食べる本能 - またぎ “生きて”いる命を食べる


野生のシカやイノシシ、野鳥などを撃って捌いて料理する、「またぎ」店主の大島衞さん。
自然のものを獲って食べるとは、どういうことなのか。
現代に生きる「またぎ」の仕事や猟のことなど、お話をうかがった。

「またぎ」店主
大島 衞(おおしま まもる)さん


61歳。懐石料理を極めた後、神奈川県葉山町に山人料理の店「またぎ」を開店。

野生の肉を、美味しくいただく

「またぎ」

狩猟期間(11月15日〜2月15日)は、山の獲物を、さらに夏場は自分で船を出して海の幸を提供する。 囲炉裏を囲んで、客席は30席ほど。

「肉は生がいちばん旨い。シカだって、焼き肉で出してるけど、『生で食べてもいいよ』って言うと、ほとんどみんな、生で食っちゃう。
あと、これから(※取材時の12月初旬以降)は小鳥だね。もう少しすると脂がのってきて、焼くと、自分の脂で唐揚げみたいになっちゃうんだよ。すごく旨い」

肉がじゅっと焼ける傍ら、そう言って笑う、「またぎ」店主の大島衞さん。

葉山に店を構えて13年、ここで提供されるシカやイノシシ、野鳥などの肉は、いずれも大島さん自ら、もしくは仲間が獲った天然ものだ。

「ワイン党に人気があるのはハトだね。ハトは血の匂いが強いからさ、赤ワインと合う。濃厚なワインじゃないと負けちゃうね」

大島さんが昨日撃ったという、キジバトをいただく。みっちりと密度のつまった肉はぷりぷりと弾力に富み、赤身肉の香りと旨みが口中に広がる。

ちゃんと“生きて”いたものを食べる重み、その強力な野生に、懐石料理で磨いた技術が施される。何という贅沢だろう。食通の常連客が多いのも頷ける。

しかしいちばんの魅力、それは食べることで生命力のようなものが充填される、野生の肉の力強さだ。


今風の“またぎ”

三浦半島で仕留めた野鳥。

店名の「またぎ」とは、農閑期の冬場などに山へ入り、クマやシカを仕留めて食する狩人のことだ。

「『またぎ』って名前は俺がつけたんじゃないの。店を出す時に、わかりやすいってことで人がつけてくれた。伝統的なまたぎは、ここらへんにはいない。だから今風にやるしかない。鉄砲なんて難しく考えることない。ルールに則ってやればいいんだよ」

大島さんが、猟を始めたのは35年ほど前。きっかけは、料理人としてよい素材を求めたことだ。以来、先達に手ほどきを受け、信頼できる少人数の仲間と猟犬を伴い、長野や伊豆、三浦半島で獲物を追う。

猟では、人間の300倍といわれる嗅覚で、ポインタードッグが獲物を探索、追跡。そして、追い詰めた獲物を仲間と鉄砲で打つ。山の斜面のどの方向に巣穴があるか、この辺りに獲物はいるか、逃走経路のどの位置に鉄砲を配置するか…。知恵と経験、体力がものをいう。

「俺は伊豆へ行くときは、ライフルはいっさい持っていかない。ショットガンだと有効射程距離は100メートルくらいだけど、はずれたらはずれたでいいじゃないかと。相手に逃げる余地がないんじゃ面白くないから」

昔の伝説のまたぎは、銃に1発だけ弾を込めて獲物に向かったというが、“今風のまたぎ”にも、男のロマンがある。


「周りの人間がいいのよ」

またぎメニュー抜粋


上から順に、
1 キジバト(¥1500〜¥2000)
2 シカ焼肉(¥1500)、臭みがなく生でも食べられる。塩か特製のタレで。
3 シシ鍋(2人前 ¥5000)具がなくなり残った汁は、ご飯を入れておじやにするか、特製のすいとんに。

「猟銃の所持は警察庁の管轄、狩猟免許は環境省、あと猟友会のルールがあって、全部守らないと違反になる。さらに都道府県ごとに鳥獣保護事業計画があって、1日に獲れる数も決められている。でも、そんなに獲れやしないけどさ(笑)。手ぶらで帰ってくることも多いし」

そうはいっても、今年は大物獲りに3回出かけ、合計でイノシシ4頭、シカ3頭を仕留めている。

「それは、仲間が準備してくれてるから。いきなり知らない山へ行って獲ろうとしても、絶対、まぐれでも獲れない。結局、俺の場合、周りの人間がいいのよ。そのかわり店終わってから、『明日、来られない?』って長野から電話があれば、どんなに疲れてても、朝の5時には着いてるからね。で、半日鉄砲打ちして、とんぼ返りして店をやることもある。もうフラフラだよ。
最近、だらしなくなってきたしね。今は猟が解禁したばっかりで、足がいちばん辛いとき。若いのがいても、俺がいちばん辛いところへ行かされるし。『年寄りを大事にしろ』って言うんだけど、そういうところはある程度、鉄砲が上手い人間でないと行かせられないからね」


「いい格好したって、
所詮フレッシュじゃないんだよ」

「狩猟なんて、くだらねぇよ。考えてみると、電話して『何キロください』って注文したほうが、どんなにいいか(笑)。何十キロも歩いて、何でこんな苦労しなきゃいけないんだと思うけど。でも、獲物を追いかけるのは恋愛と同じ、本能だね。
あと、やっぱり自分たちが自然のものを食いたいからじゃない? うちの肉はいつ、どこで獲れて、誰が解体して調理したか全部わかっている。それはすごいことだよ。肉の良さには絶対の自信がある。俺、養殖ものは嫌い。今、アメリカの牛肉が話題になっているけど、いい格好したって所詮フレッシュじゃないんだよ。日本にだっていい肉はある。シカが異常繁殖して山が荒れているし」

■ H P ■

http://www.geocities.jp/ y_osht/ page006.html

「今の若い人って、何やるんでも格好からだよね。何か始めるのも、準備が整わなきゃやらない。俺なんかの時代はそうじゃない。まず、何でもやってみる。釣りだってなんだって、釣竿を山から採ってくるところから始めた」

狩猟が特別な目で見られる現状がある。それについては、どのように思うのだろう。

「だから俺、自分では特殊だと思ってないんだって。でも、周りから見ると特殊に見えるらしいんだよね。自分で獲って捌いて食べるのは、当たり前のこと。だけど、今は肉は肉屋さん、野菜は八百屋で買うのが当たり前だから。その時点で、俺なんか特殊。だから取材がくるんだよ(笑)」

自然の渾沌にわけいって本物を味わう快感。食べる本能は、生きる本能につながっているようだ。




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