iPodding in the U.S.A.

サンフランシスコの街を歩いていると、よくiPodに出くわす。ビルボード、駅貼り等の広告はいたるところに見られるし、地下鉄車内や通りでポータブルプレイヤーを聴いている人を観察すると、半数くらいはiPodだ。それは、ソニーのウォークマンが日本を席巻した当時を思い出させる。人々は音楽と出かける楽しみを、あらためて発見しているようだ。 この手のひらに収まる小さなアップルの申し子は、音楽の楽しみ方をどのように変えているのか。iTune Music Storeはレコード産業にどんな影響を持つのか。東京とサンフランシスコで、iPodを愛用するエキスパート達に、話を聞いた。

連れ歩きたい、自慢の恋人
〜歩くときも、運転するときも、
 飛行機に乗るときも。

2004年第2四半期に80万台以上を出荷し、昨年同期に比べなんと909%の増加となったiPod。市場調査会社GfKのレポートによれば、日本国内では2003年中ごろからずっと、シリコンオーディオプレイヤー部門で市場の40%を占めているという。アメリカでの市場シェアは、2004年6月現在35%程度と言われる。大人気の理由には、商品自体の完成度の高さはもちろん、ウィンドウズに対応したこと、iTune Music Storeのオープンが挙げられる。パソコン市場占有率がほんの数パーセントの企業にとって、これは大きな意味を持つ。

アメリカでの成功には、日本と異なる背景がある。第一にMDが普及していないため、音楽の携帯には主にディスクマンやMP3プレイヤーが使われてきた。カーステレオに及んでは、未だカセットテープのものも少なくない。第ニにパソコンやインターネットを十代から日常的に使う彼らの文化では、パソコンに音楽をコレクションすることは都合がいい。

『マックワールド・マガジン』誌のシニアエディターで、デジタル音楽事情に詳しいジョナサン・セフさんは、「数百〜数千曲を入れておけば、SFとNYを車で往復しても、同じ曲を聴くことがない。CDを何枚も持ち歩いて、運転中に取り替える面倒がなくなった」と言う。人気サイトiPodloungeのシニアエディター、ジェレミー・ホーウィッツさんは本業が弁護士で出張が多いが、ポケットにiPodと携帯電話、鞄にPDAとゲームボーイ、ノートパソコンを入れて飛行機に乗り込む。「以前はソニー製品を愛用していたが、今ではiPodに手持ちの音楽が全部入っている」

ユーザは“どこにでも連れていけて、気が利いて、ファッショナブル”とiPodを賞賛する。何だか自慢の恋人みたいだ。そう考えると、195ドルもするグッチのiPod用ケースを“着せたく”なる気持ちもわからなくはない。アップル製品に特別な思いを抱く人は多いとはいえ、かつてこれほど感情移入されたガジェットはなかったのではないか。セフさんによれば「iPodとminiをその日の気分で使い分けている人がけっこういる。スポーツジムに行く時専用に、安手のMP3プレイヤーを別に持っている人も多い」そうだ。一部の人にとってポータブルミュージックプレイヤーは、時計のように着替えるアイテムなのだろう。発売前は「4Gなのに高い。売れやしないよ」という声もあったminiは、たちまち品薄になった。MDプレイヤーや携帯電話など、コンパクトでカラフルなアイテムを見慣れている日本人には、miniの外観は馴染みのあるものだが、アメリカでは極めて斬新だったのかもしれない。

iTune Music Store、
S.ジョブズの英断
〜音楽だって、リーズナブルに買いたい。

iPodはしばしば自分の好きな曲しかかからないラジオ番組に例えられるが、ユーザの多くはランダムプレイがお気に入りで、その日のiPodのプレイリストをブログに掲載する人も少なくない。“何を、いつ、どこで、どういう順番で聴くか”というところに、自分の音楽センスを発揮しているのだ。

また“音楽を聴く”という行為に限らず、欧米では“音楽を買う”という行為にも、変化が起きている。「音楽をコレクションする楽しみに目覚めた人が多い」と語るのは、前出のホーウィッツさん。「以前はCDと言えば10枚くらいしか持っていなかった知り合いが、iTune Music Storeで好きな曲を探すのにすっかりはまっている。全曲が30秒試聴できるし、1曲99セントだから、新しいジャンルやアーティストをどんどん試すことができる」

イギリスでは『オフィシャルUKチャート』が9月よりダウンロードチャートを毎週公表することになったが、テスト版として6月第4週のトップ20を発表したところ、1位はiTune Music Storeで限定販売された曲だった。他の曲も、従来のヒットチャートとは異なる曲がランクインしていた。このように同ストアは、レコード産業にも影響力を見せ始めている。「音楽業界はこの2、3年のCDの売上不振を、不法ダウンロードのせいにしてきたが、そうとばかりも言えない」と語るのは、前出のセフさんだ。

「CDが出て約15年。その間に製作費用はずっと下がったのに、価格は当初から変わらない。だからぼったくられていると感じてる人が多い。レコード会社の莫大な宣伝費を、僕らが負担させられているのが問題だ。それに“1、2曲しかいい曲がないのに、12曲分を買わなくちゃいけない”という音楽の売られ方にも問題がある。その状況を一変させたのが、iTune Music Store。好きな曲だけ手に入れたいという要望に、応えてくれたのだ」

ウェブ上で音楽を“共有交換”して、何が悪い。――無料で曲を入手できるMP3/ファイルシェアリングサイトは、音楽産業にとって忌まわしい敵だったが、それはアップルが闘うべき相手でもあった。「ストアをオープンするに当たり、スティーブ・ジョブズCEOは“タダと競争できることを証明しなくてはならない”と述べた。つまり、クオリティの高いショッピング体験ができれば、人々は1曲に99セントを払うのだ、という結果を出す必要があった」とセフさん。いかにして著作権を守りながら、カスタマーを満足させるか。どんな用途で、どれだけの回数(CDの枚数・パソコンや端末の台数)までなら、コピーは合法なのか。音楽ダウンロードにおけるこのジレンマに対しては、これまでさまざまな企業があの手この手を試みては迷走してきたが、決定的な解決策はおそらくない。セフさんによれば、ジョブズは「人々は音楽をレンタルしたくない。所有したいんだ」を方針に、折衷を図ったのだという。

「要するに、持ち歩いたり、カーステレオで聴いたり、コピーして誰かにあげたり、CDを買った時と同じような楽しみ方ができるということ。iTune Music Storeで買った曲も、iPod、FMトランスミッター、CD-ROMを使えば、同じことができるようにした」

"アルバム買い"の減少で
レコード産業はどうなる?
〜アーティストにも自由を。

その結果にユーザ側はハッピーなようだが、では音楽業界の方はどうだろう? アメリカのレコード産業は、アルバム製作を核としたビジネスの流れが確立している。アーティストと契約し、アルバムを作り、その中からシングルを発売。アルバムが発売されたらコンサートツアーをする。しかし今後、好きな曲だけを選んで買う人が増え、“アルバム買い”する人が減れば、従来のシステムは徐々に崩れていくだろう。しかし、店に流通させるにはコストがかかりすぎた廃盤・レア盤を低コストで復活させ、アルバムに縛られずさまざまな曲をバラ売りし、24時間不特定多数に向けた販売が可能になることを考えれば、オンラインミュージックストアは音楽業界にとってもメリットが高いはずだ。

iPodloungeのホーウィッツさんは、テクノロジーを上手に使いこなすアーティストの出現を期待する。「今までならいい曲ができても、アルバム全曲を録音するまで発表を待たなければならなかった。でもオンラインミュージックストアを使えば、数カ月おきに2、3曲ずつリリースするなんてやり方が可能になる。それから、海外やインディーズのミュージシャンにとっては、世界に出る大きなチャンスだ。北米で入手しづらい日本の音楽が買えるようになってほしい」

ちなみに坂本龍一や少年ナイフなど、北米で人気のある日本人アーティストに続き、この7月には布袋寅泰がiTune Music Storeにデビューしている。またアーティストの多くが曲の解説を肉声で行ったり、お気に入りの曲を公開している。彼らがより多くの人たちと、よりダイレクトにコミュニケーションしながら、好きなタイミングで私たちに音楽を届けることができるのは、素敵なことだ。

オンラインミュージックストアの登場で、音楽という商品は必ずしもパッケージも物流も必要としなくなった。価格がリーズナブルでさえあれば、手間がかかり音質やセキュリティが不安な不法コピーをするよりも、お金を払って音楽を買うことを選ぶ人は多いのだ。そしてレコード産業がネットで実際に利益をあげられることが、明らかになり始めている。とはいえ実際にショップに出かけて、CDの並ぶ店内を歩き回って時間を過ごすことには、全く異なる楽しみがある。少なくとも当分の間、両者は共存していくだろう。

「マックを家庭のハブにしたい」。2001年、そうジョブズは発表したが、iPodとiTune Music Storeの成功は、多くの人にとってコンピュータがミュージックライフの中心になったことを意味している。今後私たちはどのように音楽と関わり、そこからどんなミュージックカルチャーが生まれていくのか。この美しいプロダクトを手にした私たちは、未知数の音楽の可能性をも手にしている。

音楽ショッピングは、あくまでもイージー&スムーズに  iTune Music Store


(上)iTunes Music Store U.S. screen.
(左下)iTune Music Store screen France.
(右下)iTune Music Store screen Germany

70万全曲が、試聴・購入可能(2004年7月現在)。メジャーレコード各社の曲に加え、インディーズも10万曲以上。先行発売やボーナストラック、復刻シングルなど、ここでしか手に入らない音楽も。また毎週火曜日に、新入荷曲をメールで教えてくれるサービスがある。

値段は一律、1曲99セント。個人使用のためであれば、何枚でもCDに焼くことができるし、マック、ウィンドウズPC合わせて5台までのパソコンで聴くことができる。アルバム丸ごとはもちろん、好きな曲だけを買うことができるのが人気の秘密だ。

また、注目すべきはプレイリストの存在。Celebrety Playlistでは、スティング、シェリル・クロウ、MOBYなどがお気に入りの曲を、自ら紹介している。またi-Mixでは、ユーザが自分のプレイリストを公開し、自分の音楽センスを表現する場となっている。個人編集のコンピレーションアルバムが並んでいる風情だ。こうしたリスト内の曲も、もちろんBUYボタンをクリックして購入できる。

従来のオンラインミュージックストアは、試聴時にオーディオソフトの起動を待たなければならない、CDに焼く時は追加料金を払わなければならないなど、使い勝手は芳しくなかった。iTuneとのスムーズな連動で、音楽のショッピングを快適に楽しめる体験はここだけのものだ。USストアはアメリカ国内在住者しか曲の購入ができないため、カナダ人がぶーぶー言っているとか。6月にはUK、フランス、ドイツにもオープンし、最初の3週で85万曲を売り上げた。


どの色にする? いよいよ日本発売
iPod mini

先行発売したアメリカでバカ売れして品薄になり、アップルストア・サンフランシスコ店ですら注文から4〜6週間待ちというmini。ワールドワイド発売が遅れていたが、7月24日、いよいよ日本でも発売された。基本的なOSはiPodお兄さんと同じで、ボタンの配置が若干異なる。容量は4Gと少ないが、iTunesがプレイ回数の多い順から容量分を自動的に転送してくれる。メディアリーダーやボイスレコーダーなど、一部のアクセサリーは使えないので注意したい。アップルジャパンでは、十代をターゲットとしたマーケティングを展開中だ。確かにピンクのminiからは、浜崎あゆみやジャニーズが聴こえてきても違和感ない……かも。

そして日本は?
iPodding in Japan

iTune Music Storeに続き、マイクロソフトやヴァージンも、ネットでの本格的な音楽配信に乗り出す計画というが、では日本は? アップルコンピュータ・プロダクトマーケティングの小西達矢さんは、「レコード会社と折り合いがつけば販売権利が得られる欧米と異なり、日本音楽著作権協会(JASRAC)やレコード協会が絡むため複雑。我々としては目標として年内にiTune Music Storeをオープンしたいという意欲はあるし、ユーザはもちろんアーティストの方々からも始めてほしいという声をいただいているが、慎重に動いている」と語る。

では、先ごろバイオポケットを発売、北米でソニー・コネクトというオンラインミュージックストアをオープンしたソニーについてはどう見ているのだろう。「日本におけるiPodの最大のライバルはMD市場。コンピュータを通じて新しい音楽ライフスタイルが経験できることを、VAIO pocketなど他社の商品とともに啓蒙していきたい」と小西さん。

日本では著作権法改正案による、洋楽レコードの輸入禁止に反発が起きている。アメリカに次いで音楽消費国第2位の日本が、どんな動きをとるのか。デジタル時代を見据えた十分な議論が行われ、賢明な判断が下されることを期待する。

iPodlounge
http://iPodlounge.com/

http://iPodlounge.com/

'MyiPod Galleries' 'iPod Around the World'など、気合の入った写真投稿コーナーが目を引く、アメリカの人気ナンバーワンサイト。5月は800万ページビューを記録したが、これは昨年同時期の2倍にあたり、世界中からアクセスがあるという。iPodとユーザのツーショット画像や、iPodをモチーフとしたアート作品を見ていると、特別な思い入れがひしひしと伝わってくる。商品レビューや関連情報も非常に充実しているので、英語が読める人はぜひ。



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