日本国憲法。1947年に施行されたこの憲法は、「戦争を永久に放棄する」という第9条を始め、世界各国の憲法の中で最も理想的なものだと認められている。しかし、イラク戦争が起こり、なし崩し的に自衛隊派兵した日本政府は、この高い理想を持つ日本国憲法を改憲しようとしている。そんな風潮に、歯止めをかけようとするひとりのアメリカ人の映画監督がいた。アメリカ人だからこそ、日本を外から見ることができたからこそ気づいた、日本国憲法の意味、そして意義を再認識してみよう。


映画監督

ジャン・ユンカーマンさん/John Junkerman

1952年、アメリカ・ミルウォーキー出身。高校時代の1年間、日本に留学。スタンフォード大学東洋文学語学科卒業。ウィスコンシン大学大学院修士課程修了。国際政治や環境問題の分野でジャーナリストとして活動。映像分野にも手を広げ、'88年、丸木位里、俊夫妻が描く原爆の図の制作過程を追った『HELLFIRE 劫火』を監督。アカデミー賞の記録映画部門にノミネートされる。'90年に与那国のカジキ捕りの老人を記録した『老人と海』を発表。'02年には、9.11同時多発テロ事件後に、ノーム・チョムスキーの発言を記録した『チョムスキー9.11』を監督。この作品は十数カ国で翻訳され、現在でも世界中で上映が続いている。一男一女の父親でもあり、日米両国で活動中。


平和運動の先に
日本国憲法があった


映画 日本国憲法


http://www.cine.co.jp/kenpo/ index.html
2005年シグロ作品。
戦後60年を迎えた2005年。自衛隊のイラク派兵をきっかけに、日本国憲法を見直す動きが活発となってきた。それを踏まえて、世界中の知識人にインタビューし、日本国憲法制定の経緯や、平和憲法の意義について考えるドキュメンタリー。インタビューに応じるのは、日本の戦後史を描いた『敗北を抱きしめて』でピュリッツァー賞を受けた歴史家のジョン・ダワー。言語学者でありながら、アメリカの外交政策を鋭く批判し続けるノーム・チョムスキー。'45年、GHQの依頼を受けて、日本国憲法の草案に携わったベアテ・シロタ・ゴードンなど、12人の内外の知識人が平和憲法の重要性について語る。また、無国籍な音楽性と、「解放」をテーマにした楽曲群で高い支持を得ている、ミクスチャーロックバンド、ソウル・フラワー・ユニオンが音楽を担当している。
ノーム・チョムスキー
「日本はアメリカの権力の枠組みにとらえられています。 しかしその枠内にあっても選択していくことはできます」


ベアテ・シロタ・ゴードン
「平和が世界で一番大きな問題ですから、 日本がそういう指導者になれば、素晴らしいことになると思います」


ジョン・ダワー
「日本はアメリカの政策に追従するだけで、 真の自治を放棄してしまった。そのことが問題なのです」

● 劇場公開情報

東京/渋谷ユーロスペースで上映中
京都/京都シネマで7月下旬より公開
神戸/神戸アートビレッジセンターで8/20より公開

● DVD:2,800円
● ビデオ:4,500円
  発売:シグロ

2005年4月23日。東京・中野区にあるホールで、新作映画の完成記念上映会が開かれた。その新作映画の題名は『映画 日本国憲法』。世界に冠たる知識人たちが、我が国の憲法の重要さについて語っているドキュメンタリーだ。その日のホールには、キャパシティをゆうに超える1500人以上の人々が詰めかけ、立ち見客も出るほどの満員となり、入れない人もいたほどだった。


BOOK

「映画 日本国憲法」

映画で紹介しきれなかった、知識人たちのインタビューを全文掲載。採録シナリオや、憲法資料までを網羅した完全保存版。

「映画を作った立場としては、すごく嬉しいことだけど、実は、地味な映画なんです。さらに言うと、このような映画は、本当は作る必要はない。しかし、作らなければならない理由があった」

そう語るのは、『映画 日本国憲法』の監督、ジャン・ユンカーマンさん。52歳。大柄で強面だが、威圧感はなく、優しい眼差しをこちらに向け、この映画を作った動機を話してくれた。


「僕は1969年に来日したんですが、ちょうどベトナム戦争の真っ最中でした。自分の母国が、ああいう無意味な戦争をしている中で、日本には立派な平和憲法があることに、すごく憧れていたんです。当時の日本は、第二次世界大戦が終わって20年ぐらいしか経っていなかったので、戦争を体験していた人がたくさんいました。だから反戦運動が盛んだったんです」


ベトナム戦争の当時、高校生だったユンカーマンさんは、当時、盛り上がっていた公民権運動の影響を受けていた。


「僕はミルウォーキーというアメリカ中北部の都市で生まれたんですが、そこは人種差別がひどいところだったんです。また、当時は徴兵制度もあったので、ベトナムに行って戦う意味をリアルに考えていました。どう見ても不当な戦争だと思いました。それに60年代は、カウンターカルチャーという、価値観をひっくり返そうという時代の中で、自分が多感な年頃だったということもあるのでしょう。とにかくベトナム戦争には反対していました」


'69年当時、母国のアメリカではベトナム戦争に反対する勢力はまだ小さかったという。

「アメリカにいた頃も、平和運動に参加していたんですが、まだ少数派だったんです。でも、日本に来たら、逆に平和運動をしている人たちのほうが主流派だったので、とても嬉しかったことを覚えています。しかも、アメリカ人の僕から見ると、日本の人たちは、自分たちと同じアジアの平和を願って運動しているわけですから、とても理にかなった感じがして、そういう人たちと接触できて、とても有意義だと思っていました。

しかし、あれから35年も経ちましたからね。世代が変わってしまっているんです。世代が変わると、何のために戦争をしたのか、何のためにそういう憲法があるのかということを忘れていくんですね」


“日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。”

──これが、日本国憲法の第9条だ。日本は、戦争を放棄した憲法を持つ国として、世界中から注目されている。


※1 GHQ(General Headquarters)
1945年の日本のポツダム宣言受諾から、'52年のサンフランシスコ平和条約の発効まで、日本に置かれた連合国最高司令官総司令部。最高司令官はダグラス・マッカーサー陸軍元帥。彼の指揮のもと、主権国民、人権保障、交戦権の放棄を盛り込んだ新憲法を草案する委員会が設立された。

「日本国憲法を、アメリカに押しつけられた憲法だと言う人も多い。でも、この憲法は、当時のGHQ(※注1)が、世界中の憲法の一番いいところを取って作ったものなんです。特に、第9条は、敗戦当時の日本の国民にも広く受け入れられました。戦争なんて二度と御免だという気持ちが強かったんでしょう。でも、時間が経てば経つほど、その気持ちが薄くなっていく」


ユンカーマンさんは、今の子供たちが、日本国憲法のことを十分に教えられていないことを嘆く。


「それは大きいです。学校で教えられていないのは問題です。60年代は、まだ平和教育がちゃんとおこなわれていたんですけどね。もちろん、今でも平和問題を教えることはありますよ。修学旅行で、広島の原爆記念館や沖縄のひめゆりの塔に行ったりしてね。でもそれだけでは足りません。もっと積極的に教える必要があるんです。教えなければ、やはり意識はどんどん変わっていく。だから、この映画を作る必要があったんです」

第9条を変えることは
国際問題につながる

『映画 日本国憲法』に登場する人たちは、第9条を改憲し、再軍備に向かおうとする日本政府に対して、揃って危機感を口にする。

※2 国民の「権利」だけではなく、「義務」を入れる
2005年4月、自民党の新憲法起草委員会が、新憲法試案要綱を発表。「国民統合の象徴たる天皇と共に歴史を刻んできたこと」「個人の権利には義務が伴い、自由には責任が当然伴う」を憲法前文に明記すべきだとしている。また、安全保障について「自衛のために自衛軍は保持する。自衛軍は国際の平和と安定に寄与することができる」という条文を入れることを提案している。

「確かに今の日本政府は、タカ派の意見が主流になっていますね。軍隊を持たないと、他の国から尊敬されないとかね。それに、憲法の中に国民の「権利」だけではなく、「義務」を入れる(※注2)という意見もあるので、そうしたものを憲法に入れると、国民を強制するものになる恐れがある。いつの間にか徴兵制度が敷かれてしまうかもしれません。

さらに、そうした動きをメディアが大きく取り上げるものだから、端から見ると、日本全体がそういう方向に走っているように見える」


日本国憲法、特に第9条を変えることは、国際問題につながると話す。


「日本国憲法は、他の国の憲法と比べると、国際性があるんです。第9条を守るということは、近隣のアジア諸国に対して、二度と戦争を仕掛けないと誓うことにもなるんです。もし日本が再軍備をすると、アジア内の緊張がすごく高くなるし、もしかしてまた戦争につながるんじゃないかと思われてしまう。

この憲法は世界中から、理想的なものだと認められているんです。どの国も戦争を避けようとしている傾向にあるにも関わらず、当の日本が、軍備を増強してしまったら、日本国民に対してだけではなく、世界中の人々の希望を裏切ることになるのではないでしょうか」


ジャン・ユンカーマン監督作品

チョムスキー9.11

定価:1,400円+税/発行:フォイル
DVD:2,500円+税

老人と海

VHS:4,800円+税

ともに発売:シグロ



韓国や中国で繰り広げられている反日デモを見て、ユンカーマンさんは、アジア諸国との関係の改善をめざすべきだと強調する。


「日本政府は、アメリカを気にしすぎです。だからブッシュ政権から圧力があると、国民の反対を無視して、イラクに自衛隊を派兵してしまったりする。でも、アジア諸国に対して、アメリカに対するのと同じ気持ちで外交をしているかというと、全然やっていない。首相の靖国参拝の問題ひとつ取っても、それは明らかです。

僕がこの映画でインタビューしたアジアの知識人たちは、同じアジアの一員として日本と連帯して、新しい時代を築こうという気持ちが強いんです。彼らはそういう意味では反日ではありません。前向きに、日本に対して希望を持っているんです。それになんとか応えてもらいたい」


映画の終盤、ユンカーマンさんは、日本人が反戦デモで行進している場面にカメラを向けている。


「撮影が終わりかけていた頃、ちょうど自衛隊のイラク派兵に反対する人たちのデモがあったんですよ。映画のラストにふさわしいと思い、自分で撮影しました。いろんな世代の人たちが参加していましたね。みんなロウソクに灯をともして行進していたんですが、ロウソクの光って、不思議な力があるんですよ。もろい光なので、守らないとすぐ消えてしまう。それは今の日本国憲法の置かれている状況をすごく象徴している気がしたんです。

やっぱり憲法も民主主義も、上から与えてもらうものじゃないんですね。常に自分たちで守っていかないと、消えてしまいますから」


「改憲」にしろ、「護憲」にしろ、日本国憲法は、その内容を今一度、我々は確認する必要に迫られている。そして、政府の力に頼らず、憲法を自分たちの頭で考えること─そのための勇気と知恵を与えてくれるのが、ユンカーマンさんの作った『映画 日本国憲法』であることは間違いない。





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