デジタル文化未来論
vol.31

21世紀、人間は宿命として4つの大問題を解決しなくてはならない

「発酵」というと思い浮かぶのは納豆やヨーグルト、味噌、醤油などの食品の数々。しかし食品以外にも「発酵」は我々の生活におおいに活用されているという。東京農業大学の小泉武夫教授の「発酵生産科学研究室」は、油を動物性から植物性に変える微生物や、色を瞬間的に消す微生物、痛風や血栓などの病気を治す微生物の研究も行っているユニークな研究室である。『21世紀の人間や地球を救うのは微生物』という小泉教授の唱える「FT革命」とは何か、そして微生物の超能力がもたらす驚くべき効用についてお話をうかがった。
小泉武夫さん
小泉武夫さん
東京農業大学応用生物科学部醸造科学科 発酵生産科学研究室 教授 農学博士 1943年福島県の酒造家に生まれる。国立民族学博物館共同研究員、福島県しゃくなげ大使、東都大学野球連盟理事などさまざまな分野で幅広く活躍。日本醸造協会伊藤保平賞、三島海雲学術奨励賞、日本発明協会白井賞など多数受賞。著作は「発酵」「日本酒ルネッサンス」(中央公論社・中公新書)、「酒の話」「納豆の快楽」(講談社)など80冊以上。
___まず先生が醸造学・発酵学の研究を始められたきっかけを教えて下さい。
私は280年ほど続く酒造家の生まれで、小さいときから酒蔵を遊び場にするなど、ずっと酒の中で生活してきたんです。例えば酒造用の米を蒸すために蔵の大釜で湯を沸かすんだけど、この湯を捨てるのがもったいないといって風呂の湯に使う。ところが、この湯で酒造りの道具まで洗うものだから、風呂の湯も酒臭いわけですよ。だから私の産湯(うぶゆ)は酒臭い湯でしたし、お食い初めも酒のもろみ、その上、子どものときから酒かすまで食べて酔っ払ってましたね(笑)。
 昔から食べることにとても関心があって、中学時代についたあだ名が「食糧事務所」。食糧事務所って国が食品を備蓄していたところのことなんだけど、そう呼ばれるくらい鞄の中は食料品ばっかりで、鯨の干した肉とか魚肉ソーセージ、コッペパンやらマヨネーズなどをとにかくいっぱい入れてました(笑)。マヨネーズは登校途中によその畑でトマトやキュウリといった野菜を勝手にとって食べる時に使うんですよ。そういう実にのんびりした環境で育ちました。
 大学では実家が酒造家なので迷わず醸造学を専攻。研究室で自分で作った酒を飲んでましたので「走る酒ツボ」とか呼ばれてた。
 さらに当時は「いくら食っても大丈夫」というので「鋼(はがね)の胃袋」っていうあだ名もあった(笑)。
 様々なあだ名遍歴のなか、やっと落ち着いたあだ名が今の「味覚人飛行物体」。さらに私に蟹を食べさせたら「ムサボリビッチカニスキー」っていうロシア風の名前にもなれる(笑)。蟹を食べるのが上手くて早いんですよ、私は。
 学生時代は植村直巳さんに憧れて冒険家になりたかったけど、植村さんのような根性も精神力も体力なかったので、楽して嬉しい冒険家はないものかと考えて思いついたのが「食の冒険家」になること(笑)。これが今の自分の活動の原点かもしれないですね。
 というわけで、今の私には7つの肩書きがある。まず「大学教授」、「エッセイスト」「作家」、つまり小説家。それと、廃棄する魚のはらわたから魚醤を作ったり、カボチャを原料に黄色い砂糖を作るなどの技術で現在26件の特許をとっている「発明家」。さらに「民族学者」「食の冒険家」、そして「造り酒屋のおやじ」(笑)。本当に人生楽しんでいますよね。
___先生は「FT革命」というものを提唱なさっていますが、これは
  どのようなものなのでしょうか。
 Fはファーメンテーション(発酵)、Tはテクノロジー。21世紀、人間は宿命として4つの大問題を解決しなくてはならない。ひとつは環境問題、2番目は人間の健康の問題、3番目は食糧生産問題、そして4番目はエネルギー問題です。人類が避けて通ることのできないこれら4つの問題を地球にやさしく、人類にやさしい微生物の力で解決しようというのが「FT革命」です。FT革命は21世紀最大の課題だと私は思っています。
円グラフ  国内の「発酵」に関する総売上における各分野の割合。「発酵の代表格」とも思える「食品」は意外にも全体の2割弱にすぎない。「これらをすべて足すと日本の国家予算ほどの規模になる」と小泉教授。「発酵」は私達の想像を超える巨大マーケットだ。