デジタル文化未来論


___では、すごく単純にいえば、人間も「clock-1」など寿命を司る遺伝子を操作すれば、より長生きになる、というわけですか?
 まあ、単純にいってしまえばそういう可能性もあるわけですが、しかし、まず第一に、人間の遺伝子を徒に操作するということは倫理的に問題があります。また人間は、遺伝子の数でいえば線虫の2倍もないわけですが、身体の組織や構造はずっと複雑で、その解明はまだまだこれからです。したがって、人間の遺伝子の中に寿命を司るものがありそうだ、種の寿命の特性は遺伝子によって決められている、ということがわかったからといって、すぐに単純に、人間の寿命を飛躍的に延ばす、という話にはつながりません。
 ただ、線虫の遺伝子のはたらきを研究していくと、いろいろなことがわかってきます。たとえば先に挙げた「clock-1」は、身体の活動のリズムを制御する遺伝子ですが、これに傷が付くと身体の活動のリズムが遅くなり、結果として運動や成長、老化が遅くなることによって寿命が延びる。大雑把にいえば、時間を引き延ばす、ということができると思います。
 また「daf-2」という遺伝子に傷を付けると、活性酸素を消去する酵素(SODおよびカタラーゼ)の産生が亢進する。活性酸素は、ミトコンドリアがエネルギーを作る際にできる燃えカスのようなものですが、ガンや痴呆症などの原因のひとつといわれている「酸化的ストレス」の原因になっています。したがって、たとえばミトコンドリアのエネルギーを制御する薬が開発され、これが人間に応用されれば、酸化的ストレスによってもたらされる様々な病気を克服する可能性が見えてくるわけです。
 結局、われわれが行っている遺伝子の研究というのは、寿命のメカニズムに於ける遺伝子の役割やはたらきを解明して、それを今後の医療や予防に役立てる、ということなんですね。たとえば、遺伝子情報というのはA(アデニン)、G(グアニン)、C(シトシン)、T(チミン)の組み合わせで構成されていて、人間の場合は全部で3〜4万個ということが、今年のはじめに突き止められています。で、そのうち99.9%は誰でも同じで、残りの0.1%に個人情報が書き込まれていて固体差が出てきます。100歳以上の人の遺伝子を調べて、特定の遺伝子座に共通点が見られれば、個々の人間のあらかじめ決まっている寿命が見えてくる。またある病気の人のある遺伝子座が、高い確率で特定のタイプであることがわかれば、遺伝子を調べれば発病が予測できるわけですから、病気の予防、予防医療がぐっとしやすくなるわけです。
 21世紀の医療は発症した病気を癒す、ではなく、あらかじめ病気を防ぐ予防医学だといわれています。われわれの行っている遺伝子の研究は、むしろ予防医学に役立てることによって、結果的に寿命を延ばす、と理解していただければと思います。
___ヒトの寿命のメカニズムが解明されるまでには、あとどれくらいの期間が必要なのでしょうか。
 一概にいつ、とはいえませんが、実際にはすでにSODとカタラーゼの両方の効力を持つ薬が開発され始めていますし、その他さまざまなアプローチで寿命のメカニズム解明への取り組みがなされていますから、かなりのスピードでいろいろなことがわかってくるのではないかと思います。
 われわれの研究も、線虫を使った第一段階は一応の成果を得ましたし、現在はより人間に近い組織や身体の構造を持ったマウスでの研究を開始していて、線虫のときと同じようなデータを蓄積しつつありますから、3年以内にはある結論を導き出せると思いますね。それに、線虫は構造が単純ですから人間の、たとえば癌や脳卒中、心臓病などの病気とそれを抑えるメカニズムはわかりませんが、マウスならそれがわかってくる可能性もありますから、より多くの成果が出せるはずです。
___ありがとうございました。
text by : 前田 寿一