「キーボード」に対して疑問を持ったことはないだろうか

 Macintoshや他のコンピュータを使っていて、1番多く行う作業は、恐らく文字/文章の入力だろう。そして、本誌の読者なら、ほとんど空気を呼吸したり食物を嚥下するのと同じように無意識に、Macに向かって文字を入力している人も多いと思うが、しかし、文字を入力したり、文章を書くのに、何故現在のようなキーが100個以上並んだキーボードを使わなければならないのか、疑問に思ったことはないだろうか。
 また、Macに限らずどのコンピュータ用キーボードを見ても、ほとんどすべてがいわゆる「QWERTY」方式のキーボードである。日本だとキートップにかなが刻印されたJISキーボードになるわけだが、これは要するに、「QWERTY」型のキーボードにかなを(半ば無理矢理に)割り当てただけのものだし、かなキーではなくアルファベットキーを使ったローマ字入力を選択しているユーザも決して少なくはない。
 ところで「QWERTY」方式は、よく知られているように、タイプライター文化の中で発達してきたキーボード配列だ。アルファベット26文字と40個くらいの記号の配置(および各キーとshiftキーの組み合わせ)さえ覚えてしまえば済む欧米の言語記法文化の中では、確かに合理的な配列ではある(基本的には文章内での文字の一般的な登場頻度によって、指が届きやすい位置/届きにくい位置を各文字に割り振ってある)。

 しかし、日本には、むろん和文タイプなどはあったが、広く生活の中に「キーを叩いて文字を打つ」という習慣はなかったといってよいだろう。それを改めて思い起こすと、いってみれば日本語に馴染むはずもない現在の形のキーボードしかないのに、これだけコンピューティングが普及していることこそ、むしろ不思議だと思わざるを得ない。

日本語の「綴り方」に対するもっと自由で新しい発想

 もっとも、富士通が開発した「親指シフト」方式や、電子辞書などで見られる50音配列のように、日本独自のキー配列の試みも確かにある。ただ、いずれにせよ、日本語をキーを叩いて入力するには最低かな50文字分のキー(あるいは50文字を表せるようなキーの組み合わせ)を覚えなければならないわけで、この方法は習熟すればかなり高速に(手で書くより速く)日本語を入力できるというメリットもあるが、一方でこれが日本人とコンピュータとを遠ざけるひとつの大きな要因になっていることに、疑問を差し挟む余地はないだろう。
 実際、身近にいる「コンピュータの苦手な人」を思い浮かべてもらえると話は早いが、彼らの多くは(主に言葉を綴る上での)キーボード、すなわちコンピュータと自分との接点に馴染めない場合が多いはずだ(むろん他の要因もあるだろうが)。
 そうした人々の中には、もちろん、肢体になんらかの障害を持つ人も含まれる。

左右の手10本の指が自由に動かせるのであれば、苦手意識があったとしても訓練次第で現在の形のキーボードに対応できるかもしれない。しかし、そうでなければ、現在のキーボードの形に合わせて開発されたいわゆるタッチタイピングのメソッドとは違うメソッドを自分で考案しなければならないし、考案したとしても、思い通りに言葉を紡ぐことが困難な場合のほうが多いだろう。
 したがって、極端にいえば日本語を綴ることを前提に開発されたものではないという点、そしてキーの数やキーの組み合わせの数が多い=習得が困難という点、現在の形のキーボードが内包するこの2点の問題について、もっと自由な発想による新しい解決方法の提示はやはり期待されるわけだが、実はそのひとつの独創的なアイデアが、東京大学のある研究室で、学生の卒業論文として誕生している。

本稿で紹介する「tagtype」という、変換キーなどの操作キーを除けばたった10個のキーと2本の親指だけで、50文字のかな入力を、それもそれなりのスピードで実現できるかな入力方式である。

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