「歯ブラシからロケット部品まで」――ものづくりのまち・東大阪を象徴するフレーズだ。 長期不況に陥った90年代以降、日本は産業空洞化が深刻な問題となる。 なかでも工業集積率日本一の東大阪市が受けた打撃は、大きかったといえよう。 そんな東大阪市から全国に発せられたのが、人工衛星「まいど1号」の話題。 ものづくり地域再生の鍵を握るプロジェクトとして、日本中の注目を浴びている。 東大阪宇宙開発協同組合(SOHLA)理事長・棚橋さんに、 プロジェクトにかける意気込みと課題、ものづくりについて語ってもらった。
profile

棚橋秀行さん(たなはし ひでゆき)



1960年、大阪府生まれ。東大阪宇宙開発協同組合(SOHLA)理事長。棚橋電機株式会社常務取締役・総括本部長。「SOHLA-1」(まいど1号)ではバッテリー組立を、PETSATでは電源系を担当。大阪府電気工事工業組合扇町支部青年部、大阪府ネイチャーゲーム協会副理事長、高槻自然倶楽部アイ副代表、ピースリーダー守口世話人など全8団体にかかわり、地域貢献にも奔走する。

「まいど1号」プロジェクト

中小企業の技術を結集し、小型人工衛星を打ち上げる計画を実行するために、2002年12月、製造業の協同組合となる東大阪宇宙開発協同組合(Astro Technology SOHLA) 設立。2003年10月、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)より事業受託。1号機SOHLA-1(まいど1号)を2006年度中に開発完成し、小型衛星 PETSATを2010年頃に打ち上げる計画で開発・製作中。将来はPETSAT を用いた宇宙ビジネスへの展開を想定している。産官学連携のモデルケースとしても全国の注目を集めている。

日本のものづくり地域ならどこでも「まいど1号」はつくれる


Web


棚橋電機
http://www.occn.zaq.ne.jp/cubph808/


東大阪宇宙開発協同組合 SOHLA
http://www.sohla.com/

「大阪は工場が少なくなりましたわ。大きい工場は出ていって、小さな工場はつぶれてしまいました」と棚橋さんは言う。

東大阪市で製造業に携わる事業所数(従業員4人以上)は1990年で5,656事業所、製造品出荷額は1兆9,872億円。対して03年は事業所数3,844事業所、出荷額約1兆1,148億円まで減少。同期間の従業員数の減少は約34%にのぼる。

「生きようとするところは常に挑戦し続けていた。それは東大阪だけの話やなくてね。銀行がつぶれる、とかいうたら誰かが助けてくれるやろ。中小企業は誰も面倒見てくれへん。僕らつぶれたら夜逃げせなあかん」

一般的に中小企業は、大企業以上に危機感が強いといえよう。大企業への対抗意識や、大阪人の反骨精神もあったのかもしれない。

「小型の人工衛星やったら僕らでもできるんちゃう、という話が出てきた。ものづくりの基本ってどこでも変わらへんから。よそがつくってて、うちが無理というのはないでしょう。できなかったら、逆に燃えてきて、やったろーってなるしね」

プロジェクトの立ち上げは、東大阪市が他の地域と比べて技術的に突出していたから可能であったわけではない。

「日本のものづくり地域なら、どこでも『まいど1号』はつくれます。日本の技術は優れてます」

どこの地域でもできるのだが、やろうとしたところはなかった。他の地域に先駆けて実行に移したことが、このプロジェクトが注目されるゆえんだ。



各企業を連携する技術集約力・クリエイティビティ


人工衛星を作るのに必要な系統はページ下に挙げた図表。「図面があったらどこの企業も部分なら担える」と言う。 ではなぜ、これまでそういうプロジェクトがなかったのか?  中小企業は、プロジェクト以前からも大企業の下請けとして人工衛星の部品を製造してきた。その際、下請け企業は、納品する製品がどこで、どのように使われるのかわからないまま製作しているところも多い。

「東大阪には、うちはアンテナに強いよ、うちはバッテリーに強いよ、など各分野に強い会社がある。それを集約して協同組合をつくったわけです」 「ただ問題はここや」と言って棚橋さんが指差したのが下の技術系統図の「技術集約力」ー「システムエンジニアリング」。 システムエンジニアリングとは、ある目的のために組織を開発・設計・運営する能力。日本のものづくり産業に携わる各企業は技術的には優れている。しかしそれを組み合わせて動かす能力、戦術や戦略が欠けているということだ。

「プロジェクトマネジメントやシステムエンジニアリングのできる人が日本には非常に少ない。現在プロジェクトに関わっている団体の中にも、これをほんまにわかっている人は数人しかおらへん。ましてや中小企業ではそれをやる人がおれへん。みんな各分野では専門家やねんけど。それをまとめるのがいちばん大変やからおらへんってゆうのもある」 さらに棚橋さんは、もうひとつの能力に言及する。

図解

「いちばん難しいのは、基本構想図、概念図など何もないところから何かをつくることや」 ゼロからものをつくる能力、つまりクリエイティビティ。「ここが日本のものづくり地域に欠けている」と棚橋さんは指摘する。 近年ものづくりのあり方は、社会の変化にともない変わってきた。欠けている能力を補い合うことでプロジェクトや地域は活性化する。 「会社ってゆうのは、当たり前やけど、そういうプロジェクトは全部自分のところでやろうとするやろ。東大阪にはオンリーワンの企業がたくさんある。でも、今はネットワーク型の社会になって、企業間の連携や産官学の連携、異業種交流とかが盛んになってきた。それの走りみたいなのが、このプロジェクトなんかな」



大変だけど、若い人のエネルギーに助けられている



衛星試験の準備作業の様子


PETSAT振動試験の準備作業の様子

課題はなんぼでもある。俗に言う、経営資源の問題で、人・モノ・金・情報やね」

03年、新エネルギー・産業技術総合開発機構に求めた委託研究費は12億円。しかし採択された金額は7億円だった。 「人工衛星を製作するのにふつう20〜30億かかると言われる。アップアップでっせ。本当はもっといろんな会社を集めるべきやった。そやけど、なかなか集まりませんやん。月2万円の会費で年間24万円になる。それに自分の会社の仕事もあるしね。だからある程度ボランティア意識がなかったらできへん」 中小企業の社長は、みな一国一城の主。それをまとめるのは並大抵ではない。

「理念があって、基本方針があって、組織があって、役割分担があって、計画があって、実行できるわけです。自分の会社でもそんなんできてないのに、いろんな会社が集まってそれをやろうとしている。『事業計画は?』ってゆわれたら『俺の頭の中にある』ってゆう社長もいはるし(笑)。それが現実ですよ。それに明日食うメシの糧を考えることでいっぱいいっぱいになってるところがほとんどですわ」 しかし失望はしない。「自分の会社が生き残れるため、という理由でSOHLAに参加する会社もあるやろうな。でもバランスやんか。それがあるからこそ、公のこともできると思う」 プロジェクトがスタートして約3年。成果は少しずつ上がっている。

「産官学の連携の走りになったし、若い人が来てくれたというのが成果。地域貢献でいうと、東大阪の知名度が上がっていることかな」 壁にぶつかったときは、「若い人の情熱がわかるから、おっちゃんらもがんばってる。自分らよりも若い人たちのエネルギーがものすごいな」と、若者がプロジェクトに集まってきたことを誇りに思うようにしている。



「工業集積率日本一」の東大阪の工場

「いちばん難しいのは、基本構想図、
概念図など何もないところから何かをつくることや」

打ち上げの日が楽しみでやってるわけじゃない!



 PETSAT
(Panel ExTension Satellite)


東京大学、中須賀真一教授の指導のもと、SOHLAが製作。2010年頃完成予定。宇宙からの雷雲の観測に挑戦し、将来的には落雷予報のビジネス化などを目指す。
(c) 2005 Astro-Technology SOHLA All Rights Reserved

このプロジェクトが日本のものづくり再生のために提示できることは何だろうか。

「やってる本人はわからへんよ」と前置きし、次のように語る。 「挑戦すること、それを忘れたらあかんやろな。やっぱり夢もってやらなあかん」 プロジェクトの進行のなかで見えてきた問題点がある。それは「まいど1号」プロ ジェクトだけの問題点ではない。

「自分とこの会社のことだけやなくて、いろんな広い視野をもってやる人が増えてきたらええんちゃうかな。このプロジェクトに参加する理由は『お金なん?』それとも『やりがいなん?』って自問してみたらわかります。お金なかってもやりがいがあるんやったら、やる人もおるやん。そっちのほうが大事かもしれへんやん、苦しかったって」 プロジェクトは2010年PETSATの打ち上げを目標にしている。しかし、本当の目標はそこにはない。

「僕のいちばんの楽しみは、若い人たちがシステムエンジニアゆうものを覚えて、自分らで生業を起こしてくれるか、もっと先でいえば、宇宙産業とかものづくりに携わる人がいっぱい出てくるということやな。若い人がたくさん東大阪に来てくれて、ものづくりが新しい段階になってほしい。東大阪発やけど、しいて言えば、日本の中小企業の活性化、ものづくりの活性化になんらか役に立てばええな」

全国的に注目されているだけに、プレッシャーがなくはない。しかしベンチャーな町工場のおっちゃんたちは、タフでパワフルだ。

「僕は大変が好き。“大変”という字は“大きく変わる”ということやろ。世の中というのは小さいところからちょっとずつ変わるもの。時間がかかんねん。でもこのプロジェクトがジャブになってくると思う」と、棚橋さんは挑戦者の姿勢を貫く。


近い未来、「まいど1号」が宇宙から東大阪や日本、世界を眺めるとき、
「俺の話が出たときより、だいぶ変わりよったな〜」と思うのかもしれない。




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