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「企業をひとりの人格として精神分析を行なうと、診断結果はサイコパス(人格障害)
となる」。 ―この衝撃的な仮説をもとに、“企業”について検証したドキュメンタリー映画『ザ・コーポレーション』。 共同監督を務めたジェニファー・アボットさんにお話を伺った。

 

――他人への思いやりがない。関係を維持できない。他人への配慮に無関心。利益のために嘘をつき続ける。罪の意識がない。社会規範や法に従えない――。

 現在の企業、とくに多国籍企業をひとりの人格として精神分析を行なうと、完璧なサイコパス(人格障害)であると、分析結果がでる。すべての行動に利益追求を宿命づけられた、企業という存在。独自の視点で、その実像に迫ろうとするのが、ドキュメンタリー映画『ザ・コーポレーション』だ。  この作品をマーク・アクバー氏と共同で監督したジェニファー・アボットさん。彼女は製作に参加した動機をこう語る。  「この映画製作は大変ユニークなプロジェクトなんです。なぜなら、過去にも個々の企業を扱ったドキュメントはありましたが、この作品は多国籍企業全体に共通する問題を扱っています。そして企業に関するドキュメントを撮ることは、この社会全体に関するドキュメントとなり得るんです。こうした視点が大変面白いと感じました」

Web

http://www.uplink.co.jp/corporation/

Book

私たちの社会は「企業」に支配されている
ジョエル・ベイカン/早川書房/1890円

サイコパス“企業”の行動

【プロフィール】


ジェニファー
・アボット  Jennifer Abbott
ドキュメンタリー作家、文化活動家、エディター。問題のある社会規範や慣習などの概念を変えることをテーマに、メディア制作の活動を行なう。現在、太平洋に浮かぶ、ガリアーノ島在住。主な作品に、食肉問題を扱った『A Cow At My Table』(1998年/製作・監督・撮影・脚本)、同性愛者の結婚についての『Two Brides and a Scalpel : Diary of a Lesbian Marriage』(1999年/編集)などがある。

長企業はなぜ、サイコパスと診断されるのか。作品は、ナイキやロイヤル・ダッチ・シェル、フォックス・テレビをはじめとするさまざまな企業の実名と実例をあげ、学者、企業のCEO、NGO関係者、産業スパイなど、40人の証言によって構成される。紹介されるエピソードから、その行動例をあげてみよう。

実例1

遺伝子組み換え牛成長ホルモン(※編集部注 遺伝子組み換え微生物によって量産されているホルモン)としてアメリカで唯一認可されている薬品が、全米の乳牛の約25パーセント以上に使用されている。この牛のミルクを飲んだ人に、乳癌や大腸癌が発生しやすいことがわかった。この事実を報道しようとした記者は、会社側から虚偽の内容に書き変えるよう命じられた上、結果的に仕事を失った。企業は報道機関でありながら、広告の減収を恐れ、事実をねじ曲げた。

実例2

製品タグに“収益の一部を子供たちに”と印刷している婦人服メーカー。この企業の製品は、ホンジュラスの工場で子供を使った過酷な労働条件のもとに作られている。全米労働者委員会の働きで証言台に立った少女に企業は謝罪した。しかしその後も中国で、1日14時間、週7日、月30日の労働で製品を作り続けていた。“安い労働力”を探して世界中に進出する企業。そして企業誘致に躍起になる、経済水準の低い国々。世界中で労働搾取が行なわれている


「私の個人的意見では、いちばんの問題は公害。そして石油開発などで資源が搾取されること。そして食の安全にかかわる問題です。こうしたことは、私たちの生活に直にかかわる根本的なことです。このようなことが今のうちから止められなければ、将来、私たちは生きていかれなくなるのではないでしょうか」




企業の力は、政府より強くなっている

COMMENT

ノーム・チョムスキー
Noam Chomsksy
言語学者、MIT(マサチューセッツ工科大学)教授
「企業の最終目的は利益と市場シェアの最大化です。何でも欲しいと消費者に思わせなくてはなりません。流行など、生活に無用なものを作らねばならないのです。そして究極的には、ろくに人付き合いもせずに、ひたすら買い物をする人間を作り上げること。彼らにとっては、消費することに価値をおく人々が理想です」

こうした公共の利益を損なう行ないが、なぜ続けられているのか。アボットさんは問題点を指摘する。

「ひとつの問題は、企業があまりにも権力を持ちすぎていることにあります。今やその存在は、政府より強いと言えるでしょう。公害や労働環境など、さまざまなことに決定権を持っています。企業はこうした社会公共的なことに決定権を持つべきではない。それは民主主義で選ばれた政府の役割です。利益追求を至上命題とする企業では、公共の利益を守る姿勢は保ちにくいのではないでしょうか。
 ところが過去30年間のネオリベラリズムによって、さまざまな規制緩和や民営化が行なわれ、企業の活動範囲は広がっています。政治活動においても、ロビー活動を行ない、企業が政府をコントロールする状態が起こっているのです」


ブリティッシュ・コロンビア大学の法学教授で弁護士でもある、原作・脚本執筆者のジョエル・ベイカン氏は、こう記している。

「自由・平等・正義など、憲法で規定されている権利が、その理想を守るということにおいて無力になってきている。その理由のひとつは、憲法が政府のみに適応されることにあります。”

アメリカでは、企業が法人として生身の人間と同じ権限を与えられている。にもかかわらず、責任を負う場面になると、ペナルティを免れているのだという。



より視野を広げて、リンクして考えること、そして個人の判断において行動することが大切であると思います。

責任の所在はどこに?

COMMENT

スーザン・リン博士
Dr. Susan Linn
ハーバード大学ベイカー子供センター 精神医学教授
「マーケティングは子供の心や体が未発達な点につけ込みます。子供のことを考える精神学者が必要です」

「私たちはこの問題について、企業のCEOが悪いとか、誰かを悪者に仕立ててはいません。個人の意見が会社の方針に反映できないという状況もあります。企業内にいると、世の中に悪い影響を及ぼしても利益を追求せざるを得ないことは、よく理解しています」


さらに監督のマーク・アクバー氏は、こうメッセージする。

“経済のグローバル化と企業の覇権を促進する人々に関心を持っています。いや率直にいえば、とても強く魅力を感じているのです。変革は、外部からと同様、内部から生じるものであり、『ザ・コーポレーション』は、大企業に勤める善良な人々を苦しめている組織的な制約を暴露してみせる映画なのです。”


アボットさんは、企業のみならず、市民もこの問題にかかわっていると話す。

「日頃、私たちが社会の一員として、より思いやりのある社会にするにはどうしたらよいか考えて行動することが大切なのです。 とはいえ、世の中はさまざまな状況が絡み合っています。ですから、ある人がある決定をしたら、悪い影響が起こるのは、数千キロ離れた自然環境や発展途上国かもしれない。自分の行動がどういうところに関係があり、どういう影響を及ぼすか。より視野を広げて、リンクして考えること。そして個人の判断において行動することが大切であると思います」

問題はリンクしている。それゆえ、たとえばボイコットのような単純な反応では解決しない。  「ボイコットはひとつの方法ではありますが、効果的な解決策とはいえないでしょう。労働搾取工場で働く一人の若い女性が、10人の家族を養っているかもしれない。ボイコットでは、彼女が職を失うかもしれないのです」


作中では、行動を起こした例として、ボリビアの水道民営化を阻止した民衆の運動や、考えを改め、持続可能な企業を目指すようになったCEOが紹介される。しかし、もっとも肝心なこと。それは一人ひとりが、自分で考えることなのだ。


ひとつの問題は、企業があまりにも権力を持ちすぎていることにあります。

疑問を投げかけ、インスパイアする

COMMENT

マーク・キングウェル
Mark Kingwell
哲学者、文化評論家、作家
「人は長年、物を公共物として扱ってきました。そうでなくなったのは、ここ40年ほどです」

「この作品は、2004年サンダンス映画祭で上映され、観客賞を受賞したのをはじめ、全世界の映画祭で25の賞を受けた。そのうちの10個は観客賞である。また本国カナダでは、ドキュメンタリー作品として過去最高の興行収入をあげた。さらにニューヨークでロングラン上映されたほか、全世界で草の根的に上映され続けている。


映画を観た人々の反応は?

「ひとことで言うと、ショック・圧倒・栄光です。左寄りの批判であるにもかかわらず、たくさんの人々が共鳴してくれました。いちばん嬉しかったのは、多くの人々がインスパイアされ、社会的関心を持って立ち上がってくれたことですね」


かつて各国で、教会や共産党が大きな影響力を持っていたように、現代は企業が世の中を動かしているという。私たちが普通と思っていることは、実は普通ではないのかもしれない。


人間のようにさまざまなタイプが存在し、多様な側面を有する企業。映画『ザ・コーポレーション』は、企業と社会を多面的に見るための、新しい視点を提示している。





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