持ち、前進し続ける田口トモロヲさん。この冬、そんなマルチプレイヤーのトモロヲさんに、「映画監督」という新たな肩書が加わった。その記念すべき初監督作品は『アイデン&ティティ』。文字通り自己のアイデンティティを模索する若者たちを愛情たっぷりに描いた好編となった。主人公の「自分探し」の物語は、トモロヲさん自身がアイデンティティを確立するためでもあったと話す。その真摯で、誠実な語りに耳を傾けてみたい。


ロックの現場にいた者しかわからないリアリティを出したかった

田口トモロヲさん
(たぐち・ともろを)

1957年東京都生まれ。20代の初めから漫画家、イラストレーターなどの仕事を経て、演劇活動を開始。同時にパンクバンド“ばちかぶり”のボーカリストとして活躍。89年、塚本晋也監督の『鉄男』に主演し、一躍注目を浴びる。以降、俳優を生業に数々の映画に出演。主な作品に『鉄男U BODY HAMMER』(塚本晋也監督・92年)、『君といつまでも』(廣木隆一監督・95年)、『KAMIKAZE TAXI』(原田真人監督・95年)、『弾丸ランナー』(SABU監督・96年)、『御法度』(大島渚監督・99年)など多数。公開予定の出演作に『ヴァイブレータ』(廣木隆一監督・11月公開予定)、『MASK DE 41』(村本天志監督・04年公開予定)などがある。特に後者は本格的な肉体改造で筋肉隆々のプロレスラーに扮しており、役者魂あふれる個性派として、独自の地位を築いている。俳優業以外にも、『アイデン&ティティ』の原作者・みうらじゅんさんと結成したユニット“ブロンソンズ”でアルバム『スーパーマグナム』をリリースするなど、マルチプレイヤーぶりを発揮。また、NHK総合テレビで放映中の『プロジェクトX』のナレーターでも名高い。今回の『アイデン&ティティ』が劇場公開用映画としては、初の監督作品となる。

ある時代のある年、日本で突如起こったバンドブーム。テレビのオーディション番組がきっかけとなり、雨後の筍のようにアマチュアバンドがメジャーデビューする。だが景気の低迷と共に、ブームは終息していく。そんな中で、あくまで真のロックを追求しようとする若者がいた。これが12月中旬に公開予定の映画『アイデン&ティティ』の主人公である。

この映画を監督したのが俳優の田口トモロヲさん。彼は10年来の盟友である、みうらじゅんさんの同名漫画を読み、感動したのが映画化のきっかけであったと話す。「みうらさんと僕は“ブロンソンズ”というチームというか多目的ユニットを組んでいるんです。飲み屋での活動が中心なんですが(笑)。ちょっと大袈裟に言うと、人生全般について男同士で話すんですね。そのときに『アイデン&ティティ』の話が出て、ぜひ映画にしたいって言ったんです。まあ飲み屋での口約束です。ですけど飲み屋でした約束ほど、男は守らなければならないという決まりがありまして(笑)。もちろん僕が読んで感動したというのが発端だったんですけれども、何とか『アイデン&ティティ』を自分のできることで形にできないかと思って、映画化を希望したんです」

俳優、ナレーターとして名高いトモロヲさんだが、80年代のパンク・ニューウェイブ全盛時代に活躍したパンクバンド“ばちかぶり”のリーダーでもあった。そんなトモロヲさんがみうらじゅんさんの原作に共鳴したのは、ロックの現場にいる者にしかわからないリアリティがあったからだ。

「みうらさんもご自分でテレビの『イカ天(いかす!バンド天国)』に出てバンド活動をやっていたし、その周辺のエピソードを漫画にしたというだけあって、実際にその現場に関わっていた人間でないとわからない空気感がリアルに出ていて、恥ずかしいことやダサイことがきちんと描かれていたことにすごく共感しました」

部外者からすると、ロックバンドをやっている若者は「カッコよく」見えるものである。しかし、経験者であるみうらじゅんさん、そしてトモロヲさんの目から見たロックはカッコいいものだけではなかった。

「原作の中で、主人公が『僕が住んでいる高円寺のアパートには鍵がない』とか、『メジャーデビューしても僕らの生活は変わらなかった』と語る場面があるんです。これらのセリフは、ほんとにそのロックシーンに足を踏み入れた人間でないとわからなかったりするニュアンスですよね。カッコよさだけが描かれているのではなく、自分の恥ずかしいこと、日本でロックをやることの難しさがきちんと描かれていたんです」

原作にあるリアリティを映画の中でも損なわないために、トモロヲさんは、ロック ミュージシャンの峯田和伸さんを中島役に抜擢した。しかし、峯田さんは演技経験がなかった。そのことに不安はなかったのだろうか。

「やっぱりリアルな部分というのはきちんと描いていかないと、説得力が生まれないと思うんです。だから中島という主人公の、Myロックを求めて悩む人間をわしづかみにできるのはロックの現場に直接関わってて、かつ原作の中島のイメージに近くて、さらに中島の心情が理解できる、という人でないと演じられないと思ったんです。うまい下手じゃなくて」

ブロンソンズ

先頃亡くなったアメリカの俳優、チャールズ・ブロンソンズを勝手に師匠と仰ぎ、みうらじゅんさんと田口トモロヲさんが結成したユニット。「女房を愛しつくせ!」「外見を越える男気を持て!」「仕事は選ぶな!」などの男気のあるモットーを掲げて活動している。10月に復刻された、CD『スーパーマグナム+2』(LD&K・2,400円・税抜)で、その片鱗をうかがうことができる。

トモロヲさんの狙い通り、峯田和伸さんの演技はロックミュージシャンならではの ニュアンスがにじみ出て、結果的に好演と呼ぶのにふさわしいものとなった。峯田さんだけではない。劇中に登場するバンド仲間役の中村獅童さん、大森南朋さん、マギーさん、そして脚本の宮藤官九郎さんもバンド経験者である。経験者でなければ出せない空気感がリアリティを呼び込んだのだろう。

「バンドをやってる人たちが見て『んなわけねえよ』って言われるような映画にだけはしたくなかったんです」

マルチプレイヤーとして定評のあるトモロヲさんだが、映画の監督は今回が初、ということになる。97年に『恋、した』というテレビ東京の深夜ドラマを監督した経験があるとはいえ、俳優と監督の仕事の間には、かなりの違いがあったと話す。

「俳優は『よーい、スタート』の合図で演技して、そのあと監督が演技のよしあしをジャッジしてくれるわけですけど、今回は監督である自分があらゆるジャッジをする側なんですね。やらなければいけないこと、決めなければいけないことの多さに、ほんとにびっくりしました。肉体的にはかなり辛かったです。映画の撮影現場は体力勝負的なところがありますし」


どんなにカッコ悪くてもいいから
自分探しをすることが必要

劇中、主人公の中島は「アイデンティティのない国で、アイデンティティのない教育を受けた僕たちは、どうやってアイデンティティを持てばいいのだろう」と独白する。真のロックを追求しながらも、なかなか見つけることができない主人公の叫び。やはり、トモロヲさん自身も日本という国でアイデンティティを確立する難しさを感じているのだろうか。

「俳優としてよくヨーロッパの映画祭に呼ばれたりしてたんですけども、向こうの人たちは自分の存在理由というか、アイデンティティみたいなものをものすごく明確に口に出しますよね。それがかなり衝撃的で。日本ではそういうことに関して、希薄な感じはします。口にするのが恥ずかしい国民性というか、酒を飲まないと話せないみたいな。みんな無自覚にはアイデンティティがあったりするんでしょうけれども、それをきちんと言葉にしたり、表現することが上手にできない状態だと思うんです。

この映画の中島の場合はロックアイデンティティだったりするんですけど、要するに最後まで自分が何者なんだろう、と模索すること。とにかく必死に、カッコ悪くてもいいから探すっていうことが大事というか。あと自分が何をやりたいか。そして自分ができることと、やらなきゃならないことを見極めることも必要でしょう」

自分自身とは何かを、ロックを通して模索し続ける『アイデン&ティティ』の主人公・中島。その姿は、俳優やミュージシャン、ナレーターなど、さまざまな肩書を持つトモロヲさん自身にも重なる。つまり、さまざまな表現活動をしていくことで、自分探しをしているように見受けられるのだ。

「いつでも『今』やってることは、やらなきゃならないことだと思ってやってるんですけども、自分の居場所と違うような気持ちがどこかにあるんです。なんか…もっとやらなきゃならないことがあるかもしれない。あるいは、受けた仕事でもやりたくなかったりすることも(笑)正直言ってあったりするんですけれども、人に求められて、ああ、これはやるべきことなのかな、という自分がいるのも事実です。



特に『プロジェクトX』のナレーターを始めてから、あそこで描かれてる無名の方々を知るたびに、やりたいことと、やらなきゃならないことの違いを考えて、いつも心を打たれるんですよね。あそこに出ている方たちは自分のためだけではなくて、見返りなど期待せず、その時やるべきことに身を捧げているような人が多いんです。僕はナレーターとして読んでいるだけなんですけども、いろいろ考えさせられます」

自身もアイデンティティを模索し続けているトモロヲさんにとって、『アイデン&ティティ』を監督したことは、満足のいくものだったのだろうか。それは観客にまずは見てもらってからだと言う。

「映画好きな方たちは当然のようにこの映画を見てくださると思うんですけど、それ以外に、音楽は聞くけど、映画はあんまり見ない人たちとかに見てもらいたいですね。その人たちに見てもらって納得してくだされば、僕のアイデンティティは一応、満足できるかな、という感じではあるんですけども」

みうらじゅんさんからは、映画の出来を褒められたと嬉しそうに語るトモロヲさん。最後に、観客に向けて、特にどのシーンを見て欲しいかを訊ねてみた。

「そうですねえ…。監督をやって思ったんですけど、ほんと、どのシーンにも愛着があるんですよ。どうかしてる、って自分で思うんですけど、いとおしいんです。

撮影が終わると、この映画に出てくれた俳優さんたちは次の仕事に行くじゃないですか。この映画のキャンペーンで久しぶりに会ったりすると、彼らはもう別の仕事で違う役を演じたりしてるから、ちょっと遠くに行ってしまった感じがして悲しいんですよ。ああ、もう『アイデン&ティティ』の人じゃないんだって。まあ当然なんですけども。監督っていつもこんな気持ちで作品に接してるんだなあっていうのが、身をもってわかりました」

『アイデン&ティティ』の劇中、ロックの神様(ボブ・ディランがモデル)が登場し、「やらなきゃならないことをやるだけさ。だからうまくいくんだよ」というメッセージを主人公に伝えるシーンがある。同時に観客である我々も、そのメッセージを受け取る。アイデンティティを確立するために我々は何をしたらよいか。そのことを考えるきっかけになる映画、それが『アイデン&ティティ』である。公開時には、多くの人がこの映画から何かを感じ取り、自分のアイデンティティを見直すきっかけになれば、と思う。

Text by:南千住太郎


映画紹介


『アイデン&ティティ』公式サイト http://www.IDEN-TITY.com/
IDEN & TITY
アイデン&ティティ
バンドブームに浮かれるバブル期の日本で、メジャーデビューした中島(峯田和伸)率いるロックバンド「SPEED WAY」。ブームが去ったあとも、あえてロックにこだわり活動を続けようとする若者を描く青春映画。みうらじゅんさんの同名漫画を、盟友の田口トモロヲさんが監督。出演は「SPEED WAY」のメンバーとして中村獅童、大森南朋、マギー。中島の恋人役に麻生久美子。他にコタニキンヤ、岸部四郎、大杉漣など適材適所のキャスティング。脚本に『GO』『ピンポン』『木更津キャッツアイ』などの宮藤官九郎。エンディングテーマはボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」。劇中でもディランの歌詞が紹介され、主人公の中島に貴重なメッセージを与えてくれる。「僕はみうらさんの原作を通じて、ディランを教わりました。まるでディランはこの原作のためにこれらの歌詞を書いたかと思えるほどです。この映画に出てくるディランの歌詞は、すべて彼が30代の前半ぐらいまでに作っているわけですから、すごい! って感じです」とはトモロヲさんのディラン評。『アイデン&ティティ』は2003年12月中旬より、シネセゾン渋谷、吉祥寺バウスシアター、横浜シネマソサエティ他、全国ロードショー予定。


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