カーボンナノホーンの構造をCGで表したもの。
カーボンナノチューブとは異なり、一端が閉じた裾広がりの、
角(ホーン)のような形になっている。



カーボンナノチューブの実用化はどこまで進んでいるのか

●カーボンナノチューブの最も大きなメリットはなんでしょう?

 現在のいわゆるナノテクノロジーでは、たとえばシリコンなどを切って細い配線を作ろうとすると、 100ナノメートルくらいが限界なんですよ。これを70ナノメートル、50ナノメートルにしようというプロジェクトが半導体業界や国によって進められていますが、 その点カーボンナノチューブだったら最初から直径1ナノメートルの配線を作ることができる。その点が、最大のメリットですね。  ただ、今度は直径1ナノメートルの、しかも同じ電気特性を持つカーボンナノチューブをたくさん作ってきちんと並べるという技術が必要になるわけですが、 これはなかなか難しい。IBMなどがカーボンナノチューブを使ったトランジスタを開発し、 論理回路は完成したようですが、基礎はできつつあるにせよ、製品化、量産化という段階では、まだないと思います。

●とすると、カーボンナノチューブを使った電子部品などの実用化は、どんな形で現れるのでしょうか。

 カーボンナノチューブやカーボンナノホーンの特徴として、1〜2ナノメートルという非常に細い、 いい方を変えれば非常に尖った物質ですから、電子放射の効率がよいという点が挙げられます。 だからたとえば、これをペースト状にして電子部品として用いると、少ない電圧でより多くの電子を得ることができる。  この特性を応用すると、たとえばプラズマディスプレイより消費電力が少なく、 液晶よりも明るい電界放射型のフラットパネルディスプレイを作ることができます。 要するに、カーボンナノホーンのペーストを、ブラウン管の電子銃のように用いて、蛍光体に電子を当てようというわけです。 実際、この電界放射型フラットパネルディスプレイは、もう実用段階にまで来ていて、韓国のサムソンなども試作機を発表しています。あとはどうディスプレイ市場に参入するか、というところですね。  もうひとつは燃料電池というもので、これは化学反応のエネルギーを熱ではなく電気に変えるというもので、 水素やメタノールを燃料に用いるわけですが、そうするとたとえば乾電池やリチウム電池に比べて、エネルギーの量を桁違いに大きくできる。 リチウム電池の軽く10倍くらいはいくと思いますね。その水素やメタノールを酸素と反応させる触媒電極の部分にカーボンナノホーンを使うわけですが、 触媒電極部分そのものは膜状のものなので、電池自体の大きさはかなり小さくできますし、 また触媒電極部分の面積によって供給電力を大きくすることもできる。これは一応、2005年くらいに実用化、 と考えて研究を進めていますが、携帯電話メーカーなどから、第三世代携帯電話の登場を踏まえて、もっと早く製品化できないかという要望は多い。 市場的には、この燃料電池が一番求められているという感触です。

●では、ここ数年の間に、カーボンナノチューブやカーボンナノホーンを使った製品が
  実際に登場すると考えてよいということですね。


 そうですね。今年中にこうなる、というまで早くはありませんが、 今述べた電界放射型フラットパネルディスプレイと燃料電池に関しては、 NECだけでなく他のメーカーからも、早い段階で出てくる可能性は非常に高いと思います。  あと、別の用途としては、ガス(気体)の吸蔵材料としても注目されてますね。 物質というのは、細かくすれば細かくするほど、同じ体積での表面積が大きくなるわけですが、 これは水素やメタンなど気体の貯蔵に非常に都合がいい。これはたとえば、メタンガスで走る自動車の燃料貯蔵などへの応用も考えられています。 もっともこれはまだデータが出始めた段階なので、いつどのような形で実用化されるかはっきりしたことは申せませんが、 市場は大きいですから、一旦形が見えれば早いのではないかと思いますね。

●カーボンナノチューブやカーボンナノホーンには、その他どんな可能性が考えられるのでしょうか。

 トランジスタやあるいはCPUなどの開発への利用は、先ほども申した通り1ナノメーターの配線をきれいに並べるとか、 これに電極を付けるとか、かなり細かい技術の開発が必要ですから、近い将来ということではないと思います。 また一方で、100ナノメートルを70、50にといういわばトップダウン的なナノテクノロジーの研究が先に着手されていますから、 カーボンナノチューブのような小さいものを組み立てていくボトムアップ的なナノテクノロジーの研究開発は、これからの課題でしょうね。  とはいえ、可能性としては十分あるわけですし、トップダウン型の研究が進んでいる一方で、 カーボンナノチューブの発見によってボトムアップ型の研究も進められるようになったことで、 ナノテクノロジー全体の進歩を考えれば、これから面白いことがどんどん出てくるはずです。  カーボンナノチューブの用途でいえば、エレクトロニクス素材以外でも、ナノメートル単位の小さな表面を使ってなにかの化学反応を調べるとか、 あるいはDNAサイズの薬の開発とか、バイオテクノロジーの応用だとか、いろいろな可能性が考えられます。 また材料がカーボンですから、無機材料として使うだけでなく有機材料としての応用も考えられる。 いずれにせよ、ナノメーターサイズの素材が現実に誕生したという点では、21世紀の技術進歩の中では、かなり重要な要素だということは、断言していいと思っています。

久保氏の研究グループが試作中の、カーボンナノホーンを使った燃料電池の試作品(右)
従来の乾電池などに比べ、格段に長い寿命が期待されている。

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