シェフのいる保育園


白河かもめ保育園の入口のドアを開けると、今日のメニューが書かれた黒板が出迎えてくれた。ランチとおやつが記入されている。すでに廊下には、いい香り。

いつの頃からか、効率的だからという理由で多くの公立の教育機関がセンター方式の給食を導入したが、再び自校方式に切り替えるところが増えているという。香りや作り手の顔という、数字や効率に置き換えることができないもの、そうしたことの大切さに気づき始めたということだろうか。

調理室で昼食の準備が進む一方で、シェフがランチルームにバットを抱えてやってきた。子供達は慣れた様子でエプロンと三角巾を着け、身支度を整えている。「さあ、今日はパンを作ろうね。おやつの時間のクリームパンになるよ!」というシェフの声で、歓声が上がる。

コックコートに身を包んだ志賀シェフが、デジタル計で生地を分割する。それを静かに見守る園児。参加できるのは年長組、おにいさんおねえさんの特権である。ほかの年の子もそれを知っていて、早くおにいさんおねえさんになりたいと思っているという。

シェフが手本を見せるが、決してそれを押しつけようとはしない。子供達もよくわかっていて、いつの間にか好きなキャラクターを作り始めていた。真剣である。早く終わった子も、他の子をずっと見守っている。

最後の子が終わったところで、「じゃあこれから焼く準備をするからね。今日のおやつだよ。楽しみにしていてね。自分の作ったのをよーく覚えていてね」というシェフの言葉でパン作りは終了。担任の保育士が「みんな楽しみだね。うまく焼けるかな。きっとおいしいよー」とつなげた。


パン作り

「私の二人の子供が船堀中央保育園で菊地先生のお世話になったので、菊地園長とは20年のつきあいなんです。洋食のシェフをしていましたが、この保育園ができるとき菊地園長から声を掛けられて、大人の舌を喜ばすのも確かに喜びには違いないけれど、これからの日本を背負って立つ子供を育てていくのもいいなあ」と思い、志賀シェフは転職を決めたそうである。

「確かに最初はとまどいもありました。子供の場合はとにかく待ちの姿勢が大切ですから。大人ならさっと作ってしまうものでも、時間がかかる。興味が次々に湧いてきて、『なんで?どうして?』の連続になったり、じっくり観察したり。そうしながら子供が成長していく。子供達の食に対する興味を育てていくというのは楽しいものだと知ったんです」

この日は節分にちなんで、イワシのレクチャーを受けた。「シラスはイワシの赤ちゃんをゆでたもの。大きくなると(目刺しを掲げて)こうなるの。もっと大きくなるとどうなるかわかる?サバに食べられちゃったりすることもあるんだよ。サバ、覚えてる?」

そうやって、みんなに見せたり触らせた後、イワシとサバをおろした。

見事な包丁さばきを、微動だにせず見つめる子供達。「この園では将来シェフになりたいという子供が多いんです。憧れ、そして尊敬ですね。どんな形であれ、食に携わる人のことを尊敬する気持ちを持ってくれるのはいいことです」と園長が言う。


園児の身だしなみ 魚をさわる園児たち

園では、シラス、イワシ、サバといった実際の食材に触れながら、食物連鎖を子供にもわかる方法で学ぶ。「いただきます」「ごちそうさま」も挨拶ではなく、食べ物に対する感謝の気持ちで言えるようにというのがこの園の考え方だ。

「人は、食べていくことから離れることはできない。おっぱいから始まって人生の終わりまで、それこそ一生です。だからもっと大切にしなくては。食育っていうのは、机上論ではダメなんだとつくづく思いますね。現場をもっと大切にしないと」

子供達はそういうチャンスが少ないだけで、とっても食には興味があるとも。日々子供達と接する志賀シェフならではの言葉だ。

「クリスマスのときにはローストチキンをするので、鶏を丸のまま用意したんです。羽根こそついていないけれど、トサカや脚はついたまま。鶏を見ることはあっても、こういう状態で触ることはなかなか体験できないから、みんなじっくり観察していましたよ。むしろ保育士のほうが引いちゃってたかな(笑)」


食事風景

同園の園児数は82名。それに対して栄養士3人、調理員とパート各1名、そしてシェフと、食関連の職員が多い。毎月、姉妹園の船堀中央保育園と給食会議をもって、メニューの情報交換も行われているとのこと。「大きなおうち」をテーマに子供達にとっての「第2のおうち」であるという考え方なので、気候のよいときには園庭やテラスで食事をしたり、時には公園で食べたりもするという。

「小学校にあがったときに、好き嫌いがたくさんあったら楽しくないですし、困りますよね。自ら育てたものを食べることで苦手な野菜にも興味が持てたり、命を大切にする子供になると思うんです。もちろん、シェフや栄養士達は苦手になりがちな食材をどうやって子供達に好きになってもらうか、日々熱心に研究しています」

食を育む環境についても気を配っている。

「年齢に関係なく、できることを積極的にやれるよう、環境を整えていくことが大切ですね。園庭には職員手作りのかまどがあるのですが、夏には収穫したトマトでソースを作ってピザを焼きました」と園長。そして、次なるステップは畑。これでもっと素材に近づくという。

小さいうちにしっかりと鍛えられた味覚や食への興味は、その後の人生を豊かにしてくれるに違いない。

ある子供が言った言葉が心に残る。「シェフの作ったもの、みんなおいしいよ。シェフの手は、魔法の手!」


菊池園長の視点

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