今の世の中は情報が氾濫していて、
自分にとって何がいい情報で何が間違った情報かを
判断するのは大人ですら難しい。
六本木に診療所を構えて30年。若者の性行動の舞台となるこの街で、赤枝恒雄さんは親に相談できない悩みを抱えた若者に接してきた。そしてしばしば奔放にふるまう彼らを病気や犯罪から守るべく、幅広い活動を展開している。10代の性行動や性意識について、また、これからの性教育や親へのアドバイスについてうかがった。
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インタビュー赤枝六本木診療所院長 / 赤枝 恒雄(あかえだ つねお)さん1944年生まれ。東京医科大学卒業後、同産婦人科学教室入局。日本通信東京病院、立川中央病院の産婦人科部長を経て、1977年、東京都港区に赤枝六本木診療所を開業。1999年には六本木のハンバーガーショップで毎週若者の性の悩みに答える「街角無料相談室」を開設。また、横浜、西麻布、原宿で毎月エイズ街角無料検査を行う。他にも保証付きオリジナルコンドーム「ガールズガード」の販売や、性教育講座の実施など、精力的に活動を展開。子どもたちには本音で相談できる存在、全国の教育者や産婦人科医には刺激と励ましを与える存在となっている。 |
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「性という個人的な問題に、法が関与するのはおかしい」「16歳からはセックスしてもいいと認めることにならないか」 ―2004年、赤枝さんは“東京都青少年の性行動について考える委員会”のメンバーとして、15歳以下の性行動を禁止してはどうかと提唱した。“中学生のセックス禁止令”と報道されたこの提案は、さまざまな議論や反発を引き起こした。恋愛であれば子どもでもセックスしてもいいのか。体と精神の成熟・未熟はどう見極めればよいのか。子どもの性に対しては、誰/何が責任をとればいいのか。この提案は、多くの人に性について考えるきっかけを与えたようだ。
先進諸国のほとんどが16歳以下の性行動を禁止しているが(*1)、これには理由があると赤枝さんは言う。「子どもたちを見ていると、早くからセックスした子は義務教育がしっかり身につかず、落ちこぼれやすい。知識がないからちょっと出血したりすると恐くなって、親にも相談できずに勉強が手につかなくなる。望まない妊娠や性感染症も増えていってしまう」。
診療所での診察のほか、六本木のハンバーガーショップに無料相談コーナーを設けて6年。多くの女の子が赤枝さんのもとにやってきた。コンドームはかっこ悪いから使わない。男性に言い寄られると断りきれない。女の子の間でも不特定多数の相手を“こなす”のが自慢。援助交際をする子の多くがレイプなどの被害に遭っている。中絶を繰り返しても平気。そんな子どもたちが少なからずいることに、大きな危機感を抱いている。
*1… 性の自己決定権をもつ年齢
世界89カ国では16歳、アメリカの6つの州は18歳と定めている。日本では13歳未満でのセックスを認めていない(相手が13歳未満の女子の場合、たとえ同意の上でも強姦罪になる)。
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「援交した夫が相手の小学生から性病をうつされ、自分にもそれがうつった。相手を訴えたい」。赤枝さんが実際に診察した主婦の話だ。性感染症は10〜20代ばかりでなく、30〜40代の主婦の間にも多いという。無自覚無症状のことも多く、風俗などで感染した夫が気づかずに妻にうつし、妻が発症して初めて感染がわかるケースが顕著だ。また子どもたちは性感染症の疑いがあっても親に言えないため、保険証もお金もなく放置せざるを得ないのが現状だ。(*2)赤枝さんは3年前より無料で街角エイズ検査を行っており、毎月3会場に約90人が訪れるという。月々80万円ほど持ち出し費用がかかるそうだが、「病院で待っていても若い子は検査に来ない」と、広がる感染に少しでも歯止めをかけたいという思いで続けている。(*3)
1999年の解禁以来、避妊効果がほぼ確実なことから、低用量ピルを服用する女性は増えている。赤枝さんは、ピルとコンドームの使用についてこう勧める。。「中高生は結婚するまでに5〜10人、パートナーが替わるでしょう。その間ずっとピルを飲んでコンドームを使わなかったら、性感染症のリスクが高くなる。結婚後は、家族計画としてピルを使えばいい。だから結婚前はコンドーム/コンドームとピルの併用、結婚後はピルという教育を徹底していくべき」。諸外国では女性の50%以上がピル使用という数字がしばしば持ち出されるが、もっと性教育がなされていることも事実であり、自身を守るためにも“コンドームなしでは絶対セックスしない”という男性もかなり多い。赤枝さんは男性の意識改革が必要との考えから、「愛する人を望まない妊娠や病気から守ることが、男らしくてカッコいい。コンドームを使おう」というガールズガード運動を提唱している。
*2… 六本木エリア、性感染症の検査結果
赤枝さんが設立し、青少年の性感染症の予防と性教育の充実に向けた活動をする「STAR基金」では、平成12年4月〜6月にかけて六本木交差点周辺で、10代と思われる女性300名に無料検診券を配布し、6種類の性感染症を検査した。125名の受診者中、何らかの性感染症にかかっている人が81.6%いた。
*3… 日本とエイズの現状
2004年現在、先進国でHIV感染が拡大しているのは日本だけで、献血から発見される感染者数は世界最多(2004年の新規感染者は748人。うち献血時の検査で感染が判明した人は92人)となっている。エイズ発症者の10倍はいるといわれるHIV感染者は、約2倍しか発見されていない。
「レイプされても絶対親に言わない。“お前が悪い”って言われるし、外に出してもらえなくなるから」。子どもたちは赤枝さんにこう訴える。「親と学校にはいい顔をしたい。裏を返せば親は守ってくれない、突き放されるとわかっているのでは」と赤枝さんは言う。極端な例ではエイズにかかっても親に告げず、したがって保険治療が受けられない。治療費を稼ぐために風俗で働き続ける例もあったという。
こうした子どもたちによく見られるのは、家庭に居場所がないこと。大切な家族の一員という育てられ方をされなかったために、プライドや自信がなく、人に頼まれるとうれしくて何でもやってしまう。セックスしようと言われても、自分が必要とされる喜びがわいて断れない。一部の大人や男性はこうした女の子の寂しさにつけこんで、性の道具にしている。赤枝さんは、そんな思いを否めない。
赤枝さんは子宮の大切さや女の子を守る思想を、早いうちから男の子に植えつけておくことが重要と考えて、中高校で講演している。「お前たち男から生まれたらよかったんだよ。そしたらもっと気をつけるだろう。妊娠は女の子の問題で男は関係ないと思うのは無責任。自分だって、お母さんの体内で280日間大事に育てられて生まれてきたんだ。親の病気は子どもにうつる。だから子宮はきれいにしておかないといけないんだよ」。子どもたちは、照れ笑いしながら赤枝さんの言葉を聞いている。
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若者の乱れた性行動の話を聞いても、「うちの子に限って」とほとんどの親は信じている。「それでも気をつけてあげないといけない。知識がなければ、好奇心が勝って深みにはまってしまうことがある。それに家庭の中で性教育は難しくとも、全人教育とか道徳教育とか、人間教育はできるでしょう」。赤枝さんによれば、子どもの行動を疑うことは、子どもを信用しないのとは違う。(*4)今の世の中は情報が氾濫していて、自分にとって何がいい情報で何が間違った情報かを判断するのは大人ですら難しい。10代の子どもに判断しろというのが無理だということを、肝に銘ずる必要がある。子どもの持ち物が変わったのに気づいても、そういう時だけ「この子を信じなきゃ」と思い込んで、子どもとしっかり向き合うことを放棄すると、子どもは後戻りのできない世界へ足を踏み入れていってしまうことがある。特に上京してひとり暮らしをしている娘のいる両親には、時々ぬきうちで住まいを訪ねることを勧めるという。
赤枝さんの近所では頼まれて荷物を持ってあげた小学5年の女の子が、空きビルに連れ込まれてレイプされるという事件があった。「人に親切にするという教育のほかに、危機管理教育をしなければならない」と痛感したそうだ。例えばニュースを話題に出して、「12歳の子がインターネットで知り合った男に連れ去られた。あれは全くの拉致ではないという意見もあるけど、どう思う?」と子どもと話し合う。性犯罪対象の低年齢化が進む今、親も子も危機管理意識を高める必要に迫られている。
*4… 子どもたち自身が教える「子供が悪くなる原因」
ひとり部屋(都合が悪くなったら「勉強する」と言って自分の部屋に逃げ込める)。ケイタイメール(直接話す必要がないので、親に平然と嘘がつける)。ケイタイ(どこにいるかさえ連絡を入れれば、帰らなくても親は安心している)。面と向かって怒らないお父さん(お母さんに「お父さん怒ってたわよ」と言われると、「お父さんは私を怒れないんだ」と親をナメるようになる)。
アダルトビデオ等で情報を得ながら、病気や妊娠に関してはまるで知識がないまま、奔放な性行動に走ってしまう。そういう子どもたちに性についてきちんと教えないことは、子どものことを顧みない大人の怠慢だと、赤枝さんは怒りを覚えるという。都内の公立高校を中心に講演を行っているが、子どもたちの本音に合わせた赤裸々な内容を聞きつけた父兄の中には、「うちの子には関係ないんだから、そんな話はしないでほしかった」と言う人もいるという。
また、性的な話が嫌という生徒も1割ほどはいる。そういう子に、赤枝さんはこう語りかけている。「東京都の調査によると、約半数の高校生は性体験がある。自分には興味がなくとも知識があれば、友達にいけない行為だよとか、気をつけた方がいいよと教えてあげられる。それに君自身だって、いつそういう体験をするかわからない。その時、自分を守るために必要な知識なんだよ」。
また「子どもたちに知識をつけて、彼らが仲間に教えていくのが一番間違いない。これが僕の生きがい」と開設しているのが、ピアエデュケーター講座だ。13歳から22歳まで関東在住の約30人が、楽しく学んでいるという。
自分も教えられてこなかったのだから、性教育が必要といわれても親世代は戸惑ってしまう。子どもの疑問に答えるには、医学的知識も必要だ。自分の子どもには、いい相手といい恋愛をしてほしい。だがそこに必ずつきまとう性ということについて、まず大人たちが学ぶ必要がありそうだ。今まで社会の中であまりにも語られてこなかった性に向き合い、思いをめぐらす。ひとりひとりが、そこから始めてはどうだろう。