関係性の未来

人と動物、共生を学ぶ動物園 - 長崎バイオパーク


____動物と人間は、近づき過ぎてもいけないんです。 適正な緊張関係があってこそ、共生が成り立つんだと思います。

人間にとって自然との共生は、未来を考える上で、欠かすことのできない一要素だ。

地球上がネットワークで結ばれ、テクノロジーが進歩すればするほど、自然と人間との関係性が、重要なテーマとして浮上していくだろう。長崎に、人と動物が同じ目線で存在しあうことのできる動物園がある。

このバイオパークにライオンやゾウはいない。ラマやカピパラなど、草食性の動物がのんびりと園内を闊歩し、思わぬ場所から毛足の長い猿が現れる「柵のない動物園」だ。環境・設計・公開方法ともに、今までかつてない画期的なコンセプトによって生まれた長崎バイオパーク。

それは、自然と人間の関係性を模索するための、新しい冒険といえるのかもしれない。


長崎バイオパーク
長崎県西彼杵郡西彼町にて昭和54年12月開業。農水省から自然休養村事業の指定を受けた農業法人「グリーンメイク」が前身。動植物園設計の権威であった故・近藤典生博士(東京農業大学教授)の指示のもと「21世紀の生物公園」を目指し、動物の習性を引き出す展示方式である「無柵放養式」を採用した動物園。ラマ、カピパラなど中南米の草食動物を中心に、現在、約150種の動物を展示している。


群れて生活するカピパラ。子供も人を警戒することはなく、撫でれば心地良さそうに目を細める。


見た目よりもかなりごわごわした、枯れ草のような手触り。


親しげに肩に乗るリスザル。鮮やかな色合いが特徴。


各所に設けられた、それぞれの動物専用の餌販売機。電気仕掛けではなく、手動式。赤い色が動物の目に触れないように木で囲われている。

生態系展示の動物園

長崎市の街を抜け、大村湾の静かな海面を眺めながら、車に揺られ、約一時間。のどかな風景が続くその先に、忽然と姿を現す岩山。それがバイオパークの入り口だ。ここは「柵のない動物園」として、従来の「檻の中に居る動物を見せる」標本形式とは全く違ったコンセプトによって作り上げられた、世界的にも稀な動物園である。

もともとは観光農園として、釣り堀や栗取り、柿もぎなどを細々と行っていたこの場所がドラスティックに変貌を遂げるのは、生物学・農学博士の故・近藤典生氏との出会いからだ。「この土地を活かして自然公園を作りたい」と考える創設者の意向を受け、現地を訪れた近藤博士は、この地域に大木が一本もないことに気づいた。「木が根を張れないということは、この土地は岩盤の上を土が覆っているだけの土地であろう」と推測、試しに周囲を掘ってみたところ、程なく岩に突き当たった。この岩がちの土地を活かすには、中南米の生態系が適している、と結論付け、その方向で動物園を設計していくことが決められた。本来の生態系になるべく近づけるために、植物や岩、池などがある環境を作り上げるという発想は、それまでの動物園にはない画期的なものだった。

現在、園内中央にそびえる巨大な岩山は、もとは全面を土で覆われていたのを、すべて人力で掘り出した。シャベルカーを用いれば簡単に行える作業を人の手で行ったのは、機械を用いれば岩に機械の傷跡がついてしまい、自然の風合いを出すことができないからである。できる限り自然を感じられるものを作りたいという意志が、すべてに貫かれていることを物語るエピソードである。

自然と本能が作る「檻」

園内を歩いていて驚かされるのは、ほとんどの場所に柵や檻がないことだ。冷たいスチールの柵や檻、もしくは車のガラスなどに人と動物が分断されることなく、自然な姿を眺めることができる。例えば、入園まもなくして現れるクモザルのゾーンでは、池という環境を上手に使っている。水に入る習性のないクモザルが池を越えることはないので、客は、ほんの数メートル離れた場所で、のびのびと綱渡りをして楽しむクモザルの生態を眺めることができる。そしてクモザルも檻というストレスを感じることはない。すなわち、動物の習性を理解した上で、柵がなくとも境界を超えることのない「自然の檻」が設けられているのである。逆に言えば、こうした形で客と間近に触れ合える動物を選んでいるので、ライオンや象など、肉食や大型の動物は選択肢から外れることになる。「お客さんからは、ライオンが見たいという要望も寄せられるのですが、ライオンや象がいなくとも楽しんでもらえるようにしていきたい」と語る山口園長。基本理念を貫くことと、エンターテイメント性の両立は、困難ではあるが園を持続していく上で大切な課題でもある。たとえば、園内には自動販売機が見あたらない。長崎という南国の土地柄、夏場に長い順路を歩く客のニーズを思えば当然あるべきと、普通なら考えるだろう。しかし、自動販売機の発する電気音は動物を萎縮させてしまうかもしれない。鮮やかなデザインの缶、特に赤などの色は攻撃色と受け取られ、客がそれを手にすることで動物に緊張を与える可能性もある。だから、自動販売機を置くことはしていないのだ。人の利便性だけを追求するのではなく、動物と人とが共存する可能性のヒントが見え隠れする。



臆病な動物という印象のミーアキャットも、近づけばこのように喜んで餌を強請りに来る。


絵本にもなったカバの「モモ」が成長し、7月に第二子の女の子を出産。現在、この赤ちゃんカバの名前を募集中。詳しくはバイオパークのHPまで。


長い尾を器用にロープに巻き付け、それだけで体を支えぶらさがる生き生きとした姿を見ることが出来る。


のんびりと餌を手にしていると彼らに囲まれてしまうことも。鮮やかなピンクの羽に触れても嫌がられることはない。


人が来ても逃げることなく大人しく撫でられているカピパラ。

のびのびとした
動物たちの素顔と距離感

普通は放し飼いになっていないような動物が園内を闊歩していて、突然の出会いに驚かされることもしばしばだ。ネズミの種類としては世界最大級のカピパラは、本来、非常に警戒心の強い動物だが、ここでは人が近づいて直接触れても動じることなく、のほほんと平和そうに客用通路をさえぎり昼寝をしている。恐る恐る近づいて首の後ろを掻いてやれば、やがて腹を出して横たわる有様で、その愛くるしい仕草には思わず表情もゆるむ。毛足と尾の長いキツネザルが餌をねだって近づいてもくる。手に餌を載せ、身を屈めれば、小さな手でしっかりとこちらの手を握ってくる。餌を取り美味しそうに食べ、終わればスッと離れていく。そこにはある種の距離感が存在する。

「動物と人間は、近づき過ぎてもいけないんです。近づきすぎ、馴れ合ってしまえば、人間は動物に無理なことを強いるかもしれない、そして動物も、人間を必要以上に恐れなくなると危害を加えたりするかもしれない。互いは同等でなくてはいけないんです。適正な緊張関係があってこそ、共生が成り立つんだと思います。」日本で初めてカバの人工保育に成功した伊藤次長はそう語る。要するにここでは、来園者は単なる「客」ではない。漫然と檻の前を通過していればいい、普通の動物園ではない。動物のテリトリーに入ることを知り、その礼節を知り、距離を知る。見知らぬ動物と出会い、触れ合うためのルールを知る。それを自ら学ぶ場でもあるのだ。

理想とエンターテイメントの
境界線はどこか

この動物園の特長として、各動物のゾーンに、それぞれの餌が販売されている。ほとんどの動物に来園者が餌をやることができ、園側として日々動物に与える餌は、それを計算し少なめになっている。従って、動物たちは客を「餌をくれるかもしれない人」と認識して、こちらの行動を観察している。餌を買うか否か、その行動をじっと見つめられていると、一体どちらが「見る側」なのかと不思議な心持ちになる。「これもある意味、対等な立場というわけです」と伊藤次長は笑う。来園者は、動物とダイレクトに関わり合う喜びと緊張感を味わうことができる。餌を買った瞬間、こちらを観察していた動物たちは大歓迎して客を出迎えてくれるからだ。

本当の生態系を考えるのであれば、客による動物の餌付けは邪道とする考え方もあるだろう。しかし、自然に近い環境の中、自分の手から与えた餌を喜んで食べる動物の姿を見れば、少なからず自然や動物を慈しむ気持ちが来園者に芽生えるに違いない。

インターネットで理解を深める

こうした特殊なコンセプトを、まだ訪れたことのない人々に理解して貰うのは容易なことではない。その一助となっているのが、今から2年前に開設したホームページだ。取り組みとしては決して早くはないが、その分、無駄のない効率的なサイト構成。フラッシュを積極的に取り入れたバーチャル動物園は、良く工夫されており見ていて楽しい。「HPを開設してから、わざわざ遠くの県から来てくれるお客さんが増えました。動物質問コーナーを設け、お客さんとのコミュニケーションも図っています。アンケートに答えると入園料が割引になりますので是非ご覧になってください」と山口園長。バイオパークに興味を持たれた方は、まずこのサイトにアクセスしてみてはいかがだろうか。



ドーム状の植物園には草木の他、南国の虫たちや鳥、そしてコウモリが放し飼いにされている。足下にはのそのそと亀が歩き、ぼんやりしているとその亀たちを踏みつけてしまいかねない。都会の植物園では、鳥の鳴き声はスピーカーで流されているに過ぎないが、ここでは、本物の賑やかな鳥のさえずりが来園者を迎える。その鳥たちが、鮮やかな色の南国の花の上に戯れるコオロギを捕らえて食べることもしばしばで、閉ざされたこの空間にも生態があることを身近に感じることができる。思いがけず蝶が頭にとまり、昆虫嫌いの女性が悲鳴を上げることもあるこの動物園。単なる展示物としてではない形で自然や動物と接することは、人としてこれまでの生き方を振り返り、そして改めてこれからどう生きていくべきかを考えるきっかけになるのかもしれない。


およげないカバ モモ
愛 静香・文 増田千佐子・絵 伊藤雅男・監修

長崎バイオパークで生まれ、人工飼育されたカバの子、モモと飼育担当だった伊藤次長との間に起きた実話を題材にした絵本。ほのぼのとした優しい絵柄とともに、人と動物との穏やかな触れ合いが語られている。
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長崎バイオパーク
オフィシャルサイト

賑やかなイラストと生まれたばかりのカバの赤ん坊の写真が出迎えてくれる、心和むサイト。


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