日本の伝統文化や生活様式の集大成である民家。 それは機能的で合理性にあふれていた。しかし、いま民家は消えつつある。 当初は再生・保存を唱える活動であった「民家再生」は現在、 幅広い活動へと拡大し、私たちに多様な価値観を教えてくれる。 今回は実際に再生民家に住まう高野さん、 そして全国的な活動を続ける 「日本民家再生リサイクル協会」にお話を伺った。


高野敏さん(42歳)、裕美子さん(39歳)ご夫妻

■ 解体前の米蔵
「日本民家再生リサイクル協会(JMRA)」の提供民家として登録されていた千葉県の米蔵。1階に土間と物置、2階に和室などの住居部分があった。所有者の話では、大正12年(1923年)より前に建てられた蔵と思われる。

「JMRA」の〈米蔵解体ワークショップ〉として、のべ107名の参加者の手で丁寧に解体される米蔵。

−埼玉県 高野(たかの)邸−
家はライフスタイルをあらわす ひとつのカタチ


さいたま市の郊外。高野邸の周囲には、田んぼが残っており、夜ともなればカエルの大合唱が鳴り響くという。

地球環境に対する意識の高い高野さんご夫妻は、以前より民家再生に興味を持っていた。しかし、民家再生の実例を紹介する写真集に目を通すと、「大きな民家が多く、建築の予算は限られていたので、どうしたらいいのか思案していた」(敏さん)という。

そこで、民家再生に関する情報を集め、夫婦のイメージに近い民家再生を手がける建築事務所「Gプランニング」(東京都新宿区)に直接相談に出向いた。そこから再生可能な民家探しが始まった。民家再生は工期もさることながら、求める民家に出合うまでにある程度の時間を要する。

やがて高野さんは幸運なことに、たまたま「日本民家再生リサイクル協会」の米蔵解体ワークショップの話があり、米蔵を移築再生する「Gプランニング」の提案に耳を傾けることになった。「民家の移築再生のイメージしか持っていなかったので、千葉県で移築前の米蔵を見た時にどのような家になるのか、正直言ってわかりませんでした」と話すのは、敏さん。

移築再生して自宅を建てることが決まって以降、敏さんは古材利用にも関心を抱くようになる。父親の知り合いが家屋を取り壊す際に建具を譲り受け、それを高野邸の建築に用いた。「これまで、日用生活品を買う際に素材に気をつけてきました。でも、エコロジーを考えない新建材で建てた家に住んでいたら、ポリシーはないのと同じだと思いました」(敏さん)。「エコロジーや自然素材などへの関心は、ずっと持っていました。自分たちのライフスタイルをあらわす、ひとつのカタチがこの家です」(裕美子さん)。

高野さんご夫妻のライフスタイルは、食生活にもきちんとあらわれている。裕美子さんは「普通のスーパーでは、買い物をしません。有機農産物の宅配や無農薬の八百屋さんから野菜を購入するだけで、食材はほぼ間に合いますね」と説明する。

気になる移築再生コストについても尋ねてみた。「価格の安い大量生産の新築住宅がよいというのは、価値観の違いでしかありません」(裕美子さん)、「実際の金額は普通の新築よりめちゃくちゃ高くなるわけでもなく、反対にこれだけの家が持てるということは、安い買い物だったと思います」(敏さん)。

ひとり娘の優紀(まさき)ちゃんの誕生も、家を真剣に考える機会となった。「優紀が生まれたので、成長するこの子のためにも自然な環境を整えたいと思いました」と裕美子さん。

ご夫妻が同じ価値観を持っていたことで実現したのが、この高野邸だ。敏さんは「こんな生活をしたい、と思い描いていたことが実現しました。完璧です」と、最後に目を細めた。


■ 移築再生した高野邸



民家再生設計監理/一級建築士事務所
Gプランニング
清水康造 田中賢太郎
http://www.linkclub.or.jp/~gplan/



特定非営利活動法人(NPO)日本民家再生リサイクル協会
JAPAN MINKA REUSE & RECYCLE ASSOCIATION(JMRA)


日本の「住文化」としての民家の保存・再生・リサイクルをすすめ、資源循環型社会を実現するため、1997年に設立。社会的啓発と具体的に成果につながる諸活動を展開することを目的とする。2001年6月、特定非営利活動法人(NPO)に認定。現在は、民家に関心のあるすべての人を対象とする全国ネットワークに拡大。主に会費により運営。



事務局長 金井 透さん




同事務局情報誌「民家」
編集長 飯島 晃子さん

__まず、「民家バンク」のシステムについてお聞きします。

■ 主な活動
  1. 情報・広報活動
    情報誌『民家』、会報『JMRA通信』の発行、書籍の出版など
  2. 民家フォーラムの開催
    「日本の住文化を考える」をテーマに毎年開催
  3. 民家再生リサイクル技術の研究、研修、交流
  4. 各種イベント、セミナーの開催
    誰でも参加できる見学会やイベントを全国各地で開催
  5. 国際交流の推進
  6. 民家再生リサイクル事業の推進
    「民家バンク」「JMRA古木ネットワーク」の運営、民家再生の相談

■ 「民家バンク」の利用の流れ

飯島 様々な理由から民家は今、全国各地で解体されています。民家の象徴である茅葺屋根は、職人不足とコスト高から葺きかえるのが大変な状況です。そこで現地では残せなくても、形だけでも民家を残す方法はないかと考えま した。その解決策のひとつが登録制の「民家バンク」。これは移築して残す方法です。民家の持ち主には、先祖代々受け継いできた、思い出のつまった家をゴミにしたくないという思いがあり、「誰でもいいから民家を使ってほしい」という理由で登録する方も多いようです。持ち主からの情報提供を受けると、JMRA会員がボランティアで調査に出向き、主に築年数や建物が再利用可能かといったことをレポートします。これをもとにトピックスをつくり、インターネットや会報誌で公開します。民家の提供は無償で、民家を譲り受けたいという方の連絡を待ちます。

提供を無償としたのは、いい建物だから高価という判断をしたくないからです。民家は全部大事だという視点に立っています。ただ、協会の運営をしなければいけないので、引取りが決まったら、引取り手の方からバンク利用料をいただきます。


金井 「民家バンク」は不動産情報ではなく、民家情報の提供です。NPOとして売買や賃貸など、不動産のあっせんはできません。ただし民家なりの賃貸のあり方は検討中です。住みたいけれど、購入する資金のない人がいる。一方にコストをかけて修繕するつもりのない持ち主がいる。そこで入居者が一定の条件のもとで改築し、借りる。最低10年、できれば20年と、定期契約を結ぶのであれば、貸し手も借り手も満足できるのではないかと考えています。今後、そういう提案もしていきたい。


__「民家再生」の背景には、農林業、都会と過疎地、地域コミュニティーの崩壊など諸問題とのつながりがあるのでしょうか?

金井 産業構造の問題と深くつながっています。JMRAの活動の大きなテーマであり、シンボル的なものに茅葺民家の保存・再生があります。草葺や茅葺の屋根の性能は高く、夏は涼しく、冬は暖かい断熱性能に富んでいる。しかも草や茅は自然に還る素材ですから、循環型です。問題は屋根を葺くのが高額で、瓦や鉄板と比べるとコストがかかることです。

かつては大きな物質循環の中に屋根がありました。屋根に使った材料が傷み、腐るとちょうどよい堆肥となり、土に還り、それが作物になり、収穫したワラが屋根になっていった。労働力は、職人と結(ゆい)と呼ばれる集落の共同体で進められ、屋根を葺くのもみんなで作業をした。つまり、大部分の労働力はタダでした。そういうコミュニティーが壊れた時に、茅葺が維持できなくなったのです。50年くらい前までは、地方の基幹産業は農業でした。高度成長時に工業化が進み、民家が日本の産業構造の中で激変したのです。「民家再生」は、そこまでの課題にはまだ踏み込めていませんが、これは大きな課題です。

__日本の民家の素晴らしさを伝える方法は?

飯島 実は木造住宅の経済性を収めた研究はあまりないんです。大学の建築科では日本古来の木造建築を学べませんし、木造の構造を研究している教授も、数えるくらいしかいないのが現状のようです。

金井 民家が150年も維持できるということを総合的に検証した研究はあまりありません。文化財や美術の見地では認められていますが、百年スパンで捉え、民家の経済性がどれほど高いのかということは、きちんと検証されていません。

最近ようやく検証されてきたのが、伝統工法で建設された民家の耐震性です。現在の日本の建物は基礎をコンクリートでつくって、基礎から金属で柱をつなぎとめ、柱と梁の接合部を金属で固めなければなりません。堅い構造で歪まないようにして地震から守るのです。一方、民家は石の上に柱が置いてあるから、横に移動する。伝統工法では、柱と柱との間に斜めに取り付ける筋交いは使いません。では、どうして耐震力があるのかといえば、壁であれば中に、開口部であれば床より下に、横位置の材料がしつらえてあって全体が支えられているのです。それで全体がふにゃふにゃとしていて、地震の際には大きく歪み、また元に戻る。玉石がずれると、引っ張ってもとに戻す。建物がぐしゃっと崩れないので、人は助かる。

ただし、文化財ではない民家の場合、そのままの状態で移築し、建替えることは無理なのです。移築は新築扱いとなり、施主が「以前のままでいい」と言っても、建築基準法に従って基礎をコンクリートでつくり、金属で接合するからです。そうすると、かえって民家の構造はおかしくなるのです。

__一時期の「新しいものがいい」という傾向が影響を?

飯島 地方では「古い家だと恥ずかしいから建替える」と言う方や、茅葺民家を恥ずかしいと思っている方もいます。直せないから残っている、経済的な余裕がなくてきれいにできないから残ってしまったという意識が強いので、私たちは調査に行く先々で「茅葺屋根はいいものです」と説明し、こういう暮らしがいま求められていて、大事であるということを伝えています。

新しいものが最高だ、とする時代は確かにありました。それを通過して現代に至るのですが、民家調査をきっかけに地元とのつながりが生まれつつあり、会員と交流を始めています。これまで多くのイベントは自分たちが楽しく学ぶものでしたが、徐々に会員以外の方にアピールする方法を考えるようになってきました。もちろん、楽しくなければボランティアは続きません。それにプラスして、活動を多くの人に伝えていこうという動きが特に地方から広まってきたのです。

金井 事務局で腐心するのは、お互いに認め合うことです。各自がイメージするものは、異なっていてもいい。ただ、人をけなすのはやめよう、と。「あの人は自分と考え方が違うからおかしい」と非難するのではなくて、考え方が違っていることを前提にし、違っているけども、一緒に活動することで生み出せるものを探していこうとしています。

__最後にJMRAの今後の方向性をお聞かせください。

■ 民家の甲子園
民家に関心を持つきっかけになるよう企画された、全国の高校生を対象とした「民家・町並みフォトコンテスト」。1チーム5人制とし、5枚1組の作品とPR文をつけて応募。応募締切は6月1日(当日消印有効)。7月25日に全国審査を行ない、民家大賞以下受賞作品を決定する。


■ 情報誌『民家』
会員に配布されるJMRAの情報誌。著名人のインタビュー、民家の店や宿の紹介、民家再生事例、「民家バンク」情報、イベント報告などの記事を掲載。奇数月の1日発行。


金井 他の団体や大学との連携も進めていきたい。また、古い民家にこだわらず「日本の住文化とは何か」に着目していきたい。私の考えでは、ここ30〜50年だけがおかしなことになっていたと思います。住宅に国産材を使おう、可能な限り自然の素材を使おう、という流れは大きなうねりです。この傾向が進めば、たぶん日本の林業が抱えている課題も解決に向かうし、農業のあり方にもつながっていく。そういう流れの中で、象徴的でわかりやすいものが「民家再生」なのです。

JMRAは「民家再生とは、こうあるべきだ」というメッセージの発信より、「一緒に考えよう」というチャンスをつくりたい。むしろ、ひとつの方向に流れたくない。事実、民家再生に関するイベントは会員が企画し、事務局はそのお手伝いをしているのです。

NPOの可能性にも注目しています。これまで古い民家に興味を持つのは個人の趣味に過ぎなかったが、激減する民家の現状を知り、多くの人が自分は何ができるのかと考えたのです。JMRAを知ることが皆さんの活動のきっかけになり、また個人の活動を支えるJMRAになればいいと思います。問い合わせをしてくる人は、お客さんではありません。仮に民家再生を考えている人であっても「あなたはどうしたいのか」という提案をします。

飯島 会員の幅も各自が求めていることも広く、いろんな視点があるので偏らないように伝えていきたい。趣味の範囲で民家に興味を抱いた人であっても、それが自分の生活を振り返るきっかけになるような情報、住まい方の提案や環境問題、技術が廃れることへの警鐘など、なんらかの接点になるような情報を提供したく思っています。

「民家再生」は循環型社会や日本の住文化のみならず、経済のあり方や自分と家族の生き方などを考えるきっかけにもなる、ひとつの玄関である。間口は広く、奥行きは深い。民家の持つ多様性と柔軟性は、日本人にいろんなことを教えてくれているようだ。


text by 東野慶太


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