デジタル文化未来論
___微生物を使ってこれらの問題をどの様に解決するのですか?
 まず環境問題。今、最大の環境問題は生ゴミなんです。今まで海洋投棄していた生ゴミも今では国際条約で海に捨てられなくなりました。また生ゴミは燃やしても処理していますが、実際には生ゴミはドライではなくウエットなので700度Cから800度Cでくすぶりながら不完全燃焼を起こしてしまう。するとそこに塩素系の素材があればダイオキシンや環境ホルモンが発生し、当然大気汚染の問題も生じる。その上、燃やした後のところで焼却灰をどこにもっていくかという問題も生じる。生ゴミ処理というのは実にやっかいなんです。そこで最後の切り札となるのが微生物。微生物で生ゴミを発酵させて堆肥を作る。生ゴミでどんどん堆肥を作って農薬で汚れた土地を次々と作り直していけばいいんです。良い土で農業をすれば農薬や化学肥料なんて使わなくても済むんですよ。以前は完璧な堆肥を作るのに5年もかかったのですが、今の我々の研究施設では25日で完全発酵できるんです。我々は仙台近郊に世界一の規模の発酵槽を17本持っていて、1日に何十トンという生ゴミをそこで完璧な堆肥に変えて地元の農家に無料で差し上げています。生ゴミは発酵させることで資源になる。このようにリサイクルとしても素晴らしいことですよ。
 次に健康問題。これも間違いなく微生物が大きな役割を果たします。例えば抗生物質や抗がん剤なども発酵で作っているんですよ。
 微生物って1ミリの1万等分の1、つまり0.1ミクロンの大きさしかないけれど、そんな生物が生命や遺伝子を持って人間と共存している。現に我々の体の中には150兆個もの微生物が存在しています。もし今後人類が未知なる病気と遭遇しても、微生物は無限にあるので、その新たな病気に効く微生物は必ずや見つかります。なぜなら微生物は「自分以外の細胞は滅せよ」という遺伝子を持っている。だから微生物は自分が生きるために相手を殺すし、ガン細胞も破壊する物質をつくり、そして抗生物質も生産することができるんです。よって微生物を使えばどんな病気でも治せるようになるんです。
 身近なところでも健康のために微生物は活用されています。例えばアフリカのマサイ族は牛や山羊と生活を共にしていて、高蛋白なものを食べてるのに血液中には不思議とコレステロールがないし、血圧も正常の者ばかり。調べてみると、彼らは毎日発酵した牛乳を飲んでいました。この発酵乳にはコレステロールや血圧を下げる乳酸菌が入っていることが分かりまして、日本でも某社が早速この乳酸菌を使った血圧降下の効能のある乳酸飲料を作って売り出しています。日本においても、納豆や味噌など多くの発酵食品に保健的機能性のあることがわかっています。
___FT革命のなかで最もイメージがわきにくいのが食糧問題なのですが、
  これも微生物で解決できるのですか?
 人類はある有効資源が毎年7000億トンから1兆トンも地上に降ってきているのに今までそれを利用していないし、だいたいそれに気付いてもいないんですよ。何だと思います?実は落葉つまり枯葉なんです。枯葉は繊維でできていて、繊維は微生物の酵素で分解するとブドウ糖になる。言うまでもなくブドウ糖は生物のエネルギー源です。つまり微生物の酵素で枯葉を分解してブドウ糖に変え、それを動植物に食べさせて、その動植物を我々人間が食べる。こうすれば食糧問題も大きく解決するはずです。なぜ人類は今まで枯葉を利用しなかったのかとつくづく不思議に思いますよ。これは微生物における食料生産のほんの一例ですけどね。
 そして最後にエネルギー問題。原子力だけに頼っていていいのか、新しいエネルギーを模索しなくては、とみんな思っているでしょ?
 ここでも微生物が力を発揮するんですよ。例えばブラジルでは既に微生物が自動車を走らせています。芋を発酵させてアルコールを採り、それを蒸留して作ったエタノールで車を動かしています。これは素晴らしい無公害自動車ですが、でもコストもかなりかかってしまうんです。そこで注目したいのが生ゴミを発酵させて石油を作ることができるボツリオコッカス・ブラウニーという菌。この菌は生ゴミに対して87%の収量で石油を作ることができるんですよ。
 そのほかにも水素細菌が巨大エネルギーを作り出せる微生物として注目されています。エネルギー問題も微生物の力で間違いなく解決できますね。つまりこうして、21世紀の人類の、4つの課題は見事にFTによって解決されるわけです。
___微生物には地球や人類を救う思わぬパワーが秘められているのですね。
 本当に微細な微生物のもつ大きな可能性には驚かされますね。IT革命なんかよりもFT革命を早くしないと地球は滅びてしまいますよ。
 ところで発酵学の研究には微生物の解析やシュミレーション、さらには応用などでコンピュータは不可欠ですが、微生物はそれぞれアミノ酸の配列が異なっているので、物質の伝達方式も全部異なっています。こういったことを情報技術にいかしたバイオチップの研究も始まっています。そうなると手のひらに乗るくらい小さなコンピュータもできてくる。
 このようなナノテクノロジーの分野では日本はアメリカにやや遅れをとっているけれど応用微生物の分野は日本がトップレベル。東京農大にも「ナノバイオテクノロジーで世の中を直していこう」という意識の高い学生が集まってきています。小さなミクロの微生物の力を使って食糧問題、環境問題、健康問題、新エネルギーの開発など現代社会の大きな課題を解決していくところが発酵学の魅力であり、楽しさだと思いますね。
___どうもありがとうございました。
東京農大ホームページ画像
東京農業大学 http://www.nodai.ac.jp/
東京農業大学公式ホームページ
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