ロボットと人間のコミュニケーションでは
ボディランゲージなどの 視覚的情報も
大切な要素になってくると思うんです。


株式会社本田技術研究所
和光基礎技術研究センターチーフエンジニア

ロボットと言うと頭の中にイメージするのはどのようなスタイルのロボットだろうか。多くの人は、人間のような体を 持ち、人間のように2本の足で自由に動く「鉄腕アトム」のようなロボットを想像するのではないだろうか。想像上では もはや当たり前にすらなっている2足歩行型ロボットだが、現実には作られているロボットのほとんどが車輪やローラーなどで動くタイプである。そんななか、人間そっくりに2足で歩くロボットを世界で初めて開発したのがホンダだ。その ロボットの動く姿は、ホンダのテレビコマーシャルで既に目にされている人も多いはず。今回はホンダの2足歩行型 ロボットの研究開発を担当している竹中透さんに、2足歩行型ロボット誕生の歴史や、今後の展望についてうかがった。


●まず、ホンダが「人間型ロボット」の開発プロジェクトを始めたきっかけから教えてください。

 ホンダには飛行機など、直接商品とは関係のない分野の研究を行っている部署があるんです。もともとホンダはモビリティを考える企業ですが、車やオートバイは言ってみれば二次元のモビリティですよね。それで二次元以上のモビリティ、つまり飛行機など空間を超えた三次元モビリティ、そして時間を超える四次元のモビリティを開発したい、というのがそもそものスタートだったようですね。自分に代わってどこかへ行って何かをやる、私達は「分身」という言葉もよく使うんで すが、そういうロボットを作りたいということで、1986年に「人間と共存・協調できる ロボット」の開発が始まりました。
 当初作られたロボットは脚だけのもので、上にトレーをのせるポーターロボットのようなイメージのものでした。第1号ロボットの「E 0」は1歩30秒の静歩行で直進しかでき ないものでした。静歩行とは、体の重心位置が支持脚の底面積内にある歩行のことです。
自分の体の勢いを使わないで歩くので、忍び足やよちよち歩きのような感じになります。また歩いている途中、どこで動きを止めても体を安定させることができるのも特徴です。
 でも、実際の人間の歩行は動歩行が中心で あることから、「E 2」ロボット以降は動歩行ができるよう開発しました。動歩行とは 重心位置を支持脚の底面積外に出し、体の 勢いとバランスを使う歩行のことで、より スムーズな動きと曲線的な歩行が可能となります。そして歩く速さも「E 2」では時速 1.2kmで歩けるようになりました。ただ、このロボットの足の先、ホンダではこの部位を「手のひら」に対して「あしひら」と呼んでいますが、ここがかちかちに硬い作りになっています。本来、足の底が硬ければ安定性が 高いように感じるでしょうが、実はそれは じっと静止しているときだけで、動いているときにはその硬さがかえって不安定さを招くことがわかったんです。例えば釘などの異物を踏んでしまったとき、本来は足の中央に 荷重を受けないといけないのに、あしひらが硬いとその踏んだポイントにだけ荷重が かかってしまい、体が倒れてしまいます。

また斜めの床に足を真っ直ぐ下ろすと、あしひらの片方にのみ荷重を受けて倒れてしま うんです。そういった実験の結果、足を柔らかく床につける必要性が分かり、「E 3」からは床反力を意識したあしひら構造を採用しました。具体的にはあしひらにゴム状のスポンジを装着することで、人間が運動靴を履いているような状態にして足を柔らかくし、さらに足首を動かして力をコントロールするようにしました。
 さらに「E 6」になると足首だけではなく足全体を動かして力をコントロールできるようになり、床を傾けられても片方の膝を縮め、反対側の膝を伸ばすことで真っ直ぐ立てる ようになるなど、膝や足首の動きをより複雑にすることで力を上手く制御できるように なり、この段階で足のコントロールは基本的に完成しました。また2足歩行型ロボットの課題と言える「転ばない」歩行については、倒れそうになったときに上半身を倒れそうな方向に加速させることで体を起こそうとする力を生み出すという制御技術を採用しま した。普通は倒れそうになると足を前に出して足から受ける力で体を立て直そうとするのでしょうが、足を出
すことで安定させるので なく倒れる方向に加速する、つまりもっと 倒れようとすることで姿勢を保つように考えたわけです。 ここに私達の研究の特色、つまり全て逆の発想から取り組んでみるという スタイルが現れていると思いますね。
 「P 1」ロボット以降のものは腕が付き、台車を押すなどさまざまな動作の可能性が広がりました。「P 1」はまだ足と手の動きがばらばらで、手を 前に出すと自分の手の重みで体が傾いてしまうなど、脚腕間の協調がなかったのですが、「P 2」以降はそれらも改良され、さらに制御用コン ピュータやバッテリーがロボット本体に全搭載され、完全な自立2足歩行ロボットが完成しました。
 このようなロボットの開発にあたり、大切だったのが人間の動きのメカニズムを解析 する作業でした。ロボットの関節の配置や、モーターのパワーなど、あらゆるメカニズムを決定する上で、研究者たち自らが実験台と なって測定したデータが参考になりました。ロボットを作ることで改めて人間の体の 複雑さや素晴らしさを実感しましたね。