Profile重信メイ(しげのぶ・めい)![]() 1973年、レバノン・ベイルート生まれ、1997年、ベイルートのアメリカン大学を卒業後、同大学政治学科大学院に在籍。レバノン大学では、ジャーナリズムを学び、2001年より日本在住。現在、塾講師のかたわらパレスチナ問題を中心に、中東問題、アラブ世界、イスラム文化、イラクやクルド問題などを、講演活動で伝えている。2005年より「APF NEWS」(www.apfnews.com)内のWEB番組「オリーブ・ジャーナル」でキャスターとして活躍中。今春から、同志社大学博士課程でメディア学を研究する。著書『秘密』(講談社)、『中東のゲットーから』(ウェイツ)。 |
*日本赤軍 日本人による新左翼武装組織。1971年、共産主義者同盟赤軍派中央委員だった、重信房子さんがその後中心になって創設。アラブに渡り、パレスチナ解放のために活動を開始。70年代に5件のテロ事件を起こしたとされ、西欧諸国やイスラエル、日本側から国際指名手配される。2000年、房子さんが大阪で逮捕され、'01年獄中より「日本赤軍」としての解散宣言をおこなった。 |
「普通の日本人は、自分の身分証明書を出す必要は滅多にないと思います。ところが、私が暮らしていたアラブ諸国は戦時下でした。ですからある地域から他の地域に移動するためには、チェックポイントがあって、そこを無事に通るためにはなんらかの身分証明書が必要だったんです。でも私には国籍がなかった」
そう語る重信メイさん。日本人の母とパレスチナ人の父との間に生まれた女性だ。母は日本赤軍*のリーダー・重信房子さん。彼女は1971年、パレスチナ解放のためにアラブに飛び、以降、西側諸国から国際指名手配されながら活動を続けてきた。その最中に生まれたのがメイさんだ。そうした状況の中、母と日本赤軍のメンバーは、アラブの地でお互いを助け合うために、家族のようなコミュニティーをつくりあげた。日本赤軍のパレスチナ解放活動を支援するアラブの国も現れ、このコミュニティーは維持されていった。しかし、ここで生まれたメイさんには、戸籍や国籍など、正式な身分を証明できるものがなかった。
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「でも、パレスチナ人のために戦っている活動家をサポートする形で、仮の身分証明書を作ってくれるアラブの国がいくつかあったんです。私もそうした身分証明書を使わせてもらいました。もちろん名前を変えてね。おかげさまでアラブの学校にも行けたし、他の地域に移動もできました。それは偽造でもなんでもなくて、国家が作るものでしたから。でも、ルーツがないんです。ただカードをもらって、そこに写真を貼ったようなもので、何の保障もないし、限られた国しか認めていないものでした」
裏付けがないということで、危険が及ぶ可能性もあったと話す。ましてや国際指名手配されている人物の娘だと判明すると、取り返しのつかないことになる、とも。
「この仮身分証明書を認めてくれる国とそうでない国がありました。もし認められなかったら、偽造したと思われ、調べられたり、逮捕されたりする。そんなことになったら私たちの場合、身分を隠していたので、ますます危険な状態に置かれることになるんです」
仮の身分で正体を隠す生活。命の危険すら覚悟しなければならない日々。それは想像を絶する体験に違いない。しかし、子供の頃のメイさんはそうした生活が普通だった。
「外では絶対日本語を話しちゃいけないとか、自分と周りの人たちのために、守らなければならないルールがいっぱいありました。物心がついて、自分が言葉を使えるようになってから、そうした概念を学んだと思います。小学校の頃、自分が守らなければならない『秘密』は、他の子にも普通にあると思ってました。でもだんだん大きくなって小学生ぐらいになると、周りの子にはないことがわかってきたんです。みんな『秘密』と言いながら、しっかり喋ってる。うちのお父さんは秘密警察に勤めてるとか(笑)。紛争社会には秘密警察は多いのです。そのあたりから、人が話す『秘密』と、自分の『秘密』はレベルが違うんだな、ということが理解できるようになりました。
でもそうした生活が自然だったから、特にストレスはありませんでした。ただ、時々嘆くことはありました。たとえば、突然友達に何の連絡もしないで、別の地域に移動しなければならないときなど、辛かったですね。そうしなきゃいけない理由はわかっていましたけど、悲しくもありました」
外では英語かアラビア語の生活。しかしコミュニティーの中では日本語が話された。そして日本の文化も継承されていたという。
「そんなに完璧なものではなかったですけど、日本の文化は、結構身の回りにありました。雛祭りとか子供の日とかね。いちばん楽しかったのはお正月です。社会の中でも、日本人がたくさんいると目立つので、普段は離ればなれになることが多かったんです。でもお正月になるとみんな集まって、お餅やお汁粉を食べたり、朝、日の出のときに、みんなでそれぞれ一年の抱負を考えながら拝みに行ったりしました。そういうのがなぜか楽しかったんです。みんなでひとつのことをやって、新しい年を迎えるというのが良かったんでしょうね。あと『あけましておめでとうございます』って言えば、お年玉も貰えましたよ(笑)。ほんとに今から思うと、すごく日本的なお正月を過ごしていたんだな、と思います」
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2001年3月。メイさんは、煩瑣で複雑な手続きを経て、日本の国籍を取得。28歳にして初めて母の祖国の地を踏んだ。
「いろいろと複雑な気持ちがありました。母や周りにいた大人たちが、いっぱい話してくれた日本の話を思い出したり、それまで経験してきた日本の文化にほんとに触れるんだなという気持ちが募ってきたりして、エキサイティングなものがありました。
それから、やっぱり血が繋がっている日本の家族に会えることが大きかった。でも、私が日本の家族に会いたいのと同じぐらいの強い気持ちで向こうも会ってくれるのか、それとも受け入れてくれないのか。それに、母が日本を離れている間、残された家族はきっと社会的に厳しい眼で見られていたと思いますしね。
実際は思った以上に私をよく受け入れてくれたと思います。人々も社会も、そして家族も」
ジャーナリストとして活躍中のメイさんは、ますます自分の役割を果たすことの大切さを自覚するようになった。中東、パレスチナの問題が深刻であるにも関わらず、日本では関心が薄いからだ。
「日本では中東やパレスチナの問題はあまり報道されません。情報がないために、日本人は中東のことを遠い世界のことだと思ってしまうのでしょう。でも中東という地域は、石油があったり、イスラエルという国が存在したりして、世界的な視点で見ると、とても大きな問題を抱えている地域だと思うんです。これは民族や宗教が違うから理解できない問題ではないと思います。そうしたことを伝えたいと思い、この仕事を選びました」
日本のメディアの問題点は、同じ方向に偏りすぎていることだと指摘する。
「偏りはあっていいと思うんですよ。ただし、その偏りはバラエティに富んでいるべきです。受け取る側としては、いろんな意見を聞いた上で判断すればいいわけですから。
そういう意味で、今こそインターネットを利用すべきだと思います。ネットにはあふれるほどの情報がありますから、うまく使えば、情報に関して自分が今まで感じていたギャップを埋めるツールになると思います。私は今、ネットでブロードバンド番組を持っているんですけど、アクセスしてくれた人にとって、必要な情報のソースになってくれればいいなと思っています」
ジャーナリストとして、著作をものにし、大学や市民団体主催のイベントで講演をおこなうメイさん。もうひとつ、彼女が日本の生活で大切にしていること。それは母・房子さんとの繋がりだ。国際指名手配中だった房子さんが、逮捕されたのが2000年11月。アラブでは英雄だった母が、日本では犯罪者とみなされ、現在公判中の身である。メイさんは、公判をできるだけ傍聴しながら、母親を見守る日々を過ごしている。
「母たちは革命家として生きていこうとしていました。いろいろな間違いがあるとしても、その中から学んでいき、理想を常に目指していました。
それは母だけではなく、周りの日本人の人たちみんなに言えることですが。私も、いつも理想をめざして生きていかなければならないと、小さいときから教えられてきました。
たとえばゴミひとつ取ってもそう。小さなゴミを捨てようとするだけで、『ちゃんとゴミ箱に捨てなさい』と言われました。自分の小さなゴミを捨てることによって、周りの汚さが変わるわけではないと思いながら、疑問を口にしたんですよ。でも『世の中を変えるには、自分から変えないと変わらないんだよ』って教えてくれたんです。つまり私がゴミを捨てないことで、周りが影響を受けていくことによってみんなで世の中を変えていくのです。なるほど、正しい考え方だと思いました」
母親や周りにいた日本の人たちの話になると眼が輝くメイさん。公判の結果は予断を許さない。支援してくれる人も多いが、批判の眼にさらされることもある。決して順風満帆とは言えない状況の中で、信念を持って活動を続けるメイさんは、『理想』という、今の日本人が忘れかけているピュアな精神に支えられているのだろう。
![]() 秘密パレスチナから桜の国へ 母と私の28年。国籍を持たず、身分を隠し、『秘密』を守り続けてきたメイさんが書き下ろした自伝。アラブ社会、パレスチナ、日本、そして革命家の母を語る。(講談社・刊/1,500円+税) |
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![]() 中東のゲットーからイスラエルを建国したユダヤ人と、国を追われたパレスチナ人の現状を伝える一冊。「パレスチナはテロの温床」というイメージが世界を駆けめぐった原因を探る。(ウェイツ・刊/750円+税) |