「デジカメリサーチャーになろう!」
The GOOD,The BAD and The UGLY...


“学者”とか“研究者”ってなんかカッコイイよね。憧れちゃう。
しかしリサーチ(研究)ってのは科学者や大学・研究所勤めの人しかやっちゃいけないのかっていうと、ぜんっぜんそんなことない。たとえばそのへんに転がってるデジカメ。買った当初は子どもやペット、旅行の写真なんか嬉しがって撮ったものだけど、最近……うーん、使ってないかも……。
そんなデジカメを活用して、君もリサーチャーになってみない?

激写!
バッドデザインを暴け!



「デジカメリサーチャー」とは、スペックもデザインも百花繚乱のデジカメ市場をつぶさに観察する人……ではなく“デジカメ「で」リサーチする人”と定義してみよう。写真とリサーチを組み合わせて面白い発見を世に問うた例として、建築探偵や路上観察学会、はたまた“VOW系”(※1)と呼ばれる奇妙な看板や標示の間違いをウォッチしコレクトするムーブメントがあった。こういうのは、見つけても「へー、面白いね」と通り過ぎればそれまでだが、記録+考察+発表することで立派に“研究”になっちゃう(はず)。写真に撮りつらつら考え、そして気づいたことをコメントとしてまとめる。現像コストとかフィルムの枚数を気にせずメモ感覚で撮りまくれるデジカメにぴったり。加えて、ネットで日記公開してるような筆まめ(じゃなくてワープロマメ)な現代人のあなたならすぐにでも始められるはず。
 じゃ、さっそくやってみよう。さしあたって「バッドデザイン研究」なんてテーマはどうだろう? グッドデザイン=オシャレな雑貨や素敵なインテリアを撮影するんじゃなくて、あえてバッドなデザイン――いわばデザインの間違い探しをしちゃうわけ。これ、けっこう身の回りにごっそりあるから驚き。まず(※2)の写真を見てもらおう。日常には、ちょっとしたことでこちらをいらだたせるデザインの落とし穴があちこち口を開けてるんだね〜。こうした事例を集めるうちに、リモコンとは目で見るよりも触覚で操作するインタフェースであることがわかるし、デザインが間違っていれば人は自分勝手に解決法を編み出してしまうこともわかってくる。
 ドアの例は、バッドデザイン研究の大家、ドナルド・A・ノーマンの名著『誰のためのデザイン?』(※3)にも紹介されている。この人こそ認知心理学を実験室の外に出した最初の研究者。人が情報や環境をいかに認知し使いこなすのか、についての考察は、無機的な実験室ではなく、むしろ日常生活を観察することで明らかになる。使いにくい道具、衝突の起こりやすい交差点、航空機事故や発電所の事故――ちょっとしたイライラの種から、壊滅的な被害をおよぼす重大事故まで――人間の不注意が悪いんじゃない。人間はそもそも間違いをおかすもの。だったら間違いを誘発するデザインこそ諸悪の根源!と、世のバッドデザインを糾弾し続けている(もちろんパソコンやデジタル機器も槍玉にあがる)。
 ノーマンが提唱した重要な概念に「アフォーダンス」という語があるが、これは“行動を誘う手がかり”ぐらいの意味。ボタンがあれば押してみたくなる、丸いものは転がしたくなるのが人情……てなぐあい。正しいデザインは正しい操作をアフォードするものであって、そこんところがなってないと「使用上の注意」や「使い方」の説明が必要になる。つまり本当に良いデザインとは説明を要しないもの。ノーマンの著作には銀行のATMや駅の券売機に貼られた不細工な注意書の写真がいっぱい載っている。「注意!このボタンを押さないでください!」って紙が、一番おっきなボタンの横に貼ってあったりしてね(笑)。こういう例は日本でも色々見つけられそう。お出かけの際にはデジカメをお忘れなく。

※1 変なものウォッチング?
赤瀬川原平、南伸坊、そして西洋建築探偵・藤森照信らは都市の無用芸術“トマソン”のリサーチを経て路上観察学会を立ち上げた。「路上観察学入門」(筑摩書房)など、写真による実例報告が読んで見て楽しい研究論文(著作)多数。「VOW」はもともと雑誌「宝島」内の一企画だったが、いまや“街のへんなものウォッチング”の意味で普通名詞化している(?)

※2 筆者が見つけたバッドデザイン

よくあるテレビのリモコン2ケ。しかし左はグッドで右はバッド。左には、右のような曲線がないので、ぱっと手にとった時に上下がわからないから常に目で確認して操作しなければならない。ぼんやりしてると電源切るつもりでタイマースイッチ入れちゃったりしてうっとおしいのだ。


左の蛇口は、下のレバーを手前に動かして水を出す仕組み。利き手(右手)でうっかり操作すると手首にジャーっと水がかかる(超バッド!)。

右は押してあけるドア。しかしつい引っ張りたくなるバーがついている。バーを引いて間違いに気づいた人は、以後バーなどおかまいなく手をついて押し開けることに。結果、人々の手形でペンキが剥げた。

※3 勘違いデザインはノーマンにきけ!
「誰のためのデザイン?――認知科学者のデザイン原論」では日常のシンプルな道具や建築、環境に潜む邪悪なデザインを告発。標的をデジタル環境へと広げた「テクノロジーウォッチング」ともども新曜社から翻訳が出ている。わかりやすくてケッサクな名調子で、学生や専門家だけに独占させるには惜しいオモシロ本。ノーマン氏のサイト(http://www.jnd.org/)では、英文で最新エッセイも読める。「DVDのメニューはなぜこうも使いにくいのか」といった内容。全く同感。ノーマン先生、言ってやって言ってやって!


text by 北村祐子