リノベーション前の物件。馬場さんはこの物件を見て「探していたのはこれだ」と確信したという。1階は駐車場、2階は倉庫。これが馬場さんらの手によって価値のある空間に変身するのである。 | リノベーション後の物件。通称「untitled」として生まれ変わり、シェアオフィスとしての利用の他にギャラリーやバーにも変身する。このコミュニティーの中から「東京R不動産」が生まれたとも言える。 |
![]() 「東京R不動産」発起人・馬場 正尊さん
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たとえばいろんな列車が通過する線路を見下ろす部屋を「列車ファンには夢の物件」といった解説をつけるなど、個性的な物件に価値を見いだし、紹介するサイト「東京R不動産」。このサイトを制作しているオフィスは、ビルや倉庫が立ち並ぶ日本橋の路地にある。キュレーターやライター、建築家などが、オフィスをシェアする形で入居する通称「untitled(アンタイトルド)」と呼ばれるひとつの箱を、それぞれが自由に使って仕事をしている。
![]() 『東京R計画 RE- MAPPING TOKYO』(CET編/晶文社刊/税込2,500円) |
「東京R不動産」のモチーフは何ですか?
馬場 2002年末から都市活性化を目的とした「Rプロジェクト」に参加するようになり、僕は都市をリデザインする時期が到来したと考えました。東京オリンピックの開幕を控えた1960年に起こった東京大開発が「東京計画」です。国民が「巨大な夢を見る」ような計画で、東京湾を埋め立てて大きな敷地を造り、巨大なビルを建てたり、ビルの高層化・集積化を促進したりするものでした。このように都市を造る世代が日本を牽引してきたわけですが、すでに都市開発は終了している。終了した時点で生まれた僕らは、新たに巨大なビルを造るよりも、すでにあるものをいかに「使い倒す」か、ということを考える時なのではないかと考えました。特に東京のように密集している場所では他に手段はない、と。だから「都市を使う世代」のメディアが必要だったのです。その視点をわかりやすく伝えるために「東京R不動産」を立ち上げたのです。
すでに都市開発や経済成長は終わった。それを認めてから始めようということですか?
馬場 日本は特殊な国でした。土地が狭いわりには人口が多く、経済も成長し続けてきました。その衰退を経験したことがなかったから、多くの日本人は土地の値段が上がることしか考えていなかった。現在は人口が減り、土地の値段も下がるという事実に遭遇して戸惑っている。僕らはその次の世代なので、土地の値段は上がらないけど、価値を生み出す場所があることを知っている。その場所とは具体的にはこの「untitled」のような物件であり、「東京R不動産」で紹介している数々の物件です。
それまで「こういう物件があればいいな」と思って不動産会社を探してもまったく見つからなかった。物権を評価する軸が不動産会社のそれと違ったのです。既存の不動産会社は画一的な価値観でしか場所や物件を見ていません。でも、建築家や都市開発に携わる者は、他人が気づかない土地が訴えかけてくる力をキャッチし、それを社会に「ここに宝物があるよ」と紹介してあげることが大切。そんなことを考えながら日本橋界隈を歩いてみると、一般的にダメ物件と呼ばれるものでも、「改築OK」「ベランダが広い」「天井が高い」など僕らが見れば条件の揃った「いい物件」がたくさんあった。場所や物件に新たな可能性を吹き込むのが建築家の役目だと考え、足で集めた物件をもとにサイトを作り始めたのです。
「東京R不動産」を知るための3つのキーワード
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![]() 「普通の不動産会社のいう“いい物件”と僕たちが見てグッとする“いい物件”には大きなギャップがあります」。 |
サイトの反応はいかがですか?
三箇山 僕たちなりの感性で空間を読み取って、その物件の何がおもしろいのか、どんな可能性があるのかをサイトで紹介したところ、予想以上の反響があり、継続することになりました。実際にこのサイトの情報を見て求めていた物件に出会い、入居した人を紹介することで「本当に利用者がいるのだ」というレスポンスがあります。でずからこれは都市の使い方のケーススタディといえるでしょう。
実はサイト立ち上げの頃のモチベーションは、ビジネスではありませんでした。「おもしろいでしょ、これ」と言いたいがためにいろんな物件を見つけて来たんです。個性的で不思議な物件には必ず物語があり、都市のリアリティーがあります。伝える側が先に見抜かないといけません。
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入居の事務的な手続きなどシステムはどうなっていますか?
三箇山 まず物件に関する問い合わせメールをもらいます。決める際には内見が必要になるので、契約したい期間、希望の場所、面積、賃料、用途などを聞いてセッティングします。「どういう想像をしていいのかわからないけど、ここで何か起こりそうな気がする」。お客さんはそれくらいのイメージしかありません。そこで、たとえば天井をはがしてみると、どれくらい天井がアップするのかを数字で表します。「スポットライトを2箇所たらすと雰囲気が出る」とか「床の素材もデッキの板みたいなものに変えられる」とか説明し、金額の提示やワイド感、素材感も即興でプレゼンしていきます。「東京R不動産」の内見には、お客さんにわかりやすい形でその場でプレゼンをするという作業がついてくるのです。
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ビジネスモデルとしては、原則的には仲介手数料をもらい、改装に関しては施工費用だけ頂いています。でも、古い物件に住むには、智恵も体力も必要。理想を実現するのは、結構たいへんです。リノベーションの難しさは、改築に投下した費用に見合う価値を感じられるかということです。払ってしまったお金を満足感に変えていく作業は、形のないものですから、とにかく発信し普及していくことが肝心です。
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最後に今後の展開は?
馬場 ビジネス面で言えば、やっと利益のシェアのルールが見えてきました。僕たちだけじゃ人数が少ないからたいしたことはできない。いかにいろんな人に参加してもらえるかが課題です。物件を探すプロも取材して書くプロもいる。それぞれが頑張った分だけリターンがあるようなシェアシステムを考えています。これも新しいチームのあり方かなと思います。
「東京R不動産」は街の新しい見方ができる、ちょっとしたヒントを提供しています。その種類がサイトにたくさん並んでいるわけです。メインストリームではないが代案を提示していくことに価値があり、ユーザーはそこに価値を見つけてもらっているのでしょう。今後も、もっとたくさんの異なる価値を届けていきます。
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大規模開発が相次いで終了し、オフィスの一極集中と空洞化が発生しました。特に千代田区や中央区はメジャーな土地にもかかわらず、オフィスの移動が起こり、空きビルが増えました。その空きビルから新しい発想を得たり、新しい見せ方をしたりすることによって、どんなふうにでも変えることができるのではないか。クリエイターやデザイナー、アーティストという街のコンテンツそのものが、その空きビルの集積したエリアに移ることで街自体が大きく変わってくるのではないか。私たちはそんな大胆な発想をしたのです。
そんな時、馬場さんが日本橋周辺をウロウロしていて、この物件(untitledの前身)を偶然発見しました。外から見れば何の変哲もない、ただの20坪の車庫・倉庫。私たちはポテンシャルビルやポテンシャルエリア、ポテンシャルプレイスと呼んでいますが、クリエイターのすごいところは、その場所のポテンシャルを見抜いてしまうことです。
「東京R不動産」のいいところは、クリエイティブなことを考えている若者たちと大家さんの間の媒介になるメディアであること。未発掘のエリアや物件などポテンシャルコンテンツを発見するのが「東京R不動産」の役割だと思います。
リノベーションやリデザインなど頭文字「R」で始まる概念を平面から立体へ、バーチャルからリアルへと変換してくれるメディアが「東京R不動産」だ。プロダクトとして優れているだけでなく、都市を利用し、楽しむための方策までがそこに詰まっているように見える。