男気はあるが、人一倍不器用で、世渡りが下手。
たった一人の息子にも嫌われてしまった中年プロレスラー。
しかし、己の存在を賭けて、無謀ともいえる闘いに挑む。
そんな男を演じた宇梶剛士さん。俳優。42歳。
テレビドラマやバラエティで存在感を示し、
強面の経歴の持ち主として名高い宇梶さんが語る、
俳優として、そして一人の人間としての生き方。


profile

■ 宇梶 剛士 ■ うかじ・たかし
1962年、東京都生まれ。甲子園を目指し、野球に明け暮れる高校生活を送るが、挫折。17歳で構成員2000人の巨大暴走族の総長となる。18歳で少年院に入り、収監中に喜劇王チャップリンの自伝を読み、俳優になることを決意。にしきのあきらさん、菅原文太さんなどの付き人を経て、『ひとつ屋根の下2』『スタアの恋』『ママの遺伝子』などのテレビドラマで存在感を示す。映画は『JOKER/疫病神』『復讐の荒野』などに出演。『お父さんのバックドロップ』は初の主演映画となる。03年に半生を綴った自伝『不良品』を発行、話題となる。


盛りを過ぎた中年プロレスラー・下田牛之助。所属するプロレス団体「新世界プロレス」の圧迫した経営を救うために、牛之助はヒール(悪役)に転向する。髪を金色に染め、派手なメイクで凶器を振り回す牛之助。そんな牛之助の姿をこころよく思わない一人息子の一雄。プロレスが嫌いで、父のことを恥ずかしく思う一雄との溝は深まるばかり。牛之助は、息子の信頼を回復するために、「熊殺し」の異名を取る世界空手チャンピオンに挑戦状を叩きつけるのだった…。

これが10月に公開される映画『お父さんのバックドロップ』の物語。原作は、先頃急逝した中島らもさん。主人公の牛之助を演じるのが宇梶剛士さんだ。野球とバスケットボールの経験があり、身長188センチ、体重82キロという堂々たる体格の持ち主である宇梶さんでも、プロレスラーの体を作るのは大変だったらしい。


「三十代の頃からほとんど体を鍛えていませんでしたから。もうただの中年の体でしたよ。だから一からというよりマイナスから体を作っていったような状況でした。プロレスラーを演じるわけだから、お客さんが見る気をなくしちゃうような体で登場するわけにはいかないでしょう。だから毎日できる限りのことをやりました。結果、3ヶ月で体重を12キロ増やして、どうにかプロレスラーの体になりました。

ただね、監督に、主人公は全盛期を過ぎたレスラーなので、中年の悲哀を体で表現しろと言われて、腹を出すように言われたんです。体重を増やしているときに、食事を過剰に取っていたので、こうボコッとね、腹が出たんです。食べ過ぎて胃拡張みたいになってたかもしれません(笑)」

そう話す宇梶さんは、肉体改造と並行して、牛之助という役を演じるために、台本を繰り返し読み、役作りをおこなった。


「監督は『宇梶さんの地のままでいいんじゃないですか』と言ってくれたので、特殊な味付けみたいな演技は一切しませんでした。僕の演じた牛之助は、ある種ぐうたらなところのあるキャラクターですし、思いこみが激しかったり、熱いものを持っているんだけど、うまく言葉にできなかったりね。そんなところが自分と共通しているのかもしれない。

牛之助は、息子がプロレスを嫌っているので悩むんですけど、結局自分は、プロレスしか見せられるものがないんですね。そんな状況というのは、自分にも、かつて似たようなことがありましたから」




劇中、宇梶さん扮する牛之助が、聞き分けのない息子をビンタするシーンがある。


「僕の先輩の役者さんが、先日映画を見てくれて、そのビンタする場面のときに、どっと涙が出てきたっていうんですよ。思うに、それは、感情が手に出てしまったんだけど、それが正解か不正解かということではないですよね。親子の間でいちいち言葉なんか当てはめなくてもいい。自分の子だから殴っていいわけではないんだけど、よかれと思ってぱっとビンタしてしまったと思うんです。それがいかにもリアルな親子の場面になったのかもしれません」

リアルな親子の場面が積み重なり、牛之助は息子に自分の存在意義を証明するために、無謀とも言える戦いに挑む。これが映画のクライマックスだ。


「クライマックスの格闘シーンを撮っているときに、僕は自分の体が強いということに気がついたんです。だから本気で技を当ててもらったりしたんです。それをスタッフのみんなや、エキストラの人たちが見ていた。映画って作り物なんだけど、その中にだんだんリアリティが入ってきたんですよ。だからエキストラの人たちも熱狂して応援してくれてね。泣いてる人もいたりして。よく言えば体を張ったということで、そんなことを俳優の仕事として正当化するわけにはいかないんですけど、実際に痛かったり、熱狂したりするリアリティが、僕と映画に力を与えてくれたかな。

中島らもさんにも喜んでもらえたみたいです。この作品を、自分がなしえないほどに素晴らしいものに作り変えてくれた、とおっしゃっていただきました。らもさんとは、13、4年前ぐらいから、仲良くしていただいていたんですよ。よくお酒を飲ませてもらったりして。突然、亡くなられてしまって…とても残念です」

『お父さんのバックドロップ』の撮影は、宇梶さんにとって、忘れがたい仕事のひとつになったようだ。


「僕は、どんなときでも今という瞬間は二度とないと思って生きてるんですけど、そういう中でも、今回の撮影は忘れ得ない日々でした。まあやるべきことはやりましたけど。それが成功したかどうかというのはわかりません。芝居というのは、これをもって良し、というのはないんです。もしそういうことがあるとしたら、人はそれを奇跡と呼ぶだろうしね。とにかくお客さんが見てくれないことには、どうにもならない。ただ流れていってしまうものになってしまう。俳優ってそういう性質の仕事ですよね」



宇梶さんは、かつて十代の頃、高校野球の選手からドロップアウト。巨大暴走族の総長になり、少年院に入った経験もある。そんな強面の経歴の影響か、雑誌で若者相手の人生相談の連載をするなど、周りから「頼れるアニキ」的なポジションを求められることも多い。


「なんかね。そういうふうに引っ張りだされたこともありましたけど、僕はあくまで俳優ですから。ただ、生きていく限り、人と関わっていくわけです。それこそ、死ぬまで。その関わっていく流れで、たまたま人生相談をやることになったんですけど、まあ、いろんなのがきますよ。『僕、毛深くて彼女ができないんですけど、どうしたらいいですか』とかいう相談が来るんですから。お前馬鹿か、って言ったら、雑誌の誌面にそのまま載っちゃって(笑)。さすがにそれだけじゃまずいので、すごく親身に答えてあげましたけど。8ミリのバリカンで剃ると薄く見えるとか(笑)。ただ、そんなことに振り回されていると、いろんな大事なものと出会えないよ、っていう結論にしましたけど。

それは別に僕が発明した考えじゃないし。自分が生きていく過程の、いろんな人との関わりの中で少しずつ得てきた価値観で、僕が人からもらったものを別の人に渡したというだけなんです。だから人生相談に答えられるのは、僕が『頼れるアニキ』だからではない」

映画、テレビ、そして舞台と、キャリアを着実に重ね続ける宇梶さんだが、俳優としてのイメージを固定したくないという。


「自分はこういうタイプの俳優だというように確立されちゃうと、違った役になかなか挑めなくなる。つまり役どころが狭くなっちゃうんですよ。だから自分の内面では力を蓄えながら、何もしないでおこうと思っています。どの位置にも立ちたくない。右にも左にも。上にも下にも。

これは僕の大先輩の俳優さんから教わったんですが、人気にあぐらをかいて、それに寄っかかることは無意味だと言われました。だから、今やるべきこと、今ここに持てる力を全部出し切るべきなんです。まあ人間だから、いつもそういう生き方ができるとは限らないけど、中途半端なことや手を抜いたりすると、今までやってきたことも失うし。そういう人の弱さ、脆さ、世の中の厳しさみたいなものを教えていただきました」

人気におごることなく、全力で演じることをモットーとする宇梶さんは、人と人のつながりが大切だと話す。そしてそれは『お父さんのバックドロップ』のテーマにも関係してくるようだ。


「人と人のつながりの大切さって、時代や文明がいくら進歩しても変わらないんです。僕という俳優が輝くためには、人の力、つまり仲間がいなければどうしようもない。仲間がいなければ、無人島でいくらものすごい発明をしたって無意味ですよね。それと同じです。

この映画のテーマをひとつあげるとしたら、投げかける愛かな。投げかけて、相手から返ってくれば受け止めて、また投げ返す。もし相手がよけてしまったり、受け止めてくれなかったら、そこでやめてしまわないで、もう一度投げてみる。直球が駄目なら次はカーブ、あるいはフォークといった感じでね。でも最後は直球勝負だったと思います。『お父さんのバックドロップ』は、そういったものをほんとにシンプルに描いた作品なんです。今言ったことが、見る人に少しでも感じてもらえたら、僕も俳優冥利につきるんですが」

今後も10月から放映される時代劇『忠臣蔵』(テレビ朝日系列)の出演を始め、大先輩の一人、渡辺えりこさん作・演出の芝居の出演など、多忙を極めそうな予感の宇梶さんは、「僕は役者だからどんどん忘れていかないと、次のものを入れられないから」と笑う。しかし、『お父さんのバックドロップ』で得た大きな糧は、今後の宇梶さんをより輝かせてくれるに違いない。




MOVIE
お父さんのバックドロップ
中島らもさんの同名小説の映画化。監督は「とんねるずのみなさんのおかげです」「SMAP×SMAP」など数々のテレビバラエティを手がけてきた李闘士男。脚本は映画『OUT』『刑務所の中』などの鄭義信。宇梶さん演じる下田牛之助の息子・一雄役には、神木隆之介。牛之助の父親をチャンバラトリオの南方英二が扮し、南果歩、生瀬勝久、奥貫薫など個性的な面々が脇を固める。中島らもさんも理髪店主の役で特別出演している。10月9日より、渋谷シネアミューズほか全国ロードショー。
(配給:シネカノン)
BOOK
不良品
宇梶さんが、高校野球の挫折から暴走族の総長になるまで、少年院での生活、そしてプロの俳優になるまでの半生を語った自伝。
ソフトバンクパブリッシング刊・本体1575円(税込)
お父さんのバックドロップ
中島らもさんの創作童話。『お父さんのバックドロップ』を始めとする、子供より子供っぽいお父さんの物語が4編収録されている。
集英社文庫・本体420円(税込)
HOMEPAGE PRESENT
宇梶剛士ホームページ
A CROW IN THE DARK

http://www009.upp.so-net.ne.jp/a_crow_a_pigeon/
宇梶剛士さんのサイン入り映画『お父さんのバックドロップ』のパンフレットを3名様にプレゼント。こちらをご覧ください。






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