Freak File 異文化の融合の先にある『食文化発展形』NEO  JAPANESE  RESTAURANT in NEW YORK / 北欧シェフ・イン・ニューヨーク@ネオ・ジャパニーズレストラン

■「アジアッテ」「メグ」「ゲイシャ」「ノブ」「スシ・サンバ」「ボンド・ストリート」…。初めて聞くと何だか分からないが、実はこれらはニューヨークにある高級レストランの名前だ。ロバート・デ・ニーロが経営する「ノブ」、レオナルド・ディカプリオがバースデー・パーティーを開いた「ボンド・ストリート」、TVドラマ『セックス・アンド・シティー』でサラ・ジェシカ・パーカー演じる主人公の行きつけの店「スシ・サンバ」。そしてこれらは全て敏感なニューヨーカー達の心をしっかり掴んだ「ネオ・ジャパニーズ」と呼ばれる新感覚の日本料理を出す店なのである。

目新しいことはもちろん、何よりも美味しい。ヘルシーでありながらも、見た目も非常に美しい。洒落たインテリアの店内で、日本酒とそれらを使ったバラエティに富むカクテル類も楽しめる。多くのメディアで取り上げられ、今やガイドブックにも「ネオ・ジャパニーズ」というカテゴリーが設けられるほどである。女優やモデルなどのセレブや、各界の有名人達がこぞって利用するようになったこともあり、今や連日のように新しい店がオープンしている状況だ。

■興味深いのはそこで働くシェフ達の多くは日本の職人ではなく、世界各国から集まってきた西洋料理のエキスパートらである点だ。彼らはフランス料理やイタリア料理の経験を積んだ後、日本料理の素材を活かし、新しい分野の料理を創作し続けている。日本料理から得ているものは素材だけではない。隠し味や下ごしらえといった日本料理ならではの手の込んだ料理法や、盛りつけたときの美しさ、更には懐石料理が持つ料理の順やその内容にまでヒントを得、工夫を凝らしている。彼らは何故この分野に進出し、何故ニューヨークに拠点を置くのだろうか。昨年オープンしたばかりで早くも大人気店となったネオ・ジャパニーズレストラン、「Riingo」のエグゼクティブシェフ、ヨーハン・スベンソン(Johan Svensson)氏と彼のアシスタントであるマリーン(Malin)さんにお話を伺った。



Johan Svensson / ヨーハン・スベンソン

スウェーデン生まれ。母国でフレンチやイタリアンの修業をした後、1997年にニューヨークへ。高校の時に成績が悪く、学校の先生に「何が得意か?」と聞かれ「料理だ」と答えたら、その道を進むように言われたのがこの道に入ったきっかけとか。

Malin / マリーン

スウェーデン生まれ。子供の時にキッチンの雰囲気に魅せられてからシェフを目指して修業中。ニューヨークでの経験を生かし、母国での独立を目指す。



Q : 北欧、スウェーデンからニューヨークに。

ヨーハン : ニューヨークにやって来たのは1997年。それまではスウェーデンでフレンチやイタリアンのシェフとして働いていた。スウェーデンはヨーロッパに近いからいろいろな国の料理を勉強できるんだけど、やはりもっと大きな場所で自分を試したいと思い、ニューヨークに来たんだ。

マーリン : 私がここに来たのは2003年。ニューヨークで経験を積むためにやってきたの。だから今は修業中で、もうそろそろ帰国しなければならないのが残念だわ(注1)

注1=米国は居住や就業の為にはそれぞれの目的に応じたビザの取得が必要。彼女は修業の為のビザを取得してるが、その期限が近い為に必ず一度帰国しなければならない。

Q : 何故、今ネオ・ジャパニーズレストランにいらっしゃるのですか?

ヨーハン : ニューヨークには世界的に有名なフレンチやイタリアンのレストランがたくさんあるよね。僕はずっと西洋の料理を勉強してきてそれらの店で腕を試してみたくてこの街に来たんだけど、そこで日本料理に出会ってしまった(笑)。素材、調理法、下ごしらえ、盛りつけ、その全てが新鮮に見えたよ。こんな料理が世界にあったのかって思ったね。それで刺激を受けて今はこの店で働くようになったんだ。

マーリン : 私もスウェーデンに住んでいたときは、日本料理と言ったらスシくらいしか知らなかったわ。それも今考えるとかなりいい加減だったと思う。ニューヨークに来てから日本食に対する見方は大きく変わったわ。全く新しい風味を感じたの。

Q : 今やネオ・ジャパニーズは大流行です。

ヨーハン : 例えば今のブームの前からも「ノブ」や「ボンド・ストリート」といったお店は有名だったよ。だけど今と違い、やや特殊なお店でしかなかったね。でも今はブームのおかげで競争が熾烈。中には見た目や雰囲気だけジャパニーズっぽくしているところもあるけど、そういうところはすぐに消えていくんじゃないかな。

Q :「Riingo」は小さなお店ですね。

ヨーハン : そうだね。でもこの規模なのにシェフは10人も居るんだよ。日本人の職人も一人居て寿司や刺身を作ってもらってる。もちろん大きいレストランの方が利益を上げるのも簡単だと思う。でも僕達は純粋に味と品質で勝負しているんだ。ここ「Riingo」は見ての通り大通りから少し奥まったところにあるよね。最初はこの場所ではお客が来ないんじゃないかとか、店を見つけて貰えないんじゃないかなどと心配もした。でも今は逆にこの場所が「Riingo」の魅力と思うようになったんだ。静かにゆっくり食事を楽しむことが出来るのは、この種のレストランでは非常に大切なことじゃないかな。

Q : 西洋料理とネオ・ジャパニーズはどういう点が違いますか。

ヨーハン : 我々ヨーロッパのシェフは、通常まずフレンチなどからこの世界に入り、そこからいろいろな分野を見聞きして自分のスタイルを作っていくことが多いんだ。もちろん多くのシェフはスシを始めとする日本食のことは知っているよ。でもほんの少しでも日本食の真髄に触れれば、その奥の深さや素晴らしさに魅入られてしまうに違いないよ。例えば盛りつけ一つにしても飾りすぎないことには非常に気を遣っている。シンプルな味付けであるにもかかわらず味わい深いことなども日本食ならではの特徴だから、味付けしすぎないことも重要だね。素材の良さが重要なのに手間を掛ける必要もあり、下ごしらえや隠し味をおろそかに出来ない。初めて七味唐辛子を見たときには驚いたよ。唐辛子一つに7種もの味が入っているなんてそれまでは考えられなかったからね!

マーリン : スウェーデンでも魚料理はあるけど使い方は全然違うわね。少なくとも生で食べることはあんまりないわ。でもキャビアとイクラは近いかもね。エビや貝類、きゅうりなんかを多用するところも似ていると思うわ。

ヨーハン : 素材が違うことと料理法が違うため、使う道具も違っていることは大きな要素だよ。日本の刃物は非常に切れ味がよく、また使いこなすには熟練が必要だし手入れも大変。日本の刃物は片刃なので(注2)、生の魚を切ったりするときには素晴らしい仕上がりが可能なんだけど、我々にはちょっと難しいね。何本か持っているけどいつもはあまり使わないよ。でもうちにいるスシ・シェフ(注3)は、素晴らしく上手く使いこなしているね。刺身だってあの技術があればこそ素材の良さが引き立つんだ。

注2=西洋の刃物は両方から刃が立てられているが、日本の包丁は片方からだけである。

注3=米国では、寿司職人のことをこう呼ぶ。

Q : 何故日本食を学ぶのに日本ではなくニューヨークを選んだのですか?

マーリン : 私がニューヨークを選んだ理由は簡単。日本語が喋れないからよ。これって凄く重要なことだと思うわ。有名シェフで日本語が喋れる人は少ないでしょ。あとやはりニューヨークはシェフにとってもそうでなくてもやっぱり世界の中心だから、ここにいるだけで沢山の刺激を受けることが出来るの。最先端と最高の両方が満たせる街は他にはないわ。でも仕事もプライベートもとっても忙しいのはちょっと大変ね(笑)。

「Riingo」のすぐ近くにはニューヨークでも一番と言われる有名なステーキハウス「Palm」がある。典型的なアメリカ料理の一つであるステーキだが、この店を表した言葉に「Deliciously Simple, Simply Delicious(とにかくシンプル。そしてただ美味しいだけ)」というものがある。ヨーハンさんが言うところの「飾りすぎないこと、味付けしすぎないこと」と似た言葉だ。分野は違っても料理の頂点を目指すところは一緒なのだろう。

Riingo


205e 45th Street
NYC NY 10017
212-867-4200
www.riingo.com

■ウエイティング・バーには『越乃寒梅』など日本の銘酒が並び、店内は落ち着いた内装と物静かな雰囲気で満たされている。騒々しく賑やかなレストランが多いニューヨークにあって、この雰囲気は稀有であり貴重なものだ。


撮影の合間にヨーハンさんとマーリンさんが鮮やかな手つきで作ってくれた料理は、見た目も味もこれまで見たこともないような、しかし安心して箸をつけることの出来る懐かしいところもあるもの。素材の鮮度と品質は言うまでもなく、何より彼らの真摯な態度と温かな人柄が込められた素晴らしい料理だった。奇抜さやミスマッチだけを追い求める「ジャパニーズ風」レストランが多い中、ヨーハンさん曰く「ストレートな味を追求している」料理。看板屋が「Ringo」のスペルを間違えて店名が「Riingo」になったという、この店に一つ多い「I」。自分なりのポリシーをスパイスに、多様な文化の優れたものを貪欲に吸収するスタンスは、料理だけにとどまらず、様々なジャンルにムーブメントを起こすのかもしれない。





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