ブッシュ政権を厳しく批判し、全米で物議を醸している映画『華氏911』が、この8月、日本でもいよいよ公開された。監督は、映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』や著書『アホでマヌケなアメリカ白人』が日本でも大ヒットしたマイケル・ムーアだ。ペンやカメラを武器に権力と熱く闘う、ムーアおなじみの手法とは? それはアメリカ国民に、どのように受けとめられているのか?

マイクのデータ

1954年4月23日生、牡牛座
身長187cm、体重 ?kg
アイルランド系アメリカ人
家族:妻キャスリーン・グリン(同郷、プロデューサー)、ひとり娘ナタリー
好きなミュージシャン:ブルース・スプリングスティーン
NYに1900万ドルの住まいがある。フォルクスワーゲンのビートルを所有するが、移動はもっぱらリムジン。


に爆撃を受けたイラクの女性が「神様、アメリカ人の家を壊して!」と叫ぶ場面で、拍手があがる。ブッシュ大統領の発言に、嘲笑が広がる。上映後、場内は拍手に包まれた。観客たちは隣り合わせた人と、意見を交わしている。『華氏911』封切りの夜、サンフランシスコでの光景だ。この日、この映画を観るために、米国各地の映画館に長蛇の列ができ、チケットが売り切れた。


2004年大統領選挙でのブッシュ再選を阻止するために作られた、マイケル・ムーア渾身の力作『華氏911』。米国では6月25日の公開から最初の3日だけで、前作『ボウリング・フォー・コロンバイン』の興行収入をしのぐ2390万ドルを稼ぎ上げた。7月8〜11日のギャラップ調査によれば、アメリカの成人の8%が映画を観ており、18%が劇場で、30%がビデオで観るつもりと回答している。共和党を支持する友人や上司を連れてもう一度観に行った人もいれば、「できるだけ多くの人に観てほしい」と劇場のチケットを買い上げて無料で誰でも入れるようにした人まで現れたという。反響の高さは予想を超えるもので、「左翼が作ったインチキ映画にすぎない」と冷静を装っていた共和党陣営も、11月の選挙への影響を懸念しはじめている。

講演には定員の何倍もの人がつめかけ、民主党大会では群集に囲まれ、トークショーのゲストに引っ張りだこと、『華氏911』以降、ムーアはますます売れっ子だ。今日アメリカで最も愛され、かつ最も嫌われている男といえば、この人の名があがるだろう。

「ムーアこそ真の愛国者」というファンは増え続けているが、「アメリカ人のことを悪く言うアメリカ人」というだけで許せない“打倒ムーア派”の反撃も強烈だ。『Michael Moore is Stupid, Fat, White Man(アホでマヌケでデブな白人マイケル・ムーア)』という本まで出版され、ムーアをこき下ろすウェブサイトも一つや二つではない。身の危険を案じるファンに「恐がるとつけこまれるだけ」というムーアだが、外出はボディガード付きだという。


が多くの人は「人間的には嫌いだが主張は理解できる」「論旨が飛びすぎだけど痛快」など、好き嫌いはともかく一目置いているようだ。「いきすぎだ」という声もかなり聞かれるムーアの“やり方”について、その仕事ぶりを振り返ってみよう。



■ 敵陣に乗り込み、つきまとう

ムーアといえばアポなし突撃取材。企業や議会に乗り込んで、話をしてもらえるまで責任者を追いかけまわす。『ボウリング・フォー・コロンバイン』では、コロンバイン高校銃撃事件の被害者となった高校生とマスコミを伴ってチェーン店Kマートの本部に乗り込み、弾丸の販売停止の約束を取りつけた。

取り合ってもらえない場合、嫌味なことをやらかす“プレッシャー作戦”を実践することもある。ムーアのTV番組のあるエピソードでは、保険金が出ないためにすい臓移植が受けられない男性を保険会社に連れていき、断られると「死ねと言われたも同然」とばかりに外で葬式のリハーサルを決行。根負けした会社は、費用の支払いと規定の見直しに同意した。

目的を遂げるために、どれだけインパクトのあることをしなくてはならないか。ムーアには独自の方程式があるようだ。「あれじゃストーキングか魔女狩りだ」とあきれる人も多いが、本人は「自分は内向的な人間で、突撃取材は神経をすり減らす」ともらしている。今ではすっかり顔を知られてしまったため、ムーアの姿に踵を返す人も多いとか。


マイクの
お騒がせヒストリー

  • '68年4月4日、13歳の時、教会のミサを終えたばかりの白人たちが、「キング牧師が撃たれた」というニュースを聞いて喜ぶ姿を見て怒りを覚える。「こんな社会で生きていくのは嫌だ。絶対に変えてみせる」と決心。
  • ミシガン州フリントでの高校時代は討論クラブで弁舌をふるう、反抗的な少年だった。18歳で地元の教育委員会選挙に立候補し、史上最年少で当選を果たす。
  • GMに就職が決まるが、初日に目覚めて「工場勤めはやっぱりイヤだ」と思い、一日も出社せずに辞める。
  • 大学中退後、週刊紙『フリント・ボイス』を創刊。健筆をふるった。
  • サンフランシスコの左派系雑誌『マザー・ジョーンズ』に雇われるも数カ月でクビになり、フリントに出戻って失業手当をもらう生活に。当時の年収は8800ドル。30代半ばまで年収が1万5000ドルを超えたことはなかった。
  • 失業中、「文章だけでは世の中を変えられない」と、ドキュメンタリー映画作りを思い立つ。コツコツと資金を集め、心血を注いで『ロジャー&ミー』(89年)を完成。
  • 映画祭で高い評価を得るなど、『ロジャー&ミー』が思いがけず大成功。配給会社のワーナー・ブラザースは「ど田舎の映画館でも上映する」「失業者用に25万枚の無料チケットを出す」などの条件に同意し、実行した。
  • 自身のTV番組『TV Nation』(94年)、『マイケル・ムーアの恐るべき真実 アホでマヌケなアメリカ白人』(99年)を制作。

    悪徳企業や団体を突撃取材し茶化しまくって、賞賛と顰蹙を買う。ウォールストリートで、レイジ・アゲインスト・ザ・マシンの『Sleep now in the Fire』のビデオ撮影中に逮捕される。バンドが許可なしに入ろうとしたため、NY株式市場は一時閉鎖された。

  • 銃社会アメリカの問題を追究した『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)が、カンヌ映画祭で特別賞を受賞。日本でも大ヒットとなる。
  • アカデミー賞ドキュメンタリー部門の授賞スピーチで「恥を知れブッシュ」と言い放った週末、上映中の受賞作品『ボウリング・フォー・コロンバイン』の観客数が激増。ムーアのウェブサイトには毎日1000〜2000万件のアクセスが殺到した。
  • 2000年の下院議員選挙で、投票したい候補者がいないことへの意思表示として、ニュージャージー州の地区で“フィカスの木”を立候補させる。「フィカスは守れない公約は口にしません。献金も不要、いるのは水と空気と日光だけ」と、1mほどの鉢植えを抱えて歩き回る。
  • 2000年の大統領選挙でラルフ・ネーダーを支持。しかしブッシュとゴアが拮抗するフロリダ州で、「ブッシュの阻止が至上命題なら、ゴアに投票すべき」と苦渋の決断を呼びかける。
  • 2001年、9.11の同時多発テロ後、出版予定だった『アホでマヌケなアメリカ白人』を大幅に書き直すよう出版社に要求される。このことを講演で話したところ、出版社に図書館司書たちの抗議文が殺到。そのままの内容で出版される。世界で400万部を売り上げる。

  • 『華氏911』、2004年6月25日全米公開。

アホでマヌケなアメリカ白人


松田和也訳
柏書房 1600円+税

アホの壁in USA


松田和也訳
柏書房 1600円+税

おい、ブッシュ、世界を返せ!


黒原敏行訳
アーティストハウス 1600円+税

■ 労働者階級の代表として自分が
  出演する

故郷のミシガン州フリントはかつてGM(ゼネラル・モーターズ)の工場で栄え、海外への生産拠点移転で廃れた町。ムーアは両親もおじさんもGMで働いていたという労働者階級の出身であり、野球帽はその印だ。巨漢で笑顔が人なつっこいムーアを「カワイイ」という女性は意外に多いが、本人は映画のスクリーンに映るのはイヤだったらしい。けれども自分が一緒に映っている方が取材相手の緊張がほぐれるので、出ることにしたという。

労働者階級の代表としてムーアが突撃取材するのは、大企業のトップやワシントンDCの議員たち。こうした人たちに疑問をぶつけるのは「本来は学位を持った、しかるべきプロのジャーナリストがやるべきこと。僕なんかがやってること自体が問題だ」とムーアは述べている。

■ 話し相手に墓穴を掘らせ、ビックリ映像をまじえる編集

「反対の意見を聞いた方が得るものが多い。自分の知らないこと、見たことのないものを撮るのがルール」というムーア。取材相手には敬意をもって話を聞くし、質問も大抵は単純だ。しかし出来上がった作品を観ると、話し手は度々、見事に墓穴を掘らされている。企業の広報担当者など、こうした編集の“餌食”になった人々に同情する声もある。

ムーアは「多くの市民に惨めな生活をさせた人たちを、カメラの前に引きずり出して自ら恥をさらしてもらう」とキッパリ。これまでもブッシュのことは幾度となく批判してきたムーアだが、『華氏911』では容赦のない編集で“マヌケなブッシュ像”を浮き彫りにし、怒りの限りをぶつけている。また、人々が抗議に集まった大統領就任式の日の模様、イラク戦争の負傷兵など、米国では報道が控えられた映像をあえて用いて、米国の観客にショックを与えた。それはムーアが“政府の監視機能を欠いている”とする、大手メディアへの反逆のようだ。

あくまでも市民の味方として、強者に歯向かい“懲らしめる”。その野暮ったいまでに単純な姿勢が、大衆の心をとらえるのだろう。それを「偏った描き方」「独断的」とする非難もまた囂々だ。

■ 極めてシリアスな問題に、風刺やユーモアをミックスする

ムーアのTV番組は、ドキュメンタリー番組『60 ミニッツ』とお笑い番組『サタデーナイト・ライブ』の混合と評される。皆が恐がって話さない問題を取り上げ、悲惨な現状に取り組みながら、笑いをちりばめて暗さや恐怖をふき飛ばしてしまう。「笑いという攻撃には誰もが屈する」とは、ムーアお気に入りのマーク・トゥエインの引用だ。

カンヌ映画祭で『華氏911』にパルムドールを授与した審査委員長のタランティーノ監督は、「政治はこの受賞に関係がない。単に映画として面白かったから君に賞を贈ったんだ」とムーアに話したという。コメディ、ロックンロール、そして涙を誘う場面までもがベタに詰まったムーアの映画は、娯楽としても評価が高い。ノンフィクションか、フィクションか。活動家か、映画監督か。ドキュメンタリーという括りにはおさまりの悪いムーア作品をどうとらえたものか、批評家たちの意見は錯綜している。しかしムーアは「笑って、泣いて、考えてもらえる映画を作っているだけ」と落ち着いたものだ。



『華
氏911』をきっかけに、米国ではちょっとしたドキュメンタリー映画ブームが起きている。環境破壊や搾取など、大企業の営利優先を追及した『ザ・コーポレーション』、DVD販売で火がつき、8月に劇場公開が始まった『アンカバード:イラク戦争の真実』、1カ月間ハンバーガーを食べ続けたらどんな体になるかを記録した『スーパーサイズ・ミー』(来年1月日本公開)など。ドキュメンタリーが娯楽作品と並んで“利益を上げられるジャンル”として根付けば、さまざまな監督に製作のチャンスが広がるだろう。

ムーアには、民主主義に根ざした明らかな目標がある。いい映画を作り、多くの人がそれを観て、疑問を持ち、議論をし、立ち上がることだ。荒廃した故郷フリントを描いた『ロジャー&ミー』は、映画としては成功したが、町に変化をもたらすには至らなかった。「きっと目標が高すぎたんだろう。映画で町を救おうなんて。だがどんな馬鹿げた考えでも、行動を起こさないと世界は変わらない」とムーアは振り返る。10月に米国でDVDリリースされる予定の『華氏911』が、大統領選にどれだけの影響力を持つか。そしてその結果が、米国内のみならず世界をどのように左右していくか。アメリカを愛し、アメリカを熱くする極めてアメリカ的な男、マイケル・ムーアの温度は、日本にはどう伝わるのだろうか。


マイケル・ムーア 英語版
オフィシャルサイト www.michaelmoore.com
マイケル・ムーア 日本語版
オフィシャルサイト www.michael moorejapan.com
『華氏911』
 オフィシャルサイト
www .kashi911.com

『ボウリング・フォー・コロンバイン』
 オフィシャルサイト
www.gaga.ne.jp/bowling

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