世界をめぐる日本料理店開業請負人

18年間に世界30カ国以上で
日本料理店を開店した戸井田さん。
彼は今年そのキャリアを終える、
最後の開店請負人だ。

日本の食文化とは、
そしてそれを伝える意味とは何か。

15年ぶりに帰国した戸井田さんに伺った。


戸井田正人さん

京都府出身。寿司、天ぷら、懐石料理など、日本料理店で修業を積んだ後、35歳で日本料理店の開店請負人となる。数少ないその道のプロに学び、ハイアットグループ、シェラトングループ、マリオット・インターナショナル、プリンスホテル、ホテルニューオータニグループといった五つ星ホテルの開店請負人を歴任するなどして、18年間に30カ国以上で日本料理店を開店した。戸井田さん以外の日本人の開店請負人は皆辞めてしまったうえ、後継者が育たないので、戸井田さんが「日本最後の開店請負人」と呼ばれている。今年、惜しまれつつも開店請負人生活に終止符を打つ。



日本料理店開店請負人
という仕事

戸井田さんが18年間で日本
料理店を開店させた国と都市

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18年前、いちばん最初に立ち上げた店は、香港の9席しかない店。その時は無償でした。店のスタッフが広東語しか話せないので、コミュニケーションはほとんどジェスチャー。教えることは、まず自分がやって見せる。名前のわからない調味料はなめさせて(笑)。

初めのうちは、私も英語が話せませんでしたから、初歩から勉強して、キッチンで使う英語は独学でマスターしました。

ひとつの店の立ち上げにかかる期間は、短くて3カ月。長くて半年から1年です。いちばん大変だったのはロシア。3カ月で16店オープンしました。

ゼロから店をオープンさせるときは、寿司、天ぷら、会席料理、居酒屋など、どんな日本料理店にするかをオーナーと話し合うところから始めます。そして店の場所が決まったら、業者と値段交渉しながら必要な機材や什器を揃える。その後、現地の使えそうな食材を探して、ないものは日本から手配するなど、仕入先の選定を行ないます。

あとはオープンまで従業員の指導です。調理の仕方から、基本のメニューや独自の創作料理のレシピ、料理の運び方、出す順番、器の向きなど…。手を洗うなどの衛生管理から教えることも珍しくありません。

いちばん大変なのは、日本料理のベースとなる“元味”を教えること。ほとんどの場合、従業員は日本料理を食べたことがないので、食べさせることから始めます。

日本料理は火の入れ方など、ちょっとしたことで味が変わってしまう。少し目を離すと、味がどんどん進化と言いますか(苦笑)、違うものになってしまう。だから立ち上げた店を去るときは“味を守る五箇条”を残してくる。休みの時に以前開店した店を訪ねて、味のチェックをすることもあります。僕が開店した店でつぶれた店はひとつもないんですよ。

日本の食文化を伝えたい

エジプトのマリオットホテルで立ち上げた寿司屋にて。当初、現地のオーナーが“寿司は生ものしか扱わない”と思っていたため、火を使う設備が何もなかったという。

何のために日本料理を教えているかというと、日本の食文化を伝えたいから。だから日本料理の基本形は守ってほしい。日本のお客さんがみえても、「日本と変わらない味で、おいしい」と言っていただきたい。似て非なるものとか、名前だけとか、海外には見よう見まねで日本料理店を名乗っている店もありますが、そういうのは嫌いですね。

日本料理には細かい決め事が多いんですが、そういうことを一つひとつ教えます。たとえばおひたしでも、ほうれんそうは、葉と茎で茹で時間が違いますし、色を鮮やかに保つために塩水を使います。そんなことをするのは日本人だけ。

だしをとるときも、お湯が沸いたらだしを入れて、すぐに火を止める。あとはさわらず、自然に味がでるのを待つんですが、外国の方は、この“さわらない”状態がわからないようです。これは、すべての手順が、計算しつくされているということなんです。

さらに盛り付けでは、自然や季節感を表現する。日本料理には、細部にわたってよその国の人がびっくりするような意味が込められているんです。

そして日本の食文化の本当にすごいところ。それは世界に誇る長寿国であることに現われています。肉、魚、食物繊維など、いちばんバランスよく食べるのは日本人なんです。国によっては肉しか食べないで、野菜といったらじゃがいもで、不足する栄養素はレバーで補う国もある。日本にも偏った食生活の人はいますが、たとえば毒素分解作用のある日本茶を飲むなど、食のバランスを保つ知恵が、日本人の食生活には自然と組み込まれていますね。

アフリカへ行った際には、畑で野菜を増やせば、自分たちの暮らしが豊かになると教えてあげたいと思いました。みんな、そういうことを知らないんです。砂漠に井戸を掘ることを教えたのは日本人なんですが、それと同じように、日本食の良さを世界に知ってもらいたいです。

15年ほど前、アメリカで寿司が流行して、現在ベトナムやロシアでブームになっています。共産圏の国は教えるのも難しいし、味もすぐ変わってしまうんですが、中国はかろうじて良くなっています。12年くらい前、僕がいた頃と比べると、給料が末端の人でも4倍くらいになっている。当時僕の下にいた人間は10倍です。外食する余裕ができて、よその味を勉強するようになったから美味しくなった。ベトナムは現在、ちょうど以前の北京みたいです。あと10年くらいで絶対に良くなると思いますよ。

日本では当たり前のことも、
当たり前ではない

現在、エジプトのマリオットホテルで寿司屋の立ち上げをしているんですが、「人を教育するだけ」と言われて行ってみたら、カウンターとねたケースと冷蔵庫があるだけ。茹でたり、ソースを作ったりする鍋やフライパン、コンロも何もない。この程度のことはよくあります。

余談ですが、エジプトに着いて飛行機を降りたら、大勢の迎えが来ていた。誰が来るのかと思ったら、私でした。新聞にも載りました(笑)。

いろいろな国へ行って、驚くことは多いですね。

生の食材は、新鮮なものしか使わないのが日本人の常識ですが、外国人には、魚は1尾使い終わるまで、ずっと食べられると思っている人もいるんです。生で食べる習慣がないから。これは特殊なケースじゃない。だから怖いんです。よくお腹をこわしたりするんですよ。

困ったことは、従業員が平気で休むことと、時間がきたら後片づけをしないで

帰ってしまうこと。時間がきても後片づけをして帰るのは、アジアの人間だけ。フィリピンくらいまでかな。それ以外の国は時間がきたら帰ります。みんなが帰ったら1人で後片づけしなくちゃいけないから、「みんなが終わるまで一緒に仕事しなきゃいかん」と教えます。

日本人には当たり前のことも、外国の方には当たり前ではない。日本人の感覚とはまったく違うんです。

なかには言葉で教えるのが難しいこともあります。それは毎日の積み重ねで自然と覚えていくもので、教えられて身につくものじゃない。だから日本料理の職人は、一人前になるまでに15年くらいかかるわけです。その間に先輩の技を見て覚え、味を盗む。外国の方は、日本人のような上下関係がなく、教えてもらって当たり前といった姿勢の人が多いんですが、それでは身につかないこともありますね。だから「日本人のやっている日本料理はこういうものだ。日本人のルールはこうだから守ってほしい」と理屈抜きでお願いすることもあります。

世界のどこへ行っても
通じ合える

文化が違いますから、教えるときは子供に言って聞かせるようにしないといけない。海外で働くようになって、私自身変わったと思います。すぐに怒ったりせず、忍耐強くなりました。

それから日本にいたときは、外国人を偏見の目で見がちなところがあったと思うんですが、いろいろな国へ行って異文化の人たちと仕事をすることで、不思議と大きな視野でものを見られるようになりました。

外国へいらっしゃるとわかると思うんですが、人と会ったとき、日本人のように「何の仕事をされていますか?」「歳はいくつ?」なんて訊かない。それに外国の方は、実際は偉くても、その偉さを表立っては出さない。日本人だけですね、そういうのは。地位や年齢などの外側でなく、ありのままの人柄を見てつきあう。だから日本にいるときより、人と近くなりやすいかもしれません。

世界のどこへ行っても「僕の作ったものですから、食べてみてください」と言えば通じ合える。日本料理のお陰で、世界中を見てまわりたいという夢が叶いました。

 

開店請負人は国から国を渡り歩く大変な仕事だ。4人の請負人がいたが、家庭をもち、定住の必要が生じることで辞めていった。戸井田さんもお子さんの誕生を機に、今年でそのキャリアに終止符を打つ。いまや世界中にある日本料理店。その陰には、彼らのような人々の奮闘がある。そして彼らの開店した日本料理店は、これからも日本の食文化を伝え続けていくことだろう。





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