関係性の未来ー「自分の最高」を他人に届けてあげたら、「他の人の最高」も受信しよう。ー「おれ最高!くらぶ」主宰 中山マサオさん
三軒茶屋「すずらん通り」でビデオ撮影に挑む中山さん。三軒茶屋は中山さんのホームグランドのような街だ。
ブロードバンドを活用した、個人によるインターネット放送局の実現をサポートする中山マサオさん。彼のメッセージは、いたってシンプルだ。「人間らしい出会い、かかわりあい、つながりが人を幸せにする」。それを具現化する個人の活動が「おれ最高くらぶ」である。リアルなイベントとネットの両方を駆使して、個人の情報発信を後押しし、人と人とを結びつけようとする中山さんの「おれ最高」にこめられたメッセージを探ってみた。

◆中山マサオさん
NAKAYAMA MASAO
1977年、北海道生まれ。広告会社、映像プロダクションを経て独立。2001年3月、「おれ最高くらぶ」を立ち上げる。2003年よりインターネット放送局「世田谷テレビ」の企画・制作及び区の職員への映像制作指導、その他自治体での映像制作講座講師を務める。プロではないが評価されるべき自己表現、地道だが価値のある地域活動などの情報発信を応援するため、イベント「おれ最高!銭湯」、ワークショップ「地域ジャーナリスト養成講座」を企画・運営。個人放送局の作り方を指南する「すとろう」では、情報発信術を公開中。

「おれ最高くらぶ」というネーミングの反応はいかがですか?

「おれ最高くらぶ」と名乗った際の相手の反応は3つあり、それを見て僕はつきあいを決めています(笑)。名刺を渡した時に「おもしろいね」と笑う。これが普通です。ベストなのは「俺も最高ですよ。このクラブに入れてください」という反応。彼とは仲良くなれる。次に「ビジネスモデルを教えてください」という反応もある。主に学生が多いですね。彼らは「こんなにふざけていて、生計が成り立つのか」と疑問に感じるようです。



三軒茶屋「すずらん通り」の大衆割烹『味とめ』のママは、中山さんのよき理解者のひとり。中山さんもママのことを「世田谷の母」と慕っている。

しかし、「おれ最高くらぶ」は、自己満足のすすめではありませんよね?

「おれ最高」とは、自分のことだけを思っているのでなくて、「自分の最高」を他人に届けてあげたら、「他の人の最高」も受信しようというスタンスです。たとえば演劇人とビデオを撮る人がいる。ビデオを撮る人が芝居を見て、芝居をする人がビデオを見て、互いに「いいですね、一緒に何か作ろう」という流れを作りたい。イベントを開くと、そういう流れが具体的になる。あるミュージシャンの音楽を聴いて、「いい音楽だね」と感じた映画監督と、そのアーティストを結びつけると、映画ができる。こういう出会いは、そのイベントがあって始まる。すなわち主催者の僕がいないと、出会いはなかったわけです。僕はそこに自分の存在意義を置いている。僕がこの世に生きていないと、そんな出会いなどありえなかった、と思えた瞬間、次もがんばろうと思うのです。

「『おれ最高くらぶ』は、会員制ではないのですか?」とよく聞かれますが、会員は僕ひとりです。僕の生き方やポリシーを「おれ最高くらぶ」と呼んでいるのです。僕は映像の講師やインターネットテレビの制作を営んでいて、一方では世田谷区で様々なイベントを催している。それらをすべて含めて自己表現のあり方を探っています。だから会員は僕ひとり。お笑いライブや演奏している個人が「おれ最高くらぶ」に加入するのでなく、僕は個人でがんばっている人を応援する舞台を作ったり、応援するバーチャルの世界をネット上に作ったりしたい。一昨年は2ヶ月に1度、下北沢のクラブでパーティ形式のイベントを開きました。現在は銭湯を借りてイベントを開いています。銭湯という場所を選んだ理由は、幅広い層の人が肩書きに関係なく、裸のつきあいができるからです。地域の人たちのコミュニケーションが残っている場所だからです。



中山さんが企画・運営する、銭湯を活用したイベント「おれ最高!銭湯」の模様。

肩書きを外しても「おれ最高」と公言できるか否かが問われますね?

僕は現在、映像制作のワークショップなどを通して、世田谷区の「まちづくり」に関わっています。そこでは、定年退職を迎えた人が地域社会に戻ってきた時に、彼らのスキルをいかに世田谷区に還元できるのかに注目しています。

著名な企業や官庁で培ってきたこと、ノウハウや知識など積み重ねてきたものを素直に地域社会に還元できるか? プライドが邪魔して溶け込めないかもしれない。会社の看板を外した時に、素直に入ってこられない人も多い。だから、その受け入れ口を、ネットやリアルの場で作るんです。性格的なこともありますが、社長とか部長とかと呼ばれていた人が地域社会に入っていく時、近所のおばちゃんと同じように扱われることを、彼らのプライドが許さない。でも、それを克服して、地域に入ってくれば、地域社会の力になるのです。有償でもボランティアでもいいから参加してくれれば、社会に有益なシステムができるはずです。

それはNPOの活動に近い発想ですね?

そうですね。団塊の世代が退職し、地域に戻ってきた時に彼らが活躍できる受け皿がないといけない、と思います。おもしろいイベントを開いていると、人は自然に集まってくる。多くは音楽、映画など自己表現したい人たちですが、そのうち、街づくりに携わっている人、NPOやボランティアの人たちが加わりました。そういう人たちがいないと、イベントは成立しません。最近ではホームヘルパーなど地域の中で活動している人たちが加わり、ネットワークの広がりを見せています。そこから学ぶことは多く、つきあっているうちにいま、地域社会で解決すべき問題が何であるのかが理解できるようになりました。



「インターネット放送局」収録中の中山さん。

インターネットはリアルなコミュニケーションを補完するためのツールですか?

それだけではありません。まず、共感できる人と出会えるきっかけを設けることが、ネットのできることの1つです。子育て中のママや身体の不自由な人など、なかなか外に出られない人はパソコンを通じて出会いのきっかけが生まれます。2つめに、ネットは出会った人とより深く感動を共有できます。最終的には感動を共有するためのリアルなイベントや出版などがありますが、その中間にあって、熱をあたためていく時にネットが使われます。そして3つめに、作品や成果の発信の場としてネットを活用します。

コミュニケーションの基本があるわけですね?

いつも口にしている言葉に「発信、理解、共有」があります。街づくりでも自己表現でも、この3ステップが必要。相手に理解してもらい、感動を共有する前に、発信というステップがある。発信ができないと、理解と感動の共有はありません。相手にいきなり「何かを発信してください」と打診するのでなく、「あなたの最高なものは何ですか?」という問いかけをしています。そうすると、飼っているペットの話、赤ちゃんの話、趣味の話などが出やすくなる。「おれ最高くらぶ」は、どのように発信させるのかに重点を置いています。発信しやすいシステムが作れるかどうかは、まだわかりませんが、コミュニケーションのあり方やノウハウを蓄積していきたいんです。


おれ最高くらぶ

http://www.oresai.com/

個人放送局を作ろうと考えている人に指南をするなら?

完璧なものを作ろうとしない、ということです。思ったことを手軽に気軽にひとつだけ言ってみる、といったスタンスが大事。歌手でたとえるなら、一生歌っていく歌と、昨日考えたことを綴る日記とを別に考えるということです。個人放送局は、後者です。何年もかけて構築するのでなく、自分がいいと思ったことを気軽に発信する。そもそも個人放送局というネーミングは仰々しいので、「おれ最高の発信」というスタイルを取っているのです。

では、ブロードバンドを利用して上手に発信できるのは、どんなタイプの人ですか?

誰でも発信はできますが、良い発信をしていると思うのは、マスメディアに侵されていない人です。その人しか語れないようなメッセージを持っている人。思いが熱くて、匂いを発散している人。でも、それにはその人独自の経験がものを言う。だから若い人よりも、年配の人のほうに味がある。

たとえば何十年も店を営んできた飲み屋のおばちゃんなどは、演劇人から浮浪者まで、いろんな人をお客として迎え入れ、みんなの話に耳を傾けてきた年季がある。彼らに自分の言葉で語りかけてきた歴史がある。他人を感動させる根源は、経験の深さ、広さ、長さです。何十年もひとつのことを続けている人は、「語り」が上質な歌であり、また哲学だったりする。辛いことや楽しいことの経験、その蓄積が、カメラを向けた時に表情に出るんです。


個人放送局開局の手引き「すとろう」

http://www.streamnow.tv/strow/

経験と自信はインターネットで発信する場合にもあらわれますか?

如実に反映します。決め手は、経験に裏打ちされた直感です。「みんなは良いと言うが、俺はそうは思わない」と、直感でズバっと語れる人、周りに流されない人は、抜群におもしろい。特に商店街の人たちはそうです。マグロまみれになっている人にマイクを向けると、「ウチは普通の魚屋だから…」と最初は言いますが、「でも、このマグロはあまり見かけませんが?」と水を向けると、火がついたように語りはじめる。「これはウチが何十年も売っているマグロで…」といった具合に止まらなくなる。「マグロを売って30年」とか「居酒屋を30年開いている」と胸を張って言える人は、発信することだらけです。ある店のおばちゃんなどは、常時接続で動画を流したいくらいです。誰にも負けない何かを持っている人は、自信にあふれている。自信があるから、受け手の心に入っていきます。

そういった人を紹介するのも中山さんの自己表現ですか?

仕事が忙しいけど、土日だけ特別な活動をしている人や、おとなしい人などは、発信の機会がありません。僕は「おれ最高くらぶ」で、そんな人たちと受け手との掛け橋になりたいし、掛け橋になるようなフォローをしたい。それも僕の自己表現です。

自己表現にはいろんな形がありますが、僕の最終形は自分の店を持つことだと思います。料理店に興味があって、週1回バイトをしていますが、僕は修業と位置づけています。個店は外観も壁に貼るものも、料理も匂いも音楽も、全部自分の好きなものばかりですよね。だから自己表現の集大成は、自分の店を出すことだと考えているんです。

個店を出す人は地域に根ざしています。資金を投下して店を開いたら、気軽に逃げられない。対応が悪ければ悪評になる。お客にウソはつけないし、ごまかしは通用しない。自分が責任を背負っている。覚悟を決めて、居酒屋や八百屋を開いているわけです。だから発信に力がある。商店街の人たちを取材しているうちに、僕自身も成長している。そこにお金のやり取りはなくていい。僕が経験を積んでいくことが、僕の将来の糧になると思っています。

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アイデンティティーがぐらついている時、自分の誇れるものをひとつでも挙げてみれば、元気がわいてくる。それを発信し、誰かと共有できれば、さらに幸せな気分にひたれる。大切なのは、同時に相手の「おれ最高」を認められる姿勢だ。「あるがままの自己と他者を受け入れる」という難題を、シンプルに解きほぐす「おれ最高くらぶ」のメッセージは、骨太で力強い。

text by 倉田 楽



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