今回、リンククラブが注目するのは、「ユダヤ」である。「リンククラブで、なぜユダヤ?」と不思議に思う方もいるだろう。しかし、世界の舞台においては、ビジネスでもテクノロジーでも文化でも、暗黙の了解として認知されているこのトピックを、私達日本人は、あまりにも知らないのではないだろうか。ニュースで取り上げられる世界情勢について、「ユダヤ」を知らずにその意味を理解することは不可能だ。現代を読み解く上で、また未来をとらえる上で、非常に興味深い視点がここにある。そこでリンククラブなりの独自の視点で、このテーマに迫ってみたいというのが、この特集の主旨である。まずは、各分野の先端で、世界を動かしてきたユダヤ人達に光を当ててみたい。

ユダヤ人にとっては、全世界が祖国

何かを考えたり行動を起こす時、「世界」を基準にして事象を捉える人が増えてきた。リアルタイムに伝えられる様々な情報はそれを可能にしているし、生活や仕事の場面でも、「世界標準」を実感することは多い。私達日本人は、テクノロジーでも、経済でも、文化でも、常に世界標準から、たぶんそう遠くないところにいるはずだ。しかし、その認識の中にも、いくつかの盲点があるような気がする。そう、その一つが、「ユダヤ」というキーワードだ。

残念ながら、日本で一般に知られているユダヤのイメージは、ホロコーストに代表される迫害の歴史と、金融界を牛耳るユダヤパワーなどに限定されているように見える。ところが、ユダヤを別の視点から眺めてみると、意外な事実が見えてくる。それは、現代につながる社会の中で、各分野のエッジに、ユダヤ的知性が大きな役割を果たしているということ。たとえば、20世紀以降のノーベル賞受賞者を見てみよう。分野別にみ見ると、経済で65%、医学で23%、物理で22%、化学で11%、すべての分野を平均すると、実に20%の受賞者がユダヤ人なのだ。現在、ユダヤ人は全世界に1500万人いると言われている。世界の人口から見れば、たった0.25%。その比率から見れば、いかに彼らが特異な存在であるかがわかると思う。

さらに、ユダヤ人は、人生の落伍者を出さないことでも知られている。たとえば、キリスト教徒でアルコール中毒者になる比率は5.9%、対してユダヤ人は0.03%しかないという。それはなぜなのか。彼らには、リアリティの中で何かを実現するための独特なシステムが存在する、と言っていいのではないだろうか。

ユダヤ人は「知恵」の民族である。二千年にも亙る迫害の歴史の中で、ユダヤ人にとって、全世界が祖国となった。彼らは、生まれた時から世界全体を基準として生きている。アメリカや中国が全世界的な野望を持ったとしても、その中心はやはり自分達の国家にある。ユダヤ人にもイスラエルという国があるが、それはむしろ彼らの象徴と見る方が正しい。世界基準を自ずから生きてきたユダヤ人。まずは、各界を代表する人々の足跡をご紹介しよう。

★科学、コンピュータ

科学という最先端の分野で偉大な業績を残したユダヤ人は多い。たとえば、相対性理論のアインシュタイン、量子物理学のニールス・ボーア、カオス・フラクタル理論のブノア・マンデルブローなど。いずれも世界の通念をひっくり返すような新しい理論を創出した。

そして、20世紀後半のイノベーションで、最も社会に大きな影響を与えたものと言えば、やはりコンピュータだろう。コンピュータ文化の底流に、ユダヤ的知性が流れていると知ったら驚くだろうか。ユダヤの神秘思想である「カバラ」がなければ、コンピュータは生まれなかったという人もいる。ユダヤ思想の論理的・数学的な知識体系は、欧州での迫害から追われたユダヤ系知識人たちとともに米国に渡り、やがて知識処理型コンピュータというひとつの結実を見た。その体系を考案し実現したのが、J・フォン・ノイマンだ。現在のコンピュータは、プログラムを記憶装置に格納し、機械に命令を出すというノイマン型をベースにしているのはご存じの通り。類い希な数学者であったノイマンは、7カ国語に通じた言語学者でもあり、またゲーム理論を使った経済学の研究書も遺している。ノイマン以降も、その潮流は途絶えることなく続いている。たとえば、マイクロソフトCEOスチーブン・バルマー、Machintoshの生みの親ジェフ・ラスキン、コンパックの創業者ベンジャミン・ローゼン、パソコン流通に革命を起こしたマイケル・デル等々。コンピュータ文化が、ユダヤ的知性なしには成り立たないと言われる所以だ。

★心理学・哲学

現代社会は<心理学化>している、という人がいる。たしかに個人のアイデンティティから社会の経済活動に至るまで、およそ「人間」が関わる場面においては、常に心理学的分析が行われる傾向がある。かつて、自然・神・人間の関係性が未分化だった頃、心は曖昧模糊とした領域だった。理性を最高の価値とする西欧社会が発展するにつれ、心についても、それを手に取り、あるいはコントロール可能なものとして扱えるかもしれない、という人間の野心が芽生えた。なんといってもこの分野に大きな転換をもたらしたのは、フロイトの出現だろう。フロイトは、無意識の存在とその力学を発見し、人々の認識をがらりと変えてみせた。フロイト以降、触発されるように、いくつもの研究が開花していったが、この分野においては、圧倒的にユダヤ人比率が高い。例をあげれば、人間の可能性に目を向けたマズロー、精神分析学を社会心理学の領域に押し進めたフロムなど。現在も、精神分析医=ユダヤ人というイメージがある程、圧倒的なシェアを占めている。

もともと、論理を突き詰めて物事を分析し、解釈するのはユダヤ人の思考体系の特徴で、だから哲学・思想・社会学の分野にも、優れた人がたくさん出ている。ざっと挙げれば、「神=自然」と説いたスピノザ、『創造的進化』のフランスの哲学者ベルクソン、ヘッセをして「今日、世界に現存する数少ない賢人の一人」と言わしめた思想家ブーバー、論理実証主義のヴィトゲンシュタイン、文化人類学者レヴィ=ストロース、ポスト構造主義の思想家ジャック・デリダと言った名前が並ぶ。

★カルチャー・メディア

ちょっと硬い話が続いたので、多くの人にとって身近な話題、カルチャー面にも目を向けてみよう。キリスト教文化の中で、長い間、迫害され職業も限定されてきたユダヤ人にとって、芸術は才能を開花させることのできる数少ない分野の一つだった。音楽では、メンデルスゾーン、マーラーというクラシック界の大物から始まり、アメリカという新大陸でスイングジャズを開花させたガーシュインとベニー・グッドマン、『ウエストサイド物語』をヒットさせたバーンスタインがいる。そしてボブ・ディランとポール・サイモンも、実はユダヤ人だ。文学で言うと、ロマン派の詩人ハイネ、『失われた時を求めて』のプルースト、『変身』のカフカ、最近では、ポール・オースターなど。美術で見れば、シャガールやカミーユ・ピサロがいる。

注目すべきなのは、映画というメディアだ。20世紀フォックスや、ワーナー・ブラザースの創業者がユダヤ人であることからもわかるように、アメリカ文化の中でユダヤ人が果たした役割は非常に大きい。監督にしても、ビリー・ワイルダー、ウッディ・アレン、スピルバーグ、コーエン兄弟など、その作風を見ていくだけでも、アメリカという国の多層的な文化を読みとることができる。ユダヤ人が持つプロデューサー的な才能、成功に結びつける現実性、時代を読む感性などが結びついた結果、ハリウッドという世界的な影響力を持つ舞台が生まれたというわけだ。

さらに、アメリカにおける新聞・放送業界での活躍もすごい。通信王ロイターから始まり、新聞王ピュリッツァー、現ニューヨーク・タイムス社主のザルツバーガー、戦場の写真家キャパ。ユダヤ人達が、いかに大衆の文化に大きな役割を果たしたかがわかるだろう。ちなみに、『スーパーマン』の生みの親、シーゲルとシュスターもまた、ユダヤ人なのだった。

★経済・政治

最後によく言及される経済界のユダヤ人についても一巡しよう。財閥ロスチャイルド家、シェル石油のマーカス・サミュエル、カリスマ投資家ジョージ・ソロス。彼らはユダヤ人の成功者列伝そのものである。意外なところでは、フランスのシトロエン、そしてジーンズの王者リーヴァイ・ストラウスなどがいる。そして経済界の知性として常に新しい理論を展開してきたピーター・ドラッカーも彼らの一人だ。

かわって政界だが、あのカール・マルクスがユダヤ人だったと知る人は、意外に少ない。その他には、トロツキー、ローザ=ルクセンブルグ、最近ではキッシンジャーなどが挙げられるが、歴史的な背景から、これまで世界の表舞台で、ユダヤ人が日の目を見ることは難しかった。先日逝去したレーガン元大統領は、まだ排他的だったアメリカ政界にあって、自分のブレーンにユダヤ人を多用した初めての政治家として知られているが、それは、彼が俳優時代、多くのユダヤ人と個人的な親交を持っていたからだそうである。

★世界のエッジに立つユダヤ のシステムとは…

ざっと早足でご紹介してきたが、もちろん彼らにはそれぞれの物語があり、ユダヤ人であることはその一要素にすぎない。しかしまた、ユダヤ人として生まれたことが、彼らの人生に大きな作用をもたらしたことも事実なのだと思う。ユダヤ的なシステムが、すべての考え方の中で一番優れているということでもないはずだ。ユダヤのシステム、そのエッセンスを本当に理解するには、彼らの宗教観や歴史的背景を知る必要がある。リンククラブでは、このキーワードを引き続き追ってみたいと思う。

《参考文献》

『世界を動かしたユダヤ人100人』 マイケル・シャピロ著 講談社
『ニューヨーク知識人』 堀邦雄著 彩流社 / 『ユダヤの力』 加瀬英明著 三笠書房
『ユダヤ系アメリカ人』 本間長世著 PHP研究所


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