ユニバーサルデザインに関する卒論から誕生した「tagtype」

 「tagtype」を考案した田川欣哉氏は、考案のきっかけについて「子供の頃から家族同然に親しくしていただいていた方で、生後間もなくポリオを患い、その後遺症で重度の肢体障害を抱えている方がいるんです。その人は現在小説家なんですが、いつもキーボードで文章を書くのに苦しんでいた。そこで、楽に使ってもらえるような入力装置が作れないか、と考えたわけです」と語る。
 ちなみにその作家とは、歴史伝奇小説などで知られるえとう乱星氏(*1)。えとう氏は、腕が90度に曲ったまま伸びない、腕を自分で支えておくことができない、左右10本の指をすべて自由に動かせない、という状況で、文章を執筆するためにワープロやコンピュータのキーボードに向かわざるを得ず、結果、「頭の中に浮かんでは消える言葉を、残すのがまるで間に合わない」(*2)という不満を持っていた。そこで田川氏は、卒論のテーマとして選んだユニバーサルデザインに関する研究のモチーフとして、えとう氏が苦痛なく文字入力を行えるような入力装置/入力方式の考案、開発に着手したというわけだ。

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 ちなみに田川氏が卒論のテーマに選んだユニバーサルデザインとは、「(個別の条件への)適応や特殊化された設計を必要としない、考えられ得る最も大きな範囲に向けられた、すべての人々にとって利用しやすい製品と環境のデザイン」のことを指す(*3)。したがって田川氏は、えとう氏にとって使いやすい入力装置という条件を踏まえつつ、「それを元にして、たとえば単にキーボードが苦手な人でも、習得に時間がかからず、それなりのスピードで日本語が打てるもの」という目標を立てたわけだ。

誰にでも覚えやすく、使いやすくそれなりに高速な入力装置が完成

 では、まずえとう氏に楽に使ってもらうには、どのような入力方式を取ればよいか。そのヒントになったのは、家庭用ゲーム機だった。「ちょうど卒論の作業を始めたとき、えとうさんのお宅に遊びに行って、そこでえとうさんがテレビゲームをやっているのを偶然お見かけしたんです。そうしたら、いつもキーボードに向かって苦労している人が、ゲーム機のコントローラを苦もなく親指で操作して、楽しそうにゲームで遊んでいる。で、思わず“おじちゃん、それ疲れないの”って訊いたんです(笑)。

 そしたら逆に、なんでそんなこと訊くのか、っていう話になって、じゃあ、左右の親指2本を使うんだったら、大丈夫なんだな、と思ったわけです」。
 そこから「tagtype」は、一気に現実的なアイデアに結実していったわけだが、もうひとつのひらめきは、50音を「10行×5段」ではなく、「(5行×2)×5段」と発想したことだという。
 これによって、5つのキーが左右対称に10個並んだ「tagtype」の原型ができた(10個のキーなら親指が無理なく届く範囲内に収まるという点でも、理に適っている)。すなわち、右列で「あかさたな」もしくは左列で「はまやらわ」とまず行を選択し、続いて左右どちらかのボタンを使って「あいうえお」の段を選択し、かなを決定するという方式である。
 その後、実際に試作機をえとう氏に試用してもらい、キー配置などに関する意見を参考にしつつ、「tagtype」が完成。えとう氏が実際に文章執筆に用いられるものができたのはもちろん、基本は10個のキーのみといった設計により短い習熟時間でそれなりのスピード(*4)も実現した。つまり、最初に掲げたふたつの目標は、達成されたわけだ。

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1.えとう乱世/作家
1989年、時代小説「中風越後」が小説CLUB新人賞佳作を受賞後、単行本「螢丸伝奇」(青樹社刊。現在は青樹社文庫所収)を発表しデビュー。以後「切柄又十郎」シリーズ(ケイブンシャ文庫)など、時代小説や歴史伝奇小説のフィールドで執筆活動を行っている(http://www.ransei.com/)。

2. 頭の中に浮かんでは…
2000年11月20日に発表された「tagtype」ニュースリリースより引用

3. ユニバーサルデザイン
米ノースカロライナ州立大学、ロン・メイス教授ほかの定義による。

4. 短い習熟時間でそれなりの…
2時間程度の練習で実用的なスピード(毎分30〜40文字)で打てるようになるという。習熟者で毎分60〜70文字とのこと。ちなみに通常のキーボードでタッチ
タイピングを行った場合は、毎分100〜150文字程度。

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