今回の特集では「東大では珍しい」バリバリのMacユーザで あるという上野教授にインターネットなどテクノロジーの発展と性との関係、そして性をとりまく倫理観などに関するお話をうかがった。
 インターネットは私達の生活のさまざまな分野に大きな影響を与えている。とかく問題とされる「インターネットと性」は、単にわいせつな情報の氾濫の問題点のみならず、 「性とは何か」という根本的な問いかけの提起を伴っている。 インターネットを通して見る「性」から浮かび上がる人間 関係とは、そしてインターネットは性の倫理観も変えて いくのであろうか、その展望を探っていこう。
 郵政省がまとめた平成11年度通信白書によれば、インターネット利用時に違法または有害と思われるサイトに「よく、又はたまにでくわす」と答えた人は利用者の4割近くを占めている。その中身を見るとプライバシーに関するものや薬物情報、デマ情報などと並んで性的情報があげられて いる。インターネット上の性の情報の氾濫に対しては法的規制に乗り出した国もあ るが、日本ではインターネットは まさに「無法地帯」。さまざまな有害情報が低年齢層世代にも垂れ流しの状態となっていることは昨今繰り 返し指摘されているところである。  しかし反面インターネットによる情報公開が、私達の生活にもたらす恩恵ははかりしれない。それは「知識」だけにとどまらず、夫婦関係や友達関係 など「人間関係」全般にも新しい可能性や選択肢をもたらすに至っている。
今回お話を伺う上野千鶴子・東京大学大学院人文社会系研究科教授は日本における女性学のパイオニアで、ジェンダー研究、セクシャリティ研究を専門と する日本を代表するフェミニズムの研究者である。
【上野千鶴子さんプロフィール】
東京大学大学院人文社会系研究科教授。 京都大学大学院社会学博士課程修了、平安女学院短期大学助教授、京都精華大学助教授、東京大学文学部助教授 などを経て現職。 「セクシィ・ギャルの大研究」(光文社)、「スカートの下の劇場」(河出書房)、 「近代家族の成立と終焉」(岩波書店) など著書多数。
インターネット等のテクノロジーの発展は性文化にどのような影響をもたらしていますか?
 インターネット自体がどのような 影響をもたらしているかについては、 普及率の面などを見てもまだ結論を出すのは早いと思うのですが、しかしひとつ 言えることは、テクノロジーの変化とセックス産業は密接に結びついているという事実でしょうね。ビデオの普及はアダルトビデオ(以下AV)の登場を切り離せません。またAVが一気に マーケットを拡大したのは二台目のテレビが家庭に入ったこと、つまりテレビがパーソナルメディアになったことがきっかけでした。
それに比べてITは当初からパーソナルメディア。パーソナルメディアを手にするとポルノ的な情報にアクセスしようとするのは火を見るより明らかでしょう。だからサイトの中でアダルト系のものが大きな シェアを占めているのは当然だし、また なかには公共性を欠いた人目をはばかるような陋劣な欲望を刺激する情報が大量に流れるのも避けられません。
人間はテクノロジーが進んだから倫理観を失った訳ではなくて、もともと倫理的な生き物ではないまま新しいテクノ ロジーを手にしただけにすぎません。だから人間は、反倫理的な欲望でも、 それを解放するための公共性不在の技術的な手段を得ることができれば何でもしてしまうでしょうね。このような公共性なき無法地帯が現在のITだと言えます。ただ、公共性がないと言ってもチャットやフォーラムには現実には第三者のアクセスがあります。でもその ことを利用者は忘れてしまいがちです。このような閉じたメディア環境そのものが恐ろしいですね。やはり何らかの ルールをつくって無法地帯を法治地帯にしていく必要性があると思います。
 倫理観については援助交際に関する興味深い調査結果が発表されていて、そこではチャンスがあれば援助交際を実行するかもしれない、という潜在層の多さが指摘されています。ここで分かることは実行する少女としない少女とを分けるのは「チャンスへのアクセスの近さ」だけで、倫理感による境界はないということなんです。当然 チャネルが増えるほどアクセスも近くなると言えるでしょう。そのうちにテレクラに変わってIT売春なども起こるでしょうね。
 さて先程お話したように、ITがセクシャリティに与える影響についてまだ結論を 出すには早すぎますが、AVによる影

響は既にいくつか報告があります。
人間にとって 恋愛やセックスは本能ではなく文化であり、文化である以上「学習する」 ものなんです。ではどのような媒体から「学習する」か。 昔の少年少女は、恋愛はロマンス小説、 つまり活字媒体から学んでいました。少年少女は「ああ、これがあの小説に出てきた胸のときめきか」「これがあの本で言う宿命の恋というものなんだ」と活字で学習したシナリオを順になぞっていったんです。
この媒体が活字からAVに変わっていったことによる影響は明らかです。つまり性経験のない人々が経験に基づかない学習をAVからするためにド素人がウルトラC技をする傾向があります(笑)。こういう技は通常の性行動のメニューにはなかった新規メニューです。ああいうテクはおまえ達 ド素人がするものではない!と言いたくなるような傾向です(笑)。彼らがこのウル トラC技をどこから学んだかというと、 「AVから」という答えが返ってきます。
 AVがベッドの上での性的パフォーマンスのモデルを提供するために、そこには規範的圧力が生じます。それが男女に「こうせねばならない」という 気持ちを起こさせ、それが男性の自信 喪失、そして女性の欲求不満を招く結果になります。 もっとも女性がこのようなことで不満を募らせるということは、 自分の幸福や快楽は男から与えられるものと思っているから、つまり欲望や快楽に関して依存的だからです。相手に快楽の責任を負わせるのではなく、 自分が欲望の主体であることを引き 受ける意思を持てば、自ずと不満は解消するはずなのですが。
 男性がAV男優のハイパー・パフォーマンスによって自信を失うのと同様なことが女性にも起こっています。つまり性的に魅力的なモデルと自分との距離を測って、自分が男にとって無価値ではないかと自信を喪失したり、あるいは男性との接触に拒否的・防衛的にある女性も驚くほど多い。このような性的アイデンティティの不安が青年期に現れると、男性の場合はひきこもり、そして女性は摂食障害などの形で表面化することがしばしばあります。ただ最近社会問題化しているひきこもりも、ITがない時代のひきこもりと比べれば、今はITという外部へのアクセスを持つことができる分いくらかはましだと思います。ひきこもりの人でも自分なりのコミュニケーションを求めている証拠ですね。