子どものペパクラ
大人のペパクラ
「子どもの頃、何して遊んでたっけ?」――パソコン、ゲーム機、DVDソフトが乱雑に詰まった部屋でふと思う。いまある物はぜんぶなかった。ちょっとお金持ちの娘の家にはドールハウス、男のコんちには鉄道模型やプラモデルがあったけど、それもない。でも全然退屈しなかったなぁ。
いま思えばペーパークラフトにハマっていたのである。それも雑誌の付録やお絵かきノートの裏表紙についてた紙の着せ替え人形。切り離して折って組み立てて……。ほら、人形の家も乗り物も街もできちゃう。ただの紙から立体が立ち上がる不思議さ。ぶきっちょだから歪みまくって糊もはみ出してるけど、いいのいいの。紙の街を窓辺に置くと、光の加減で表情が変わる。夜は懐中電灯で照らしてやるのも素敵。とりどりの影――家の窓に色セロファンを貼ったらどうかしら。そうだ、科学キットについてきた豆電球を仕込んだらもっと素敵! 思いつきは次から次へと湧いてきて、紙の街はいよいよ発展する。元の付録を型紙にして、新しい家やお店屋さんを自前で設計することもできる。着せ替え人形の服だってなぞって切って塗って、自分でデザインしてしまう。昔の私が飽きることなく熱中していた紙工作は、引っ込み思案な子どものための“夢の装置”だったんだ。
そんなことを思い出させてくれたのは、アメリカ人カートゥーンニスト、クリス・ウェア(Chris Ware)の作品だった。代表作『Jimmy
Corrigan: The Smartest Kid on Earth』は「漫画を越えたグラフィック・ノベル」として全米で絶賛を浴び、英国Guardian紙のFirst
Book Awardにも輝いた。「言葉を必要としない、ダイレクトに胸に伝わる孤独」と評されるその内容は、どうしようもない中年男の逃避的な夢想、離散家族、児童虐待……シャレにならないほど絶望的なアメリカ病(日本病にもなりつつある)を描いている。なのにフルカラーの画はあまりにも美しく、そのギャップがまた胸をしめつけるような感興を呼ぶ。
ウェアのコミックには、決まってペーパークラフトがついている。『ジミー・コリガン』の半ばには古きよき時代のシカゴの邸宅(庭つき)のクラフトがあるし、短編を集めた『The
ACME Novelty Library #15』にはさらに大がかりなペーパークラフトがついている(組み立てるとパラパラ漫画のビュワーになる!)。そしてこれらは、ウェアのファンであればあるほど絶対に組立てられないようになっている。鋏を入れてしまったら、裏に印刷されているコミックがずたずたになってしまうからだ!
紙面に整然とデザインされた部品の展開図は、それだけで完璧な作品になっている。「これを組み立ててしまったら、かえって作品の美を損なうのではないか」――そんなことまで考えて、たかが“付録”に鋏を入れられないなんて……。ペーパークラフトを組み立てられない、それすなわち「大人になってしまった」ってことなのかしら?
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