見る者をなごませる「浮遊体アート」とは何か?深海生物の集団移動か、宇宙人の生態か、それともクラゲの水中散歩か…。知的好奇心を限りなく刺激し続ける浮遊体アートを支えているのは、アーティストが宿す技術者としての経験だった。自己表現によりかからず、アートの世界で最高峰を目指す異色芸術家、奥田英明さんの発想の源に迫った。


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科学と融合したたぐいまれな浮遊体アート


EIMEI OKUDA

奥田英明さん

1964年生まれ、奈良市在住。京都大学工学部資源工学科卒業。想芸館代表。電気系メーカーの研究者をしつつ、舞台美術や芝居の戯曲などに取り組む。退職後は美術ギャラリーと飲食の複合店「浮遊代理店」を立ち上げ、浮遊体アートの製作を始める。1999年、浮遊体アートの製作、販売を担う工房「想芸館」を発足。浮遊体アートは現在、インテリアとして『めざましテレビ』などの番組セットや病院、個人宅、店舗などに設置されている。2006年1月8日まで大阪のホテルで開催された「重力の捏造」展が好評を博した。



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浮遊体アート、
摩訶不思議なり

 浮いているのか飛んでいるのか、生きているのか模型なのか。
 その答えは、浮遊体アート。「人工クラゲ」と呼ばれることが多い。写真も美しいが、実物を見た人はブラックライト、あるいは蛍光灯と色フィルターの照明の中でふわふわと漂う優美な姿に、さらに目を奪われるはずだ。個体ごとの生きているような繊細な動きは、水流を工夫して生まれたものだ。


 「原理は簡単なんです。下にポンプの吸い込み口があるのですが、急激に吸い込むとクラゲたちがくっついてしまう。動きを分散化させるために穴がたくさんあいた板を底にひいてビー玉を入れ、そこから吸い込んだり吐き出したりしています。水槽の上の部分にも噴き出し口があって、動きに表情が出てきます」
 浮遊体アートの開発者、奥田英明さんはそう語る。秘密だという材料の素材は粉。シリコン製では表現しえない膜厚の薄さを実現し、柔軟性は2種類の素材の比率変化をデータにとって導き出した。特殊樹脂に抗菌剤を練りこんである。
 浮遊体アートは癒し効果のあるインテリアとして、「想芸館」をはじめ建築照明に強いスフィア社など数社から販売されている。現在はそれが生活の糧だ。


化石編
1.海月の化石を掘り起こし
2.寒天をつけて型どりし
3.時計のネジを逆に巻く
4.1万年たったらできあがり


浮遊体アートの作り方の
おもしろいアイディアとして、
作品化を考えている説明書


凧編
1.正月の空に凧をあげ
2.からんだ雲を水につけ
3.手すき和紙みたいにすくいとり
4.天日に干してできあがり

畑編
1.ペットボトルを粉にして
2.小さく丸めて種にして
3.畑にまいて水をまき
4.半年待ったらできあがり

星編
1.流れ星をつかまえて
2.つるして水につけこんで
3.蓄音機の前におき
4.1曲聞かせてできあがり


文字編
1.海月という字を紙にかき
2.刻んで頭に振りかけて
3.伸びて動けと繰り返し
4.百回唱えてできあがり


アートの世界に
勝負を挑む

 そもそも、なぜ浮遊体アートなのか。
 「大きな水槽の中で、うごめいている得体のしれない物体があるというシチュエーションの舞台美術をやってみたいと思っていたんですね。そういうのができるんかどうか、材料を探してみようと思ったのは、以前勤めていた会社で人工筋肉に関する研究を立ち上げていて、柔らかい材料を探す仕事をしていたからです」
 人工筋肉に取り組んだきっかけは、エアコン、冷蔵庫などの音を消す研究に由来する。
 「振動音や騒音を消す研究開発をするうちに、出た音を消すより初めから音の出ないマシンを作ればいいのではと思いつきました。人間の筋肉のようにゆっくりと動いて摩擦が少ないものを作れば音が出ないのではないか。使う段階でギューンと動くようなボディを実現すればいろいろ応用できる」
 しかし成果を出せず、研究は打ち切り。他の研究に従属するのをよしとせず、退職した。その後、ギャラリー併設の「浮遊代理店」を経営し、さまざまなアーティストと交流。浮遊体アートを本格的に作り始めたのはその頃からだ。

 「理系の研究者としては2流。会社と約束した期日までにできなかったから、自分の中では挫折感があった」という奥田さんが勝負をかけた土俵は、アートの世界。研究者、技術者としての経験に基づいた奥田さんなりの勝算があった。
 「アートをなめていると言われるかもしれないけれど、生きていくためにアートの世界で勝ち残っていくしかない。今の時代で歴史に残るようなすごいものといえば、車、コンピュータ、バイオの世界になるけれど、アートで本当にすごいものづくりはされていない実感がありました。
 メーカーでものづくりをしている人とアーティストのテンションは全く違います。メーカーの人は、世界のどこにもないようなすごいものを作ることを目指している。ナンバー1のものづくりをしなければ自分は生き残れないという覚悟のもとでやっている。
 アーティストは自分を表現したいという気持ちが強い。それはすごく素晴らしいけれど、自分はそれでは生き残られへんと思う」

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帽子型UFO、飛来
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火星に生物発見か!?
奥田英明
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クラゲ一家の散歩風景
「どんなものづくりも一人でやってきたというのは絶対にうそっぱち。絵を描くことであっても絵の具を発明した人、キャンバスを作った人がいる。先人とどこかでつながっていることをもっと感じないとあかんな、と思う」

言葉の力を信じ、
総合力を発揮したい

 「ギャラリーを運営しているとき、アーティストが一人で制作する姿を見て、よそに発注して、できる人間にしてもらった方がもっと良くなるのでは、と思うことがあった。一人で全部進めるのは楽しいけれど、そこに主眼を置くといいものをいいタイミングで見てもらうことができない。僕はそのへんが吹っ切れていて、自分だけでやることにこだわらない。むしろできる部分は人に任せて、ものづくりの中でトライアンドエラーの激しい、先の見えないところに自分を送り込むように意識しています」

 自己表現というより、チームの中で個々人の創造性を発揮させておもしろい作品作りを目指したいという奥田さんの発想は技術者ならでは。スタッフ8人を抱え、指示や調整、実験、浮遊体アートの販売、営業など奥田さんの仕事は多彩だ。

   「アートをやっている人は作りたいもののイメージが先にあると思いますが、僕はそれがあんまりない。最初に言葉で世界を作って、それをどうやって形にしようかと考える。例えばクラゲの捏造の作り方を言葉で作っておいて、その言葉が意味するイメージを想像して作り出していく。揺らぐことはありますが、言葉の力で乗り越えなあかん、と常に念じ続けています」
 言葉に思いを込めてアートをやれば勝てる、と奥田さん。それは人に対しても同じだ。
 「『私、こんなんできひんわ』というスタッフに『いや、できます』と言ってやり方を教えるとだんだんできるようになっていく。ダメやと思わんと言葉をかけていけば、ちゃんとおもしろい方向にいく」


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ぶ厚い材料の端に薄い部分ができていたのを見つけ、「ここはきれいになる、と気合いを込め、言葉をかけて育ててきた」

奈良の自宅近くにある平城京で、ふだんから歩いたり、ストレッチをしたりしながら思索にふける。

クラゲは指でつまめるほど小さい。裾は薄いが、素手で触れられる強度を確保している。


徹底的に
検証する姿勢

 言葉への信頼感に加え、詩や戯曲を書くなど、奥田さんの本来の資質は、文系のアーティストそのもののように思える。しかし、浮遊体アートを構成するさまざまな要素を進化させる手法は、理系の発想をする研究者タイプに特有のものだ。
 浮遊体アートの素材、水槽、配管、水流の調整、照明、水の濾過。ある色を表現する欲求より先に、どこまでやれるのか、どんな色が作れるのかを徹底的に実験、検証して積み重ねていく。気が遠くなるような目に見えない改良を続け、技術的な課題をクリアし続けて行く姿はローテクの極みかもしれない。

 繊細にゆらめく美しいクラゲたち。なごませるインテリアとして「これはこれでいい」と認める一方、自分の活動に関して、「表現のレベルにまだ達していない」と厳しい。将来は文字が生き物のように形を変えていくアート、抽象的な1本の線が有機的に動くアートも検討中だとか。奥田さんのまなざしはどこまでも先を見つめている。アーティストの魂と技術者の心意気。その2つの、たぐいまれで幸せな融合がここにある。


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浮遊体アートはもともとクラゲを真似してできたわけではない。そのため、本当はクラゲのニセモノと言われたり何かに似ていると言われると「口惜しい」そう。名前がつけられないような、みんながビックリするようなものを作りたい」

水上に立つ木造アパートは5カ所ある実験部屋の一つ。沼を見つめながらよく考えごとをするという。

「浮遊体アートだけの美術館を造りたいですね」





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