白百合クラブの極楽音楽人生。

終戦の翌年、沖縄県石垣島に住む若者で結成された「白百合クラブ」。以来、平均年齢70歳となった現在まで、オリジナルメンバーで活動を続けている。舞台上で歌い踊るおじぃ、おばぁは艶々として美しく、まるで極楽の住人のようだ。彼らのいるところには、幸せな気配が満ちているように見える。彼らの極楽人生はどこからやってくるのだろうか?




昭和21年、白百合クラブは石垣島の白保で結成された。クラブの核はリーダーの西玉得浩さんと多宇郊さん(故人)。音楽を愛する二人が始めた。クラブに在籍した者は60名余りを数え、現在も17名が活動している。

白百合クラブリーダー | 西玉得浩さん

極楽というのは特別なことではなくて、非常に身近な何でもない場所なんですね。

8月17日、石垣市民大ホールにて、結成57年の長寿バンド「白百合クラブ」の石垣島凱旋ライブ・映画上映会が行われた。白保調といわれる独特のアップテンポ。観るものを幸せにしてしまう不思議な力。演奏が上手いわけではない。けれど、ぐぐっと胸に込み上げるものがある。今までに、これほど楽しそうに演奏しているバンドを観たことがあるだろうか。何か凄いものを見てしまったという余韻は、いつまでも消えることがなかった。白百合クラブの本拠地、白保は島の中心から車で20分。安価な外国産におされて閉鎖されたというパイナップルの缶詰工場を越えたところにある。誰もいないひっそりとした百合ケ浜。そこはやはり、奇跡のように美しい場所だった。
 白百合クラブの創始者であり、リーダーでもある、西玉得浩(にしたまえ ひろし)さんに、お話を伺った。「白保は小さな集落ですけれど、終戦後、ほとんどの人から笑顔という笑顔がなくなって、毎日の生活に追われていました。そういったなかで、僕は音楽が好きだったので、友人とハーモニカを楽しんでおりまして。みんなと一緒に歌って遊んでいるうちにひとつのグループになったんです」。
 昭和21年、白百合クラブは石垣島の白保で結成された。以来57年。クラブに在籍したことのある者は60名余りを数え、現在も17名が活動している。物のない時代。瓢箪でマンドリンを作り、バイオリンの弦は墜落した戦闘機のワイヤー。衣装は兵隊が残していったパラシュートを利用。映画館の暗闇で仲間と苦心して流行歌を記録し、覚えた曲を演奏した。こうして、石垣島の最先端をゆくバンドとして、そうとうな人気を誇ったクラブだが、演奏の収益を懐に入れることはせず、地域に必要なものを寄付していった。「私たちのクラブは遊び。自分達なりの楽しみですから。あの当時、ボランティアという言葉も何もない時代で、社会に奉仕しようという気持ちもなくて、自然になったことです。」戦後、島でマラリアが大流行したときには、死んでいく人たちの枕元で演奏することもあった。「戦争の後は、食べるものがなくて、生きるか死ぬかの境目だったんですね。今考えると、とても人間らしい生活じゃなかったと思います」。悲しみを明るい歌や踊りに変えてきた白百合クラブ。自らも楽しみ、人をも楽しませることで生き抜いてきた。





 地元でマイペースの活動を続けてきた彼らだが、機内誌の記事を見た中江監督の依頼で、沖縄サミットのオープニングフェスティバルへ出演。そして2002年には、中江監督や人気バンドのTHE BOOMの助けをかりて初の東京公演を実現させた。東京行きは当初、「冗談みたいな話で、私たちのレベルで島からでるなんて考えられなかった。中江監督と親しくしているうちに冗談で言っていたのが本物になってしまった」という。心配でたまらなかった思いとは裏腹に、公演は大成功をおさめ、「たいへん受けていただいて、もう満足だという気持ち」。自分達が東京の若者に受け入れられた理由は「こういう音楽が珍しかっただけでは。若い人の気持ちまでは、私たち年寄りにはわかりません。ありがたいと思うだけ」というが、それを機会に「友だちになった若者」と今でも文通をしている。
 中江監督は、白百合クラブのドキュメンタリー映画を作った。「撮影は、もう、楽しかった(笑)。最初『撮影』という言葉を聞いた時に、映画俳優でもない僕らに、そんな言葉を使っていいのかな、と思いました。最初に観たときは、自分達がスクリーンに出ているなんて、考えても、考えても、考えられないくらいのことで、本当に自分達が出ていると思ったら、涙がでるくらい嬉しかった」。突然、脚光をあびたことで、とまどいを隠せない様子の彼らだが、夢物語でもいいからと次の希望をたずねると、「歳はどんどんとっていくし、そんな希望はもっていないんですけど」と前置きしたうえで、「次はハワイに、なんて話には出ますよ」と教えてくれた。「それでも私たちが思っても私たちだけで、できるもんじゃないですよ。今、こうしているのも自分達の力じゃなくて、監督さんのお陰ですから」。白百合クラブは現在進行形だ。おじぃ、おばぁの極楽音楽人生は、まだまだ続く。

映画『白百合クラブ東京へ行く』


「白百合クラブ 東京へ行く」東京再上映!
ポレポレ東中野
10月18日(土)よりモーニングショー
劇場お問い合わせ:03-3371-0088

監督 | 中江裕司
1960年京都生まれ。1980年に琉球大学入学と共に沖縄へ移住。学生時代より8mm映画を制作し多数の作品を発表。1992年の沖縄県産映画『春子とヒデヨシ』で日本映画監督協会新人賞を受賞。主な作品に、『ナビィの恋』『ホテル・ハイビスカス』などがある。他、NHK-BSでのドキュメンタリーや、宮沢和史のミュージック・クリップなどを演出している
沖縄に移住して約25年。中江裕司監督は、一貫して沖縄をテーマに作品を撮り続けてきた。映画『白百合クラブ東京へ行く』は、2002年の秋に行われた東京公演を追ったドキュメンタリーだ。監督がクラブに興味を抱いてから実に10年近くあたためていた企画を映画化した。ごく少数のスタッフとともに自主製作によって撮りはじめた本作。撮影機材はDVカメラで、その後、iMacで編集と音楽の最終処理をおこなった。「メモリーを7、8本増やし、撮影素材は60時間」。「DVで撮影してノンリニアで編集するなら、よけいに強い魂がないといい作品はできない」という言葉通り、ノンリニアで簡単にできる作業でも、シンプルに見せたいがゆえのこだわりから、あえて複雑な作業をせざるを得なかったという。使用ソフトはファイナルカットスリー。ソフトの限界を明らかに超えているとアップル社の担当を唸らせた、渾身のビデオ作品。その中江監督に、沖縄での生活や映画製作について語ってもらった。


日本一の長寿バンド 白百合クラブの半世紀
『沖縄 おじいおばあの極楽音楽人生』
中江裕司著 / 実業之日本社 / \1600
映画完成後のメンバーインタビュー、宮沢和史(THE BOOM)の白百合クラブに捧げる詩など、映画に収め切れなかったあれこれを監督自身が書き下ろしたノンフィクション

□沖縄の魅力は?  

沖縄は本土に比べて人付き合いのルールが少ないので、人と人が近くなりやすいんです。僕の出身は京都で、人づきあいにすごくルールがあるところなんですが、沖縄のような生の関係が基本なのではないかと思ったんです。初めの頃は飲み屋で「大和は内地へ帰れ」としょっちゅう絡まれていました。存在の全否定ですよね。でも、僕は嫌だと思わなかった。当たり前だと思ったんです。それくらい当時、沖縄と日本の溝は深かった。そのうち、「内地だけど、お前は許す」となってきた。1対1で「お前は俺にとって有意義な存在なのか?」ということを常に問われるわけです。また、僕自身が内地の人間であることでギャップがあるから、いろいろなことが起こる。そのこと事体が面白かったんです。

□沖縄をテーマにした映画を撮り続けているのは?
 僕は映画監督という職業に就いたつもりはないんです。沖縄では、文章も書けばイベントの演出や物産展の仕入れなど、ありとあらゆる仕事をします。なかには不思議な仕事もありますが、頼まれたらなるべく断らないようにしようと思っている。僕は人に楽しんでもらえる、喜んでもらえることをやりたいと思っているので、自分の仕事はサービス業だと思っているんです。そのなかで映画はいちばんサービスできることなので、大切にしています。ただ沖縄のことを撮るのではなく、沖縄からものを考えるということが大事。作品を撮る場合も、まず、この人たちともっとつきあいたい、一緒にいたいという気持ちから始まります。僕にとって人と親密になる方法は、映画を撮ることなんです。

□「白百合クラブ」とは、監督にとってどんな存在ですか?
 あの人たちはすべてのものを受け入れて、白保の人間として変な野心はもたず、人のことは裏切らず、妬まず、ちょっとくらい妬んでもそういうことはいけないと自分を律してちゃんと生きてこられた人たちだと思うんです。そうでないと、ああいうふうに歳はとれないと思うんです。僕はそれを見てしまった。あの人たちみたいになりたいと思いますが、ほんとうに真っ当にきちんと生きるって大変なことですよ。音楽を愛して、仲間を愛して。白百合クラブの存在は、ある意味、奇跡的だと思います。映画の最後で『弥勒節』という曲が流れるんですが、白保のある八重山諸島では、遥か海の彼方にある豊穣の国から弥勒の神様をお迎えして、国が豊かで平和になることを『弥勒世果報』といいます。極楽というのは特別なことではなくて、非常に身近な何でもない場所なんですね。白百合クラブの願いでもあると思うんですが、映画を観た人が幸せになってくれたらいいな、と。たとえ白百合と出会わなくても幸せを願いたいと思います。

Text by:菅 眞理子


ホームページ

『白百合クラブ東京へ行く』オフィシャルサイト
http://www.shirous.com/shirayuri/index.html


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