ナンシー・ファラーさん
マリッジ/ファミリー・セラピスト

PROFILE

結婚・家庭生活における問題を専門とするマリッジ/ファミリー・セラピスト。大人の男女・十代の若者・児童を対象に、個人・カップル・家族単位でカウンセリングを行う。性的暴行の傷から立ち直れない人、子育ての能力が欠落した親、自殺未遂を繰り返す十代、オンラインセックスから抜けられない十代、性的倒錯症の人など、さまざまなケースを手がける。ロスアンゼルス近郊在住。CAMFT(カリフォルニア・アソシエーション・オブ・マリッジ・アンド・ファミリー・セラピスト)理事。

インターネットが浮き彫りにする、
アメリカの社会事情

インターネットやパソコンの使用が日常化しているアメリカの家庭では、サイバー不倫、サイバーポルノ中毒、子どもの性教育への影響など、新しい問題が出てきている。夫婦や家族の関係性に、インターネットはどんな影響をもたらしているのか。現代アメリカの家庭生活について、またその中でマリッジ/ファミリーセラピーが果たす役割について、話を聞く。

チャットにはまる夫や妻の言い分

「インターネットがらみの相談を最初に受けたのは1988年、夫がオンラインで浮気をしているという女性からでした。以来、件数は増えています。こうした問題は想像以上に多いと思われます」とファラーさんは口火を切った。

従来から新聞の個人広告欄やシングルズバーで、積極的にパートナー探しを行う土壌があった米国では、出会い系サイトやチャットルームが急激な成長を遂げた。インターネットは確実に人々の出会いの場を広げたが、それは恋愛気分を楽しみたい既婚者にも同じことのようだ。「Married and Flirting(既婚者の遊び場)」といったチャットルームは、午前中から賑わっている。

誰かに目撃されるリスクを冒し、金銭を使って出歩く必要もなければ、時間をやりくりしてモーテルまで運転する必要もない。テキストや画像・映像を使ったバーチャルな遊びであっても、既婚者にとってインターネットはコンビニ感覚で性が手に入る場所だ。「妻(夫)のことは愛している」と言いつつも、チャットルームでぶらつきながら、性的なスリルを求める人が増えているという。

ファラーさんによれば、こうした男性たちは往々にして、配偶者との間にセックスがない、あるいは十分でないという不満を持っている。「妻は子育てで忙しく、そっちの方には関心がない」ので、面倒のないサイバーセックスに走る。かたや女性のほうは、「夫が自分を見てくれない。会話がない」というのでチャットルームに行き、他の男性と話をすることで女性としての自信を取り戻す。

このように寂しさを抱える人たちが、ネットで出会った相手に秘密を打ち明けたり、深い感情を見せたりしはじめるのに時間はかからない。たとえ一度も会ったことのない相手でも、いやそれだけに、メールやチャットの交流には親密なつながりを感じさせることのできる、魔力とでもいうべき力がある。ファラーさんは「インターネットが、妄想の世界を提供するのに非常に適したメディアであることは明らか」と言う。「新聞におかしな漫画が出ていたのですが、シンディ・クロフォードとは似ても似つかない女性が、彼女になりすましてオンラインデートをしている。相手側の男性も、ピアーズ・ブロスナンになりすましている、というものでした。人々は『プリティ・ウーマン』のような映画を観て、恋愛や異性に対し非現実的なイメージを抱きがちです。それは今日のアメリカの風潮の大きな問題点と思います」。

チャットにはまる人たちは、「結婚生活に欠けているものをネットで埋めているだけ。互いの配偶者は自分たちの存在も知らないし、無害だ」と言うだろう。だが問題は、まさにそこにあるのかもしれない。

COLUMN
ファラーさんが答える
結婚生活の問題に関するQ&A

セックスレスの原因は?

「ストレスの高い社会でがんばりすぎて、性欲が減退していることが一番の理由。その他、性的なことへの羞恥心、習慣を変えることへの抵抗、子供のころからのトラウマ、体が美しくなければセックスができないという思い込みなど。体と心は密接につながっているので、気持ちの上で深く安心してつながらなければ、肉体的な親密さを得ることも難しいでしょう」

浮気を繰り返す人の心理は?

「“トライアングル”という心理があります。これは、一対一で向き合うのが難しいときに、誰か、または何かを引き込むことで問題を回避しようとする行為です。引き込む対象は子供、アルコール、エクササイズなど、何でも考えられます。しかし、病的なまでに浮気を繰り返し、人をだまし続ける場合は、幼児期に親から十分な愛情を得られなかったなどの問題が考えられます」

サイバーポルノ中毒のからくりは?

「中毒になると、8〜10時間コンピュータの前に座っていることも珍しくありません。中毒には心理的サイクルがあり、一度はまるとそこから抜けるのは容易ではありません。まず、それをしたい・しなくてはという欲求とテンションが高まる。そこでそれをして解放される。すると自己嫌悪がやってくる。嫌悪感を忘れるために、また強迫的に欲求を高める。この繰り返しです」

サイバー不倫は本当に不倫か?

もしもあなたの夫や妻がチャットルームで口説いたり口説かれたりしていたら? 画像や映像を使って他の誰かと性的なやりとりをしていたら? あなたはひどく傷つくだろうか? それは裏切りだろうか?

数年前、フロリダ州立大学の研究者が80人以上の男女を対象に、バーチャルな浮気について調査したところ、浮気をした本人は罪の意識が薄いが、浮気された方はリアルな浮気同様に裏切られたと感じ、怒り、傷つくという結果だった。夫が他の女性と交流している・ポルノを使用していると知ったとき、多くの妻は「私に魅力がないのね。そうでなければこんなことしないわ」という気持ちになる。ファラーさんによれば、「一般的に、女性は“そこに精神的なつながりがあるかどうか”、男性は“実際に起きていたこと”に反応する傾向があります。それはバーチャルな浮気であっても変わりません」とのことだ。

「実際には誰にもさわっていないから罪じゃない」「配偶者に話すことができるのであれば、裏切りではない」など、バーチャルな浮気に対する考え方は十人十色。ファラーさんは、浮気の定義はカップルにより異なると述べる。「男女関係に期待することは人それぞれですから、何がいけないかということも、カップルにより異なります。ただ誰しも、口には出さなくとも、互いに対し当然こうすべきという期待や考えを持っている。妻のほうでは他の女性と二人きりで会うことを浮気とみなしていても、夫のほうはディナーの後でキスをするくらいなら浮気とは思っていないかもしれない。そのギャップが、夫婦間のトラブルのもととなります」

カウンセラーの指導もケースバイケースだ。オンラインデートを健康的に楽しんでいる程度であれば、奥さんには言わなくてよいと判断する場合もあるし、婚姻の誓いを裏切っているのだからきちんと話し合うべきとする場合もある。

オンライン行動を監視する
スパイソフトまで登場

サイバー不倫についてはこの数年さまざまな調査が行われているが、インターネットで知り合った相手に実際に会う人は3割近くで、そのほとんどが実際に性的関係を持つ、というのが概ねの結果のようだ。中にはネットで知り合った十数人と次々に関係を持ったり、一度に数人とバーチャルな交際をするような“連続浮気魔”もいるという。また、2003年のアメリカン・アカデミー・オブ・マトリモニアル・ロイヤーズ(米国結婚弁護士会)の会議では、離婚を専門とする350人の弁護士の3分の2が、前年はインターネットが離婚の原因となっているケースが多く、そのうち半分以上がオンラインポルノに関係していたと報告した。

隣の部屋に妻が寝ているのに、毎晩ポルノサイトにふけっていて、遂に発覚。妻のほうが「夫がポルノ中毒だと思う」とセラピーに連れてくる場合もある。ファラーさんによれば、「ファミリーセラピーにくるカップルは、必ずしも二人ともがやり直したいと思っているわけではなく、片方がこの関係を救いたいと思っていても、もう片方は“もうこの関係はやめにして好きなようにしたい”と望んでいる場合も多いのです。特に中毒にかかっている場合は周りなど見えていませんから、自分が人を傷つけ迷惑をかけていることに無自覚なことがほとんどです」。

インターネットにおける性行動が、結婚生活に問題を引き起こしていることは、どうやら明らかだ。それに伴い、アクセスしたウェブサイト、入力したキーのすべてを再現し、チャットやメール、メール添付の内容などを調べられるスパイソフトも登場した。私立探偵たちも、オンライン行動の監視サービスを提供している。これらのスパイソフトやサービスで配偶者の浮気をつきとめ、インターネットで見つけた浮気相手と夫や妻が出ていったあと、自分もインターネットで出会った人と再婚する――そんな話も珍しくなくなってきた。

COLUMN
夫婦が相手に期待することの3段階

01 on the table

テーブルの上/話し合っていて、意識していること

02 under the table

テーブルの下/話し合ってはいないが、意識していること

03 under the rug

敷物(しきもの)の下/口にもしていないし、意識もしていないこと

2、3の意識のズレが、トラブルの元となる。セラピーでは必要に応じ、2の調整や、3の意識化・言語化が行われる。

サイバーポルノとティーンエイジャー

「サイバーポルノについて言えば、もともと露出やのぞきなどの趣味のあった人が、オンラインを併行して使っている場合も多いのです。警官や医者といった職業の人が児童のポルノを見ているなど、この仕事をしていても驚愕することがあります」ファラーさんはそう述べる。

サイバーポルノのAccessibility(アクセスのしやすさ)、Affordability(手ごろさ)、Anonymity(匿名性)は、大人にとって好都合だ。そしてその影響から、子どもたちが逃れることは難しい。コンピュータ画面からきわどい画像がいくらでも溢れてくる現在、十代の性をめぐる状況は、男性誌をこっそり立ち読みしていた時代とは様相を異にしている。2001年のカイザー・ファミリー基金の調査によれば、15〜17歳の70%が、インターネットで偶然ポルノを目にしたと回答したという。また15〜24歳の59%が、インターネットでポルノを見ることは、まだ準備ができていない若者にセックスを急がせることになる。

49%が、女性に対し好ましくない見方をするようになる・避妊しないでセックスしてもいいという印象を与えると答えている。

中にはファラーさんの患者のような、極端な例もある。「国内の3人の男性と性的なメールをやりとりしていて、抜けられなくなった13歳の女の子がいました。その内容は大人も目を丸くするような描写的なもので、カウンセリングの最中に読み返した本人がトイレへ駆け込んで吐いてしまうほどでした。彼女は“ほかの人格になって、大人の男性を翻弄できるのが面白かった”と言っています」。また11歳の女の子が、「かっこいいから」という理由で自分のポルノサイトを作っていた例もあるという。こうした背景を受けて、危機感を抱く親たちに、アダルトサイトへのアクセスをブロックしたり、子どものアクセス状況をモニターできるソフトウェアがよく売れている。

根底にあるものは何か?

ファラーさんは、好奇心で始めたチャットやサイバーポルノが、シリアスな状態に進むことももちろんあるが、多くの場合はもともと根底にあった問題が、そうしたインターネットの利用によって表面化してくるのだと言う。

「“ファミリーセラピーに来るカップルには、通常6年越しの問題がある”と言われるくらい、問題が悪くなるまで手を下さない人が多いのです。ガンの末期になって診察を受けるのと同じで、手遅れの場合も少なくありません。問題が噴きだした場合は関係を構築し直さなければならないわけで、両者の努力が必要です。一度失われた信頼を回復するのには時間がかかりますし、以前と全く同じ関係に戻ることはありえません。中には問題を乗り越えて以前より絆が強まる場合もありますが、稀と言えます。私たちセラピストの仕事は、その結婚を救うことではなくて、その人がどうしたいか、自分の人生をどう生きていきたいかを見極める手伝いをすることです。」

アメリカの離婚率は50%程度。「離婚訴訟よりもセラピーで結婚を救った方が安上がり」というジョークがあるほど、セラピーを受けることに対する人々の抵抗感は薄らいできている。

CAMFTウェブサイト

http://www.camft.org/

「西欧文化には、“二人は出会って恋に落ちて結ばれて、一生幸せに暮らしました”というロマンティックラブの概念がありますが、実際の人生はそう単純にはいきません。それに生物学的にいえば、よそ見をしないことが自然なのかどうか。ひょっとしたらよそ見をするのが自然なのかもしれない。親の離婚を経験した世代は、そういうことを肌で知っているのでしょう。最近では結婚前の若いカップルが、関係を強化するためにセラピーを受けるといった前向きな利用も増えていますよ」とファラーさんは笑顔を見せた。

インターネットは出会いの機会やパートナーの選択肢を広げた。それによって、自分が何が欲しいのかを考えたり、本当は何を望んでいるのかを知る機会も増えるだろう。バーチャルな関係は多くの人に、“自分にとっての家庭や結婚”というテーマに向き合うきっかけを与えているのかもしれない。



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